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9. 幸せにしてよね!

「前世とは似ても似つかない私の姿で、よくクリスティナだと信じてくれましたよね?」


 未だにメイド服を着ている私は、ベルトランの部屋でお茶を飲みながら尋ねた。

 ドレスよりしっくりくるし、動きやすくて楽なのだから仕方ない。


「あれだけコトネ自身の姿を発光させたのだから、信じるのは当然だろう」

「確かに」


 指輪のアドバイスに従って神聖力を纏ったが、あんな風に自分が光ってしまうとは思わなかった。恥ずかしいから、もう二度とやりたくない。


「それに……聖女を殺したという罪悪感と恐怖を抱え続けるより、神と聖女に赦されたという事実が欲しかったんだ。陛下も国民も」

「なるほど。人の弱い部分につけ込んだんですね」

「そういうことだ。だが、一時的に罪悪感は拭えたとしても、真実は自分の中に残る。ふとした時に思い出し、この先もずっと苦しむだろう」

「そうですね」

「それに、コトネの姿は美しく説得力があった」

「あー、はいはい」


 こんなシンプルな顔立ちで、そんな訳ないでしょと適当に受け流す。

 けれど、ベルトランの言ったことも何となく理解できる。もちろん私のドレス姿の話じゃなくて。


 過去の私……クリスティナは処刑される時、あの場にいた全員の目を忘れられなかった。受けた絶望と恐怖によって、琴音として転生しても悪夢をみたのだと思っていたが――たぶん、そうではない。


 他の世界で生まれ変わったのにも関わらず見続けた悪夢は、聖女の職から逃げ、王子妃を望んだ自身の罪悪感が引き起こしたのだ。


 私は聖女自身も罰を受けたと言った。断罪に加わった者は、いつか自分たちも罰を受けるかもしれないと思ったはず。

 聖女が放った光を受けた者が、本当に祝福と感じられるか、呪いになるかは当人次第だ。


 そして、客観的に考えられるようになった今なら分かる。


 断罪の場にいたのは国の一部の民にしか過ぎないと。エステルを崇拝する者と、野次馬で集まって者がほとんど。心優しき者は、あの場に来ることさえ出来なかっただろう。


 残っていた結晶石の量からして、エステルは自分に有利になる相手にしか力を使わなかったようだ。


 同じ国の民であっても、全ての人間が同じように考えているわけではない。十人十色。裕福な者もいれば、そうでない者もいる。思いや考え方だって違う。

 神殿に嫌われていたベルトランにだって、ちゃんと味方はいた。離宮で操られてしまっていた使用人たちが正にそれだ。


 指輪――いや神は、全てを見ていてこの国と私にチャンスを与えたのかもしれない。


「それで、エステルは認めたのですか?」


「いや。だが、逃げ出した母親が捕まり、全て証言したのだから時間の問題だろうな。エステルと継母は、極刑は免れないだろう」とベルトランは言う。


 エステルの先祖は黒魔術に長けた魔女で、その血を引いていたため、幼い頃から魅了を使えたのだ。


 エステルの魅了は父親だけでなく、兄にもかけられていた。クリスティナの聖女毒殺のでっち上げは、その二人が関わっていたようだ。連座という形で、証拠隠滅されてしまったが。


 クリスティナの記憶はあるが、琴音として生きている私には、父と兄に対しては悲しみより同情の方が大きい。


 継母も魅了を扱えたのかはわからなけれど、公爵との間に愛があったとは思えない。利用されただけかもしれないが――。クリスティナの父親が浮気したのは間違いなく、そのせいで能力を持ったエステルが生まれたのだ。


 クリスティナたちの曾祖母は王女だった。


 だから、公爵家の人間は王家の強い魔力の血を引いている。それが相互作用だったのか、クリスティナとエステルはそれぞれ強い力を持ってしまった可能性がある。

 クリスティナが聖女の力のが強く出たのと同じに、エステルも魔女の力が強く出たのかもしれない。


 私はチラリと指に嵌った指輪を見る。


 これは、前聖女であり曾祖母の姉が、可愛い妹にプレゼントした指輪らしい。国王陛下が直接私に教えてくれた。


 ベルトランは、自力で魅了から抜け出した国王だけには真実を伝えた。

 私がクリスティナの生まれ変わりであり、ベルトランが指輪から神託を受け、私を迎えに来たこと。第二王子を推す側近が、長年にわたり毒を盛っていたことも。


 魅了されていたとはいえ、クリスティナを処刑したアヴェリーノも罪を問われる。


 全てを片付けたら、国王陛下はベルトランに王位を譲り、アヴェリーノと一緒に逝くつもりなのかもしれないとベルトランは言った。

 この国は聖女を失ったのだ。

 アヴェリーノの為か、国民の為に責任を取るつもりかは分からないが。真意を、国王自ら語ることはないだろうと。


 淡々と話すベルトランに、何て言ってあげたらいいか分からない。話題を変えようと気になっていたことを尋ねる。


「それで、私はいつ向こうの世界に帰してもらえるのですか?」


 もちろんダメ元で訊いただけ。


「俺を連れて行ったのはその指輪だからな。何もしてやれず、すまない」


 やはりかと思う。

 ベルトランは申し訳なさそうに、指輪に視線を落とす。口調はあんなだったが、本当は優しい人なのだ。


 大規模な祝福をしてから、指輪は光らなくなった。ベルトランも指輪の声が聞こえなくなったらしい。

 正直、向こうに私を待つ人は居ないし、このまま異世界を堪能するのも悪くない。


「俺には、コトネを愛し続けることしか出来ないが」

「……へ!?」

「俺の妻となり、一生となりに居てくれないか?」


 唐突に何を言い出すのか。


「え、でも、私は異世界人だし」

「大丈夫だ、陛下しか知らない」

「顔も平凡だし……」

「俺は初めて会った時から、可愛いと思っているが?」


 真剣な眼差しのベルトランを信じてしまいたくなる。それでも、人を好きになるのはまだ不安だった。


「私、浮気する男は大嫌いなんです」

「絶対にしない。その指輪に誓おう」


 ベルトランは一切引かない。ぐいぐい来る迫力あるイケメンに、私は椅子からおりて後ずさる。


 その時――指輪が突然ピカリと光った。

 私の体は宙に浮き、今度は急降下する。


「ひやぁっ!!」


 なんと私が着地したのはベルトランの腕の中。


「ほら、指輪も認めてくれたようだ」


 焦ったい私にヤキモキしたのだろうか。荒っぽいが、私の気持ちを知った神様が背中を押してくれたみたいだ。

 そう、私はいつの間にかベルトランに恋していた。


「もう! じゃあ、ちゃんと幸せにしてくださいね!」


 返事は破顔したベルトランの唇だった。



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