表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

2. 非現実的な状況

「おはようございます」

「おはよー。あ、花巻さん!」

「はい、何でしょうか?」

「今日から小児科に新しい先生が来るからね。準備よろしく」

「あ、はい」


 私を指導してくれる上司に返事をすると、まだ何か話したそうにソワソワしている。


「他に何かありますか?」

「てゆーかね、今度の先生ヤバいのよ」

「ヤバい……んですか? 厳しいとかですか?」

「いや、顔。イケメン過ぎる」

「は?」

「マスク外した姿を見ちゃったけど、あれはハーフだわ」

「はあ、そうなんですね」


 顔立ちの彫りが深いという事だろうかと、適当に相槌をうちその場を離れた。


「はっ!」


 男なんてコリゴリよ。

 元カレも夢の王子も、信じた人間を裏切れる、ただの浮気者だった。


「まったく、冗談じゃないわよ」


 必要書類を落とさないよう腕に抱えながら、扉をガラリと開こうとすると、背後から手が伸び開けてくれた。


「あ、すみません。ありがとうござ――」


 振り返った瞬間、ヒュッと息が止まる。


「何が冗談じゃないんだ?」


 見慣れた白衣を着ていた、見知らぬ青年。落とさないようにしていた書類が、腕から離れる。


 私は過呼吸になり、そのまま意識を失った。



 ◇



 目を覚ますと、明るめの蛍光灯が眩しくて顔を顰めた。


「やっと……気がついたか」


 聞き慣れない男性の安堵の声。


 どうやら私に向かって言っているらしい。

 そこで、自分が横たわっているのが、今日は使われない予定の診察室のベッドだと理解した。


「あっ! 申し訳ありません! 私また……」


 過呼吸で迷惑をかけてしまったと言おうとして、息を呑む。

 夢で見た王子がそこに座っていたのだ。さっきのは見間違いではなかった。


 ど……どうして彼が!? いや違う、似ているけど別人? 髪も黒だし……あっ、確かハーフらしい先生が来るって。


 混乱する頭を整理しようとするが、なかなか上手くいかない。椅子に座ってこちらを見ている人物が、上司に言われた新しい小児科医だと気付くのに少しかかった。


「覚えているようだな」


 淡々と話すイケメン。倒れる前の話かと思い「はい」と答えた。


「ならば話は早い。向こうの世界には君が必要だ」

「それはどう言う……なっ、向こうの世界?!」


 ゾクッと全身が粟立った。


 イケメン先生は立ち上がろうと――否、肉体から浮き上がったのだ。まるで幽体離脱のように。

椅子に残された白衣の人物は、まるで別人だった。


 まさか、これって憑依!? じゃあ、やっぱりあの王子……本人!?


 そして、うっすら透けた王子らしきイケメンは私に向かって手を差し出す。


「さあ、一緒に行こう」


 無理だ――!

 思わず手を引っ込める。


「……行くって、どこにですか?」


 もう嫌な予感しかない。

 断片的な夢に出てきた王子にそっくりな男。その上……あちらの世界ときたら、オタ脳は異世界という言葉しか浮かばない。


 冗談じゃないっ!


「私がはいと答えたのは、倒れたことを覚えているという意味です。あなたが……何を仰っているのか分かりません」


「嘘をつくな。この顔を覚えているのだろう?」


 ズイッと近付けられた顔に、またも呼吸が止まりそうになる。手も尋常じゃないほど震えてしまう。


「おっと、また倒れるなよ。俺はお前が知っている奴とは別人だ」と、私が覚えている前提で話してくる。


「……はい?」


 言っていることが滅茶苦茶だ。双子やそっくりさんでもあるまいし……と思って、マジマジと顔を眺めた。


 ――あれ?


 確かに、私を見下ろした王子に似ているが、雰囲気が違う。チラリと椅子で眠っている医者の姿を見て、もう一度イケメンに視線をもどした。


 憑依と関係なく、髪が黒い。


 イケメンは、自分の首にかかったネックレスのチェーンを引っ張りだすと、それに通された指輪を見せる。


「それは……」


 夢でも見た覚えのない映像が、自然と脳裏に浮かんだ。

 閉じ込められていた塔の格子窓から、堀に向かって、その指輪を――私は確かに投げた。


「お前の物だろう?」


 それにしても、さっきからこの男はお前お前と煩い。私にはちゃんと名前があるのに。

 そうだ、私はクリスティナ・シャテルロー……


 いやまて、無い無い! 私は純日本人、花巻琴音だ。

 慌てて浮かんだ名前を消し去るように、頭をブンブン振った。


「……何をしている?」


 本気で不思議がっている表情に、グッと言葉が詰まる。


 この指輪が自分の物であると……漠然とだが分かった。

 名前と同時に夢の出来事も鮮明になっていく。今の私には到底理解できない感情までも。断片的な記憶ではあるが、受け入れたくないものだった。


 ――だって、怖い。


「なんでもありません! それより、私はこの世界を離れるつもりはありませんから。指輪も……もしも私の物だったとしても、必要ないので差し上げます」


 今の生活が幸せとは言えないし、私が居なくなって悲しむ人なんていない。ハピエン確定の、異世界ファンタジーが待っているなら喜んで行くけれど。

あの夢の世界は……。


「それは無理な話だ。この指輪がお前を見つけたのだからな」


 一瞬表情を曇らせ、男は小さくため息を吐いた。

そのまま有無を言わさず、指輪を私に握らせる。焦りがあるのか、重ねられた大きな手は振り解かれないように、しっかりと私の手を包みこんでしまった。


 すると、手の中から漏れ出した閃光が部屋全体を覆う。


「――な、何!?」


 眩しさで目をギュッと瞑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ