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挿話 ベルトランの過去と二度目の出会い

 離宮の周辺は、手入れの行き届いた庭園ではなく、まるで森のように鬱蒼としていた。


 少年だった俺は、嫌なことがあるたびにその中で木剣を振っていた。

  


 第一王子であったものの、この国……特に神殿の教えで良くないものとされていた黒髪だったせいで、神殿贔屓の貴族たちから白い目で見られた。


 金髪碧眼の第二王子アヴェリーノが生まれ、味方だった母親の他界後は、周囲からの扱いは更に酷くなり蔑視さるようになっていったのだ。

  

 いつものように森の中に入ると、定位置に見慣れない()()が落ちていた。

 それは、厳しい生存競争に負けた雛だった。

 巣に戻そうと考え大きな木を見上げるが、親鳥が助けにくる気配は無い。


「お前も……いらない子なんだな」


 木剣を置き、両手で抱える。見窄らしくも見える、白とくすんだ茶色い羽根。まだ生え揃っていないのか、スカスカしている。

 落ちた時にどこかにぶつかったのか、血も滲みグッタリしていた。


 ――急がないと!


 離宮に戻り、手当てしなければ死んでしまいそうだった。

 茂みから飛び出すと、目の前にはグスグスと泣いている女の子がしゃがみ込んでいた。

 

 危ない!

 ぶつかりそうになり、ビクッとする。


「ここで何をしているっ!?」


 思わず強い口調で言ってしまった。


「ふぇ〜ん、おかあさまぁ〜」と更に泣き出す女の子。


「お前……まさか、まいごかよ?」


 またも「ふぇ〜ん」と会話にならない。

 御守りなのか、首から下げた物をギュッと握って泣き続けている。

 だが、今は迷子より雛の方が重要だった。


「あとで案内してやるから泣くな! 今はこっちのが大変なんだっ」


 俺の言葉に顔を上げた女の子は、腕の中の雛に気付く。


「とりさん……いたそう」と、涙をためた目で覗き込む。


「早くこいつの手当てしてやらないと、死んじゃうから」


 今は構えないと言い終わる前に、女の子は手を出して血のついた雛の体に触れた。


「いたいのいたいの、とんでけ〜!」


 その言葉が特別だったのか、女の子の手がポワンと光り、血は残っているが傷口は綺麗に消えた。

 こんな魔法は見たことない。


「お……お前、すごいな」

「ふぇ? あ、とりさんおめめあいたよ!」

「あっ、本当だっ!」


 小さな口ばしがパクパク動く。

 お腹を空かしているのかと、二人で離宮へ向かおうとすると、大人の女性の声がした。


「あ……おかあさまだ!」

「そっか、良かったな。お前、名前は?」

「クリスティナ! おにいちゃん、またね」


 それだけ言い残して、女の子はどんくさそうに走って行った。


「クリスティナ……」


 奇跡のような出来事より、自分を見詰める無垢で可愛い笑顔が胸に焼きついていた。



 ◇



 ――数年後。

 俺は寝たきりになっていた。


 用意される食事はより質素になり、食べると体調は悪化していく一方だった。

 けれど、空腹と喉の渇きには耐えられず口にしてしまう。


 聖女だという少女がやってきて、治療を試みたこともあったが効果は無かった。

 正直、聖女と聞いて、クリスティナが来ることを期待していたが別人だった。他の大人たちと同じような蔑む視線を俺に向けた。


 聖女を寄越したのは、国王の指示だったのかは分からない。

 むしろ状況は悪化し、期待は絶望に変わった。


 そんな中、唯一の友で俺の味方は、あの日助けた鷹だった。

 誰にも見つからないように、窓からやって来ては、木の実や果実を置いていく。それを口にした日は、心なしか身体が楽になった。


 そして、いよいよ外部と遮断された頃。弟の婚約者が処刑されるという噂が聞こえてきた。


 同情はしたが、シャテルロー公爵の令嬢に興味などなかった。いや、他人を気遣える余裕など皆無だったのだ。


 聖女も国も神殿も、全て滅んでしまえばいいとさえ思っていたのだから。

 


 ◇



 処刑が執行された頃、長時間目を開けていることさえ辛くなっていた。もう長くはないのだと自分でもわかる。


 ただ、使用人が開けておいた小窓だけは見ていたかった。


 母親が生きていた頃から仕えていた使用人たちが、あんな目で自分を見る前だったら、閉められてしまったであろう窓。

 雨風が入ろうが、今は開いていることさえ気付かないのだ。幸い大きな木のおかげで、被害は無かったが。


 ――コツコツ。


 音が聞こえ、窓を見る。

 鷹がやって来ると、それを気付かせようと音を鳴らすのだ。


 鷹は口ばしに咥えていた何かを、ベッドの上に落とす。もう何も食べられないが、鷹の好意は受け取りたかった。

 どうにか上半身を動かし、痺れる指先で拾う。目を凝らすとそれは指輪だった。


 これは……。


 俺の少ない記憶の中にある指輪は、あの女の子が握りしめていたものだけ。自然とそれが重なった。


 胸の前でギュッと握りしめると、急に涙が溢れてくる。「いたいのいたいの、とんでけ〜」と言われているような感じがしたのだ。


 ――刹那、指輪が熱を持つ。


 ハッとすると、静かな空間に声が響く。正確には、自分の頭の中に響いたのだ。


『真の聖女は殺され、違う世界に生まれ変わっている。

 聖女を連れ戻さなければ、この国は滅びる。

 汝、異世界へ行き我が愛し子を連れ戻すのだ』


 ベルトランにとってこの国の存続など、どうでもよかったが……。


 指輪の持ち主である真の聖女がクリスティナで、処刑された公女が彼女だと知った。

 あの女の子が殺されていたことに、全身が怒りで震える。


 だが、神らしき声が言うには彼女は生きているらしい。


 会いたい――ただ、それだけだった。



 ◇



 その想いが指輪への返事となったのか、眩しい光に包まれると見たこともない場所に立っていた。


『この者の体を使い、聖女を探すのだ』と、頭に直接呼びかける指輪。


 なんだか体が……軽い。


 宮殿でも外でもない様だ。

 装飾品が飾られていない、白い壁に白い床。自分自身も、軽く締め付けのない服に白くペラペラとした上着を羽織っている。

 口元を覆っている、変な形をした布のような物。これだけは、息苦しいので外しておいた。

 

 ――どこに彼女は居るんだ?


 見たこともない、服装の人間が行き来する。指輪の指示に従って、クリスティナの生まれかわりを探す。


『見つけたぞ! あの娘だ』


 黒髪で小柄な娘が腕に書類を抱え「まったく、冗談じゃないわよ」と悪態をついていた。


 その元気そうな後ろ姿が、どんくさそうに走って行った少女と重なる。似ても似つかないのに。

 つい、声をかけてしまった。


「何が冗談じゃないんだ?」


 驚いた娘は、手に持っていた物を落とし、苦しそうに倒れてしまった。



 ◇



 適当に空いていた部屋の、簡素なベッドに寝かせて様子を見ていた。

 元気そうだと思ったが、寝ている彼女は疲れているのか顔色も悪い。


『原因は、その顔だ』


 指輪から不機嫌そうな声が聞こえた。

 髪色や年齢は違うが、ベルトランとアヴェリーノはよく似ていた。魂だけの俺は、本来のあるべき姿になっているらしく、そっくりだったに違いない。


 アヴェリーノが、どれほどの苦痛をクリスティナに与えたのかと思うと、強烈な怒りがこみ上げてくる。

 自分の顔が似ていることさえ許せないほどに。


 しばらくすると、クリスティナの生まれかわりは目を覚ました。


 だが、警戒しているのか全力で抵抗してくるのがわかる。記憶も曖昧そうだった。

 見た目のせいで怯える娘。

 他人とろくに接して来なかった俺には、優しい言葉のかけ方などわからない。


 ――挙句、娘は指輪をいらないとまで言った。


 同時に『急がないと、戻れなくなるぞ!』と指輪が叫ぶ。

 向こうの世界の俺、ベルトラン本体が限界を迎えていたのだ。


 神託に背けば、国は……それよりも、聖女だった目の前の娘はどうなるのか。

 無理矢理連れて行きたくはなかったが、選択肢は無かった。


 ――指輪を娘に握らせると、またも光に包まれた。



 

 ◇

 



 今はコトネとなったクリスティナは、やはり本物の聖女で俺を浄化できた。


 記憶も多少は残っていそうだが、残念ながら俺については覚えていない様だ。

 それが悲しくて、つい口調に余裕が無くなってしまい、指輪から注意を受けた。


 コトネと話し、クリスティナとコトネ自身の意志も尊重したいと思った。

 欲を言えばいつか、俺との出会いを思い出してほしいが。


 とりあえずは、俺の体力の回復と味方を増やすことに時間を費やすことに決めた。

 そうすれば、今度こそ彼女を守れる。



 この国を滅ぼさないため……大義名分にはもってこいだった。




 

 

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