6. 宣誓式
――宣誓式、当日。
宮殿の大広間には高位貴族が集まり、外には王太子の宣誓と祝福を与える聖女をひと目見ようと、国民がひしめき合っていた。
国王の挨拶から始まり、アヴェリーノの宣誓、聖女から国民への祝福、最後に国王から王太子を認める宣誓が行われる。
貴族向けの挨拶が終わると、バルコニーに三人が立つ。
見上げる国民から歓声が上がった。
アヴェリーノの宣誓が終わり、盛り上がりも最高潮。そのタイミングで聖女の祝福の儀が始まった。
エステルが一歩前に出ると、歓喜に満ちた者たちの熱い視線がそそがれる。
美しい衣装を纏い、エステルが天に向かって両手を上げてから、見上げる国民に向かい祈りと祝福のポーズを取った。
シーン――……。
静まりかえっている中、何も起こらない。
エステルは慌てて、同じ動作を繰り返している。祝福を待つ国民はざわざわとし出す。
「ど、どうしたんだエステル!?」
アヴェリーノは心配し小声で尋ねた。
「す、すみません……緊張してしまったようです」
「落ち着いて。いつも通りでいいのだから」
「ええ、そうですね……」
アヴェリーノに気付かれないよう、エステルはドレスの中に隠し持っている結晶石を何度も触る。
――が。
何も起こらない。
焦る二人の背後、大広間の空気が張り詰めた。
なかなか行われない祝福を心配してではなく、別の緊張感。
「その聖女は偽者ですから、祝福は起こせませんよ」
張りのある男性の大きな声がホールに響いた。
王家の第一礼装に身を包んだ、第一王子ベルトランが颯爽と会場の真ん中を歩く。
アヴェリーノによく似た外見。特徴的な黒髪が第一王子だと物語る。
扉の前に集まっていた近衛騎士たちは、さすがに第一王子に手出しをすることは出来ない。存在を忘れられていたベルトランに対して、何も指示は受けていないのだから。
ベルトランは、バルコニーに出た。
「まさか……ベルトランか!?」
信じられないといった表情で言った国王。
「あ、兄上!? どうして!?」
「そんなはずはっ……」
アヴェリーノとエステルは同時に声を漏らす。
ベルトランは三人を無視し、国民に向かって声をあげた。
「この場で、第一王子であるベルトラン・ボナハルトが真実を明かそう!
偽聖女であるエステル・シャテルローは、本物の聖女であるクリスティナ・シャテルローを騙し、神聖力を盗んだだけでなく、禁忌とされる黒魔術を使い聖女を処刑させたのだ!」
確信に満ちた通る声は、観衆を惹きつける。
「兄上!」と、掴み掛かろうとしたアヴェリーノを何故か国王が制止した。
「な、なにを証拠に! ……きゃっ!?」
顔を真っ赤にし憤るエステルに向かって、離宮の侍女達が一斉に駆け寄った。その中の一人が、ドレスの中に隠されでいた結晶石を取り上げた。それをすかさずベルトランに渡す。
「これが証拠だ! この石に聖女に神聖力を込めさせ、それを使っていただけだ」
掲げた結晶石に視線が集まった。エステルは、侍女たちに押さえられている。
「そ、そんなのは嘘に決まっているっ!」とアヴェリーノ。
「だが! クリスティナが本物だった証拠はない」
国王はベルトランに向かって言う。聖女を処刑したとなれば、国は滅ぶかもしれないのだ。国王は慎重に言葉を選ぶ。
「証拠? それは、本人に訊いて下さい」
ベルトランの言葉に、国王は片眉を上げた。
その場に居た全員が不安げにザワリとする。
首を落とされた人間が生きているわけがないと誰もが思ったのだ。
エステルを捕まえていた侍女の一人が、前に出た。
いや、早着替えでメイド服を脱ぎ、白いシンプルなドレスになった私だ。
ほどいた長い髪は黒く戻してあり、人々の視線を引き付けた。
応援してくれる使用人仲間が、道を開ける。
緊張で胸が張り裂けそうだが、私を見詰めるベルトランの視線が大丈夫だと言っていた。私は小さく頷く。
一歩ずつ、前に進む。
あれ程恐ろしかったアヴェリーノの前を素通りし、ベルトランの隣に立つ。
ベルトラン効果なのか、国民は罵声など飛ばさず息を呑み見守っている。
「姿は違いますが、わたしはクリスティナです!
皆さんに謝らなければなりません。
私は婚約者であるアヴェリーノ様と離れ、神殿に行くのが嫌で聖女の力を妹のエステルに託してしまいました。そして、罰がくだり私は処刑されたのです」
これは、クリスティナであった過去の私の懺悔であり、本心だ。
「けれど!
私は神に呼ばれ、この者の姿を借りてまたこの地に戻ってまいりました。これは、神が与えてくださった最後の機会です。この国と皆を愛しております!
――この国の全てに祝福を!!」
クリスティナとして聖女のポーズをとると、私の体から眩い光が溢れ出し、国民に降り注ぐ。
今まで見たことのない大規模な祝福。結晶石から回収した神聖力の全てを放出した。
神秘的な現象に、その場にいた誰もが歓喜した。
――エステルとアヴェリーノを除いて。