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5-tune 四神獣達のカウントアップ  作者: 黒機鶴太
5-tune 四神獣達のカウントアップ
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はるか南の序夜

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 けがれた雪みたいだ。


「これは、じっとりとした夜に降る黒い雪だ」

 王思玲ワンスーリンは心でつぶやき、頬の黒羽根をはらう。「私どもにお似合いだ」


 室外機の熱風を受けて、無数の鴉の羽根が乱舞する。雑居ビルの屋上までネオンの光は届かない。


 今回の四玉の餌食は日本の女子学生か。その友人達が巻き添えになり、四神くずれと化して狩られる。

 ただ東京に向かえ。北国だろうが真夏に雪を見られるはずなくても。見るのは黒い血だけだろうと……って、焰暁ヤンシャオめ特攻するな。勝てるはずないだろ。見送りたくない――。

 屋上が邪を制す光に照らされた。


 リウ師傅の剣が大鴉に突き刺さる。異界の炎がかすんでいく。


「使いの鴉は?」

 師傅は溶けゆく炎暁を見つめたまま思玲に問う。


「もちろん残存しておりません。竹林ヂュウリンは空に逃れたようです」

 あなたが端から抹殺したおかげで、ここには忌むべき力を持つ二人だけです。


「一羽では非力だな」

 劉師傅が彼女に顔を向ける。私にすら畏怖を与える眼差し。


「剣技のみで焰暁を仕留めるとは、あの老人は思いもしなかったでしょう」

 媚びた物言いになってしまう。「しかし式神だけを送りこむとは……」

 臆病な老人と言葉にしたい。


「老師が私を恐れていると言いたいのか?」

 師傅は剣先をおろし、まだ息が残る使いの鴉にとどめを刺す。

「今の世に人智を超えたものはほぼ絶えた。人の知が奴らを追い越した。だが老師の智はなおも我々を超越する」


 その足もとで、生身の存在に戻りかけた鴉は羽根を残し消える。……もう充分だろと口にしたい。


「奴の奸智はあなたの力に及びません。たとえ龍をこの世に現そうとも」

 望み通りの言葉だろ?


「あの老人は今も昔もこの劉昇リウシャンなど目にない。そもそも四神にすら興じていない。邪念の先は、あの大陸のみ」

 師傅が剣で西の方角を示す。その刃さきを飲みこむように、また異形が刺さっていた。

「奴が欲するのは、東の守護を転じて西の攻めに強いること。この島から大陸へ戻る妄念を、その身が潰える前に叶えること。……静かなる竹林よ。ヤン老師のあわれな下僕。貴様も焔暁とともに安らぐがいい」


 劉師傅が剣をはらう。竹林と呼ばれた大鴉が裂けて落ちる。手先だった鴉達の羽根の中で、骸は溶けて消える。追いやられていた魂が浮かびあがる……。

 畏敬すべき男への、つつましい怒りなど吹っ飛ぶ。


「竹林よ。幼き女児であったか」


 師傅が中空を抱きしめる。

 この方でさえ感情を抑えきれない。思玲も扇を握りしめる。

 ただの人には見えぬものが消えるまま、師傅は両手で自分を抱える姿勢となる。寄せていた顔が落ちる。

 すぐに立ちあがり、顔を向けてくる。


「大鴉は残り二羽。おぞましき峻計ジュンジーはおのれのもとを離れさせぬが、速き流範リウファンはすでに北へ飛ばしただろう。お前は奴を抜き去らねばならない」


 その一言を待っていた。思玲は強くうなずく。このまま向かってやる。


「思玲、冷静にな。手駒をふたつも差し向けるとは、言伝は真実に違いない。明の時代以来の大物となるかもな。私が老師を屈服させるまでは耐えてくれ」

 師傅が剣を緋色の布にくるみながら言う。

傀儡くぐつ祓いはものにできたか?」


 師傅は術の教示を意図的に晒した。おびき寄せられて、業をまとわされた奴の配下だけが消えた。

 楊偉天ヤンウェイテンめ。よわい百を超えて貴様だけがなぜ生きている。


「生身の者にかける術ゆえ問題ございません」


 ぶっつけ本番になろうが、かまうものか。青龍の資質ある娘の名は桜井さくらい夏奈かな。そいつの目を覚まさせ、他の連中もろとも守るだけだ。楊偉天からだけでなく。


 サイレンが聞こえる。台北タイペイの夜の喧騒を次に聞くのはいつになるだろう。


「ならば行ってくれ。邪魔だてする異形の殺生を許す」

 劉師傅は非常階段へと向かう。


 魅入られた報いさえ受けろと言われるのか。

 知ったことじゃない。別れの抱擁もいらない。私はマイベストを尽くすだけだ。あいつが日本に向かわぬように願うだけだ。

 それこそ楊偉天も。

 私は連中より豆苗ほどに弱い。羽根を踏みながら師傅のあとを追う。二人が去った屋上では、熱風にあおられた黒羽根がいつまでも踊り続けた。


 ***


 その頃、松本哲人まつもとてつとなんて名の変哲でもない俺は、「灰皿を復活させろ」としつこい爺さんに延々と対応していた。コンビニはやめて法律事務所のバイトを探そうと決意しながら。桜井はもう日本に到着したかな、とか思いながら。


 明日の午後には人でなくなるなんて思いもしないで。





次回「フォーチュンな生け贄達」

本編スタート

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― 新着の感想 ―
[良い点] 独特な世界観でとても面白いですね(∩´∀`) 私が今まで読んだ中で内容がとても濃いストーリーで、よく考えられているなと思いました。 まだ初めですが、時間がある時にまた読ませて頂きますね(…
2024/02/10 16:27 退会済み
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