母には腕が三本あった
拙宅の家庭事情で言いますと、ちょーっと父親がロクデナシだったもので、拙宅の母はワンオペで子育て頑張っていました。
まぁ田舎なので、色々とくちさがない人も多かったですが、親切な人も多かったので近所のおばあちゃん連中が見守ってくれていたのもあって今よりワンオペの負担が少なかったかもしれないとは母の弁。
昔話をすると時折出てくるのが母の不思議体験。
私は好奇心旺盛な子供で、割と興味ひかれることがあると意識が持っていかれる事のある落ち着きの無い子でした。
年の近い弟と妹が居て、三人を連れて母は食材の買い出しに行っての帰りでしたが、私が何かに興味を惹かれ、ふっと駆け出したそうです。
小さいとは言え田舎町のメイン道路で、車の往来は激しく、対向車が母の視界に入ったそうです。
慌てて私の腕を掴んで引き留めることが出来、ほっと安心したのですがその時母はあれ?と首を傾げたそうです。
どうやって私の腕を掴んだんだろう?
その時、片手で弟の手を握り、おんぶしようとしてたのに歩きたいと駄々をこねた妹の手ももう片方で握っていたそうです。腕には買い物袋を掛けている状況。
何か私しましたか? ってな顔して母を見上げる私。 両手は他の子供と繋いだまま。
でも感覚的には私の腕を掴んで引き留めた覚えがあるそうです。
「お母さん、絶対あの時腕三本目が生えてた」
「うっそだぁ、盛ってるでしょ」
思い出話をするたび突っ込むのですが、母は腕が生えたと言い張ります。
「子育て中って、不思議な事が結構あるものよ」
「まぁ助かって良かったって事だわね」
記憶の改ざんがあるとは思いますが、害は無い話だし、まぁ良いかと聞き流しています。
社会人になって職場の先輩と話をする中、この話をすると半数近くの「お母さん」はうんうんと頷きます。
「子供守らないと! って思った瞬間、何らかの力が降りてくる事あるよね」
先輩の思い出話を聞くと全く同じでは無いけれど似たような不思議な体験談があって母は強しだなぁって思います。
火事場の馬鹿力って言葉を私は結構信じていたのですけど、十数年前にその期待を裏切られた事がありました。
それまで家の中のお手洗いに母は自力で歩行器を使いながら行けてたんですけど、悲鳴が聞こえ慌て傍に行くと膝に力が入らないと歩行器に縋りながら崩れかけの母の姿がありました。
私は結構体力が無くて筋力も無い人間なのですが、心の中で「今なら緊急事態で私お母さんを抱えあげられるんじゃね?」と思ったのですが結局ぐずぐずと母を抱えて座り込む羽目になりました。
近所に住む妹に電話をかけるのですが出ない。
悩んで関係職員の知人に「こんな時救急に電話をしてベッドに運ぶだけの依頼をしても良いのだろうか?」と確認すると大丈夫と言われたので一一九へ電話。
「救急車両は必要無いのですが母が家の中で転んでベッドまで運びたいのですが手伝って貰えませんか?」
「ベッドって家の中のベッドですか?」
電話受付の隊員の方の疑問に申し訳無く思いつつ、そうなんです、一人では無理で、助けてくださいとお願いし、待つことしばし。
無事母を隊員さんに運んでもらってベッドに寝かす事ができました。
火事とか救急車要請じゃなくても助けを求めて良いなんて知らなかったので一つ知恵がついたと良い事探しをしましたけどね。
「火事場の馬鹿力って嘘だね、眠れる筋力がフルパワーでお母さん抱えあげる事出来なかったよ」
「元々の筋力が無いのに、眠れるも何もないでしょ」
妹の言葉は辛らつです。
どうやら私には三本目の腕が生えることも無いし、何かあっても母と共倒れするしかないようです。






