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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
1.5-tune
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五の一 座敷わらしと女魔道士

 彼女の前をふわりと進む。


「そっちには行くな。あそこには、かなりの邪悪どもが封印されている。残った力で異形のものをおびき寄せている」


 図書館のことみたいだが、俺は勉学に励む身だったから普通に通っていた。


「封印されているから、生身の者には危害を与えられぬ。おのれらの利になる力を持つものを待ち続け、誘い続けるだけだ」

「物の怪は見えないってだけで、そんなにいるのですか?」

「おらぬ。京都は錚々(そうそう)たるらしいがな。師傅ですら手をつけられぬものが、今なおごろごろ眠っているらしい。この国は儀式としての告刀のりとがかかせぬわけだ」


 京都は中学の修学旅行で行ったきりだが、そんなにおどろおどろしかったっけ? 告刀ってなんだ?

 などと考えていたら背後から抱きかかえられる。


「やはり触れるか。人の子と変わらぬ抱きごこちだな」

 俺を裏がえし目の前で見つめる。くるりと正面へ戻され「試しただけだ。ちなみに図書館に封じられているのは物の怪ごときではない。いわゆる西洋の使い魔だ。讒言を用いるから絶対に近寄るな」


 俺は平静を装って進む…………。

 思玲の息を感じる距離にドキリとしてしまった。妖怪になってから、この女に惹きつけられる。


 *


 守衛が思玲へにやにや話しかけている。妖怪になってから、人間の声が耳ざわりだ。


「今までの事例と比べて、どいつの動揺も御しがたいほどではない。あの娘は気苦労なしの仲良しグループを選んだな」

 俺へと心への声をかけながら門をでる。


「いとこは難を逃れましたよ。それに、だったら家族とかのが」

「親族は避けるように仕掛けてあるのだろう。絆が強すぎて、あの男が望む結果が得られるとは思えぬ。ところで、哲人に伝えたいことがあってな」


 それきり黙りこむ。

 話さないなら俺から質問だ。分からないことがたっぷりとある。


「桜井は今どこにいるのですか?」

「お前は桜井桜井オンリーだな。龍になってないなら戻ってくる。哲人のもとにな」


 その言葉に思わず振り返る。


「欲情に満ちたつらを向けるな。正確にはお前の懐の玉へだ。ついでに言うと、流範もそれを望む。完全なる青龍になってもらうためにな。だから箱を隠した」


 俺はキーマンになっているじゃないか。


「カラス達は箱を取りかえしにきますか?」

 だとしたら、俺はターゲットだ。


「楊偉天に顔向けできぬゆえに、死ぬ気で来る」

 さらりと言いやがる。「しかし、あの玉は流範の手に負えぬ。桜井がおのずから青龍に変げするのを待つだけだろう」


 待つしかできないのは思玲も同じみたいだが。彼女は話を続ける。


「私が楊偉天の手もとにいた頃、奴は四神のなかでも青龍は別格だと言った。そんなものが具現すれば、大陸の魔道士が団結せねばならぬ厄災がおとずれる。青龍の争奪戦が起きるかもしれぬ。……香港の連中が喜んで参戦しそうだな」

 思玲はうんざりげな顔になる。東アジアを巻きこんだ話になってきた。

「ちなみに完全なる青龍になるということは、人の心もその場で消える。哲人は二度と桜井に会えぬ」


 俺は唾を飲む。隠してある箱が命運を握っているのだ。なにがあっても守らないと。


「二三才児の図体で神妙になるな。あの箱の気配は途絶えている。流範程度なら、お前のはらわたをえぐりだすまで気づくことはない。それに害意あるものが寄ってきたら、あの護符が力を露わにするだけだしな」


 いちいち気にさわる物言いだ。でも俺には、こいつのビームも効かないお天狗さんの木札があるわけだ。


 *


 川田達と並んで歩いた大通りを浮かびながら進む。強烈なままの陽が斜めに差す。


「俺は木札のおかげで四神にならなかったのですよね? 代わりに座敷わらしになった」

「幸いとも言えぬがな。護符の由来を教えてくれ」


 俺も木札を手に入れたわけを知りたかったので(家族も誰も信じやしなかった)、中三の冬の日の出来事を教える。


「哲人がよほど気にいられたか、その土着の神と縁があるのか」


 思玲は曖昧に答える。土着ってなんだ? なんとなく意味は伝わる。地元の無鉄砲な中学生を選ぶ神様のことだろう。こんなことまで質問しない。


「人間に戻ったら、お礼にお天狗さんに案内しますよ。十月まで待てば弟の誕生月だから、温泉ランドに連れも安く入れるし」


「十月には雪は降るのか?」


 思玲が立ちどまる。やけに真顔で俺を見つめる。


「さ、さすがにまだ」


「そうか。一度は白い雪というものを見たくてな。異国の地に一人でいるときぐらい、おのれの願いを口にだしてもいいだろ」

 彼女はすぐに歩きだす。俺といても一人かよ。

「そもそも哲人が人に戻ったら、今の記憶はない。私は赤の他人に戻る」


 彼女には悪いがそうなって欲しい。でも、よくよく考えると、

「思玲の記憶からも、俺達は消えるのですよね」


「私だけは残る。幼い頃からふたつの世界が重なっていたためかもしれぬ。それでも私から話しかけることはない」

 すこし間を置いて「哲人がまだ人だったときに、心に声をかけてしまった。覚えているか?」


 桜井が再び箱を開けたときのことだろう。片言英語とは別に、彼女の声が飛びこんできた。



その娘をとめろ。私は箱に近寄れないから、貴様に頼むのだ



 脳にこすりつけられたように、はっきりと覚えている。


「だろうな」

 思玲がぽつり言う。

「今交わしている言葉があれだ。異形のものと交わすための声だ。結界が裂け、敵だらけ、守るべきものだらけ。桜井はおのれの意志で箱を開け、八方ふさがりゆえ使ってしまった。しかし生身の人間にかけるなど、妖術と呼ばれても仕方ない。

……私の声は強い。哲人の心に刻みこまれたかもしれぬが許してくれ」


 それがどういう影響を残すのか、今の俺に分かるはずはない。


「人間に戻ってから心配しますよ」

 行き先も知らないくせに前を行く思玲を追い越す。


「哲人は理屈屋のくせにかわいいところがある。ゆえに土着の神に好かれたのかもな」

 背後で安堵したように笑う。「覚えていたとしても、温泉になど誘わなくてよいからな。私達みたいなものとは関わらないにかぎる」


 その通りだと、俺は口にはしない。


 *


 川田のアパートへのT字路を通りすぎる。正面から蜂が一直線に飛んできた。俺にぶつかる手前で、ふわりと横に流される。俺は虫にすら見えないのか。


「ぼさっとするな」


 周囲より頭ふたつはでかい黒人男性が目前にいた。避ける間もなく顔面に衝突する。と思ったら、直前で俺の体がふわりと流れた。すれ違いざまに汗とコロンの香りが漂う。

 振り返ると、思玲と黒人が向かいあっていた。背高い彼女でも胸もと程度しかない。黒人は両手をひろげて道を譲り、鼻歌まじりに歩き去る。タンクトップの太い腕は入れ墨でびっしりだった。

 術があれば怖いものなしか。


「あいつとぶつからなかっただろ。式神でもない異形に触れられるのは、生身のものなら私だけかも知れぬ。取っ組み合いになったら別だぞ。人も異形も必死だからな」


 思玲はなにもなかったように説明する。さきほど俺を抱いたのは、本当にただ単に試しただけだと理解した。



 大型ディスカウントストアの店頭で思玲に道をゆずる。彼女は立ちどまり俺を見上げる。さっきから伝えたいことがあるみたいだが言いだせないようだ。

 俺は機転を働かせる。


「もしかして、日本のお金がないのですか?」

「……私が愚かに見えるのか?」


 思玲がショルダーを肩からおろし、中身を探る。小さいバッグに横長でむき身の小刀がおさまるのは、物理的におかしいと気づく。

 彼女は帯封された一万円札の束をふたつかみ取りだす。


「師傅がこの国で妖獣退治を依頼されたときの、謝礼のごく一部だ。金でしか誠意をあらわせぬ世だから、心置きなくいただいている。我々は慎ましく生きているので、いっこうに減りはせぬがな。日本の物価も高いらしいが、これだけあれば首輪などいくらでも買えるだろ」


 彼女達の術を貨幣に換算した価値が分かった。俺はうなずくだけだ。


「どうせ店内もカタカナだらけだろ。売り場を教えろ」


 思玲が店に入っていく。俺も行くのかよ。気乗りしない。なかは人間だらけだし。

 店に入るなり、明かりとアナウンスに襲いかかられた。クーラーに体が震えだす。客にぶつかりはじき飛ばされる。

 ……これはまずい。外に逃げないと。

 床までもぐるように降りても、自動ドアは開かない。入ってきた客に蹴られて奥まではじき飛ばされる。痛い。騒音に押しつぶされる。体が凍りだした。


「思玲」


 はぐれた彼女を呼ぶ。反応はない。蛍光灯で目がくらみ、見えない嘔吐をする。


「思玲!」


 俺は絶叫する。

 近くの女性がかまえるように振り向き、周囲を見まわし去っていく。意識が遠のく。体が消え去りそうだ。


「思玲……」自分の声さえ遠ざかっていく。


 ふいに持ちあげられる。


「護符を握れ」


 魔道士の声がした。そんな気力はない。でも彼女の温もりに救われる。だからしがみつく。自動ドアが開き、外の空気を感じる。


「お前、薄くなっているぞ。文明の灯が駄目ときたか。まさに絶滅危惧種だな」

 思玲はおさなごをあやすように俺の背をさする。

「物の怪と護符の力に加え人の智もあわせ持つのに、残念なほどに使えぬかもな。その護符にしても、人の作りし力には抗わぬか」


 なんとでも言え。ただ暗闇へと逃げたい。


「人に蹴られて痛かった。さっきの黒人とはすれ違えたのに」


「電気の下だからだろ。お前と二人ならばあいつが送りこまれても、などと思った私が愚かだった」

 思玲は抱きついた俺を引きはなす。俺の体はふわりと宙に浮く。

「祈る必要ないな。外気にあたっていれば、じきにおさまる。私一人で買い求めるから休んでいろ」


 彼女は一人で店に戻っていく。俺はぐったりと宙に浮かぶだけだ。





次回「大水青さえ素通りする」

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