各種エンディング
【sideマリア】
卒業パーティーにおけるリチャード王子の婚約破棄。それを見ながら私は心の中で歓声を上げました。
(やったぁ!! やったわ!! これでトゥルーエンド……いえ、アナザートゥルーエンド達成よ! ここまで長かったわ……)
悲願を達成した私は、これまでの苦労に思いを馳せました。
3年前の入学式の日、学校の校門をくぐった私は、この世界が、私が好きだったゲーム現実的な|王子との恋愛《恋愛ラブシミュレーション》ゲーム、【エンドでは終わらない】だと気付きました。
そして、私は絶望しました。
というのも【エンドでは終わらない】は『現実的な王子様との恋愛を体験できます』というのが謳い文句のゲームで、ハッピーエンドが存在しないゲームなのです。
まず、普通の恋愛ゲームのように王子様との恋愛イベントを進めていくと、ノーマルエンドとなり、王子様の妾になる事が出来ます。
(恋愛ゲームのノーマルエンドが妾という時点でどうかと思うけどね……)
妾となったヒロインは、数年間は贅沢な暮らしを満喫できますが、ヒロインと、そして王妃となったレイチェル様の子供が産まれた時から雲行きが怪しくなります。産まれてくる子はどちらも男の子なのですが、レイチェル様の子には王位継承権があるのに対し、ヒロインの(妾の)子には王位継承権がありません。それがこの国の法律なのですが、それにリチャード様が不満を持って、『妾の子にも継承権が発生する』という法律を勝手に制定してしまうのです。
当然、周囲の貴族達はこれに反発します。そして、ヒロインの子を次期国王にしたいリチャード様とレイチェル様の子を次期国王にしたい貴族達との間に争い生まれ、ついには、国を二分する内乱にまで発展してしまうのです!
とはいえ、この内乱は長くは続きません。いくら王家と言えど、その他全ての貴族を相手に戦える力はありませんから。
早々にレイチェル様達がこの内乱の勝者となり、リチャード様は処刑。ヒロインとその子供は、子を作れなくする処置をされた後に、王宮から放り出され、その後の行方は誰も知らなかった、というのが、ノーマルエンドの『その後』です。
(ゲーム会社の公式発表で『ノーマルエンドの『その後』でヒロインは死んでいないし、他の男と結ばれたりもしていない。ヒロインは、リチャード殿下との子供を、女手一つで育てあげた』っていうのがまた恐ろしいのよね。世間知らずで子を作れなくされたヒロインが子供と生きていく方法なんて………………考えたくもないわ)
これがノーマルエンドです。では、ハッピーエンドはというと……。
(ないないない! 絶対に嫌!)
リチャード様からの好感度を最大にして卒業式を迎える。この条件を達成すると、リチャード様がレイチェル様と婚約破棄し、ヒロインを王妃としてくれます。しかし、リチャード様は王妃になるという事がどういうことなのか、理解していなかったのです。
いきなり王妃になる事が決まったヒロインは、レイチェル様が10年近くかけて学んだ事をなるべく早く学ばなくてはならなくなり、毎日勉強付けの日々を送る事になります。それは、他国の言語、歴史、地理といった知識面の勉強だけでなく、歩き方、食事の仕方、話し方と言った日常生活に関する事も含まれ、ヒロインは気が休まる時間が無くなってしまいます。
ですが、そんなヒロインに対し、リチャード様は『最近お前は勉強してばかりだな。まるでレイチェルみたいだ』とか、『そんな事、レイチェルは10歳の時には出来ていたぞ』といった心無い言葉を浴びせ、はたまた『早く王妃教育を終わらせてくれないと、俺と結婚できないんだぞ? 頑張ってくれよ』と、追い打ちをかけるような言葉をかけてきます。はっきり言って最低ですよね。
さらに、どんなにヒロインが疲れていても、リチャード様は夜の相手を求めてくるのです。『俺を愛しているんだよな? お前はレイチェルとは違うよな?』と言って。(ちなみにリチャード様とヒロインが、学生時代に経験済みであることを知っている王宮の方々は、婚前交渉を止めようとはしないようです)
そんな事をしているのだから、自然の摂理でヒロインに子供が出来てしまいます。将来の王妃を未婚の母とするわけにはいかないので、王家の面目を保つため、ヒロインはすぐさまリチャード様と結婚し、正式に王妃となります。
ヒロインが王妃となったとほぼ同時に発表されるヒロインの懐妊の一報。その一報の早さに色々邪推する者はいますが、大半の者はヒロインの懐妊を喜び祝福します。この時がヒロインの結婚生活で唯一幸せな時間であったといえるでしょう。ですが、ここから地獄が始まります。
ヒロインは王妃教育を終える前に、王妃になってしまったのです。ゆえに、王妃となった後も、王妃教育は続きます。ですが、それとは別に、王妃としてこなすべき仕事はこなさなければなりません。しかも、身重の身で、です
通常であれば、王妃が身重の時は、国王が王妃の仕事も請け負ってくれるものです。ですが、国王であるリチャード様は、ヒロインの仕事を請け負うどころか、自分の仕事をヒロインに押し付けてきます。『レイチェルならこれぐらい楽勝だったぞ』と言って。
ただでさえストレスがかかる王妃教育に加え、さらに降りかかる『王妃』としてのストレス。しかも支えるべき国王は支えるどころか、寄りかかって来る始末。身重のヒロインの心が壊れるのに、時間はかかりませんでした。
ですが、心が壊れてもなお、周りの状況は休むことを許してくれません。心を壊し、心身の疲労を無視して『王妃』を演じるヒロイン。貯まったその疲労は、出産によって、限界を超えます。
そう、リチャード様との子を産んだ後、過労により死亡する。それがハッピーエンドの『その後』なのです。
(過労死とか絶対に嫌。これがハッピーエンドってゲーム会社、頭おかしいのよ! まぁ、『一生王妃を演じ続けるよりとっとと壊れちゃった方が、ヒロインにとって幸せ』っていう公式見解も分からないじゃないけど……それでもこんなルートは絶対に嫌!!)
これがハッピーエンドです。では、バットエンドはというと……。
(バッドエンド……これが唯一まともなのよね。うーん。でもなぁ……)
リチャード様からの好感度を一切稼ぐことなく、卒業式を迎える。これを達成すると、バットエンドとなり、特に何事もなく、ヒロインは学校を卒業する事になります。少しでも好感度を稼いでしまうとたどり着けないこのエンドですが、実は唯一救いの有りそうなエンドなのです。
というのも。バットエンドを迎えると、『こうして、ヒロインは学園を卒業し、家が決めた婚約者と結婚しました』というエンドロールが流れるだけで、特に悲惨な様子が無い……らしいのです。
(お父様が変な婚約者を選ぶとは思えないし、狙うならこのエンドなんだけど……うーん…………)
無難そうに見えるバッドエンドなのですが、私がこのエンドを目指すのを迷っているのには理由があります。実はこのエンド、目指すのがとてつもなく難しいのです。
なぜかというと、リチャード様ははっきり言ってめちゃくちゃ、ちょろいです。例えば食事を誘われるイベントですと、『誘いを受ける』を選べば、喜ばれて好感度1アップ、『誘いを受け、手作りのお弁当を作って来る』を選べば、めちゃくちゃ喜ばれて好感度3アップ、『誘いを断る』を選べば、謙虚な子だなと思われて好感度2アップと何をしても好感度があがってしまいます。
ではどうすれば好感度を稼がないのかというと、選択肢が出てから0.2秒以内に『誘いを断る』を押す事で、『反射的に断るほど嫌なのか……』と、リチャード様は寂し気に離れて行きます。これが、唯一好感度を稼がずにこのイベントをクリアする方法なのです。
他にも、料理実習のイベントでは『絶妙に焦がした料理を作らなければならない』とか、授業中に鉢合わせてしまうイベントでは、『絶妙な時間遅れて教室を出なければならない』とか、定期テストのイベントでは、『内容と配点がランダムなテストで、絶妙に低い点数を取らなければならない』等、各種イベントでシビアなタイミングをクリアし、膨大なパターンを網羅して完璧な選択肢を選ばないとバットエンドにはたどり着けないのです。
かくいう私は私は、前世で自力ではこのバッドエンドにたどり着く事は出来ませんでした。何度も何度もコンティニューを繰り返してもイベントの半分も消化できず、泣く泣く、動画配信サイトでエンディングを見たのでした。
(私が尊敬している配信者様でもバッドエンドにたどり着くのに20回以上コンティニューしてた。そのバッドエンドを私が目指す? しかも、1回もコンティニュー出来ない状態で? 無理無理無理!! 絶対無理!!!)
これがバッドエンドです。そしてもう一つのエンドが……。
(国の事を考えたらトゥルーエンドを目指すのが良いのよね。でも……うぅぅ……)
リチャード様の好感度を最大値にして、かつ、知力の能力値を一定以上にして、卒業式を迎える。これを達成すると、リチャード様がレイチェル様と婚約破棄し、ヒロインを王妃にしようとする……のですが、お忍びでやって来た国王と王妃により、リチャード様は断罪され、王位継承権を剝奪、その後幽閉されます。そして、ヒロインは、直接王家から断罪されたりはしないものの、一生肩身の狭い思いをしながら過ごす、というトゥルーエンドを迎える事になります。
このトゥルーエンド、リチャード様とヒロイン以外の人にとってはハッピーエンドといえるエンドなのですが、ヒロインとしては受け入れられるエンドではありません。何が悲しくて、一生肩身の狭い思いをしなければならないのでしょうか。
以上が【エンドでは終わらない】の4つのエンディングなのですが、どのエンディングも私としては受け入れる事は出来なものです。ゆえに……。
(逃げよう……)
私は入学式を体調不良により欠席する事にしました。
後日聞いた話ですが、リチャード様は入学式をサボり、ずっと学園内を徘徊していたとの事ですが、それは私とは関係のない事だと思っておきます。






