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6. ベルトランside 過去と二度目の出会い

 離宮の周辺は、手入れの行き届いた庭園ではなく、まるで森のように鬱蒼としていた。


 少年だった俺は、嫌なことがあるたびにその中で木剣を振っていた。


 第一王子であったものの、この国――特に神殿の教えで、良くないものとされていた黒髪だったせいだ。金髪碧眼の第二王子アヴェリーノが生まれ、味方だった母親の他界後は、周囲からの扱いは更に酷くなり蔑視さるようになっていったのだ。

 神殿贔屓の貴族たちからの嫌がらせも、教師からの体罰も我慢するしかなかった。




 いつものように森の中に入ると、定位置に見慣れないものが落ちていた。


 それは、厳しい生存競争に負けた雛。

 巣に戻そうと考え大きな木を見上げるが、親鳥が助けにくる気配は無い。


「お前も……いらない子なんだな」


 木剣を置き、両手で雛を抱える。


 見窄らしくも見える、白と燻んだ茶色い羽根。まだ生え揃っていないのか、スカスカしている。落ちた時にどこかにぶつかったのか、血も滲みグッタリしていた。手当てしなければ、死んでしまいそうだった。


 ――急がないと!


 離宮に戻ろうと茂みから飛び出すと、目の前にはグスグスと泣いている女の子がしゃがみ込んでいた。


「うわっ!?危ない!」


 ぶつかりそうになり声を上げると、女の子はビクッと顔をこわばらせた。


「ここで何をしているっ!?」


 思わず強い口調で言ってしまった。


「ふ……ふ……ふぇ〜ん、おかあさまぁ〜!」


 更にグスグスと泣き出す女の子。


「お前……まさか、まいごかよ!?」


 またも「ふぇ――ん!」と会話にならない。

 御守りなのか、首から下げた物をギュッと握って泣き続けている。

 だが、今は迷子より雛の方が重要だった。


「あとで案内してやるから泣くな! 今はこっちのが大変なんだっ」


 俺の言葉に顔を上げた女の子は、腕の中の雛に気付く。


「とりさん……いたそう」と、涙をためた目で覗き込む。


「早くこいつの手当てしてやらないと、死んじゃうから」


 今は構えないと言い終わる前に、女の子は手を出して血のついた雛の体に触れた。


「いたいのいたいの、とんでけ〜!」


 その言葉が特別だったのか、女の子の手がポワンと光り、血は残っているが傷口は綺麗に消えた。

 こんな魔法は見たことない。


「お……お前、すごいな」

「ふぇ? あ、とりさんおめめあいたよ!」

「あっ、本当だっ!」


 小さな口ばしがパクパク動く。お腹を空かしているのかと、二人で離宮へ向かおうとすると、大人の女性の声がした。


「あ……おかあさまだ!」

「そっか、良かったな。お前、名前は?」

「クリスティナ! おにいちゃん、またね」


 それだけ言い残して、女の子はどんくさそうに走って行った。


「クリスティナ……」


 奇跡のような出来事より、自分を見つめる無垢で可愛い笑顔が胸に焼きついていた。




 ◇




 ――数年後。


 俺は寝たきりになっていた。


 用意される食事はより質素になり、食べると体調は悪化していく一方だった。けれど、空腹と喉の渇きには耐えられず口にしてしまう。


 聖女だという少女がやってきて、治療を試みたこともあった。聖女を寄越したのは、国王の指示だったのかは分からない。


 正直、聖女と聞いて、クリスティナが来ることを期待していたが別人だった。それどころか、他の大人たちと同じような蔑む視線を俺に向けた。

 明らかにに嫌そうな顔をした聖女の治療は、全く効果も無く、むしろ状況は悪化し期待は絶望に変わっていった。


 そんな中、唯一の友で俺の味方は、あの日助けた鷹だった。


 誰にも見つからないように、窓からやって来ては、食べろとばかりに木の実や果実を置いていく。それを口にした日は、心なしか身体が楽になった。


 そして、いよいよ外部と遮断された頃――。


 使用人たちの会話から、弟の婚約者が処刑されるという話が聞こえてきた。

 同情はしたが、シャテルロー公爵の令嬢に興味などなかった。いや、他人を気遣える余裕など皆無だったのだ。


 聖女も国も神殿も、全て滅んでしまえばいいとさえ思っていたのだから。




 ◇




 処刑が執行された頃、長時間目を開けていることすら辛くなっていた。もう長くはないのだと自分で悟る。

 ただ、使用人が開けておいた小窓だけは見ていたかった。


 母親が生きていた頃から仕えていた使用人たちが、あんな目で自分を見る前だったら、閉められてしまったであろう窓。

 雨風が入ろうが、今は開いていることさえ気付かないのだ。幸い大きな木のおかげで、被害はあまり無かったが。



 ――コツコツ。


 音が聞こえ、窓を見る。

 鷹がやって来ると、それを気付かせようと音を鳴らすのだ。


 鷹は口ばしに咥えていた何かを、ベッドの上にポトリと落とす。もう何も食べられないが、鷹の好意は受け取りたかった。

 どうにか上半身を動かし、痺れる指先で拾う。目を凝らすとそれは指輪だった。


「こ、れは……」


 掠れた声が出た。


 俺の少ない記憶の中にある指輪は、あの女の子が握りしめていたものだけ。自然とそれが重なった。

 胸の前でギュッと握りしめると、急に涙が溢れてくる。


「いたいのいたいの、とんでけ〜」


 そう言われているような気がしたのだ。


 ――刹那、指輪が熱を持つ。


 ハッとすると、静かな空間に声が響く。正確には、自分の頭の中に響いたのだ。


『真の聖女は殺され、違う世界に生まれ変わっている。聖女を連れ戻さなければ、この国は滅びるだろう。汝、異世界へ行き我が愛し子を連れ戻すのだ』


 この国の存続など、心底どうでもよかったが――指輪の持ち主である真の聖女がクリスティナで、処刑された公女が彼女だと知った。あの女の子が殺されていたことに、全身が怒りで震える。


 だが、神らしき声が言うには彼女は生きているらしい。


 彼女に会いたい――ただ、それだけだった。


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