1. 悪夢
残酷描写ありです。
苦手な方はご注意下さい。
――テレビで、前世の記憶を持って生まれた女性の特集をやっていた。
「そんな、バカな」
ダンボールが積まれたワンルーム。少しのびかけたカップ麺をすすりながら、画面に向かって呟いた。
その時は、まだ信じていなかった。
前世の記憶があるなど、根拠のない夢物語。
非現実的で、あり得ない。だから、所詮は視聴率稼ぎのヤラセだろう……そんな風に、真剣さを装ったタレントやコメンテーターを、冷めた目で見ていた。
あんな夢を見るまでは。
◆◆◆
「立ち止まるな」
低い男の声が響くと同時に、ドンッと背中を押された。
そのまま暗い通路から押し出されると、怒号のような憎しみに満ちた声が溢れ出す。
「悪女を殺せーーー!」
「聖女を害するそいつは魔女だーっ!」
――火炙りにしろ! 首を落とせ!
聖女を騙る悪女には神の制裁をーー!!
曇天とはいえ、久しぶりの外の明るさに慣れた目は、殺風景な広場の真ん中に置かれた断頭台を囲むように立つ、群衆を視界に入れた。
そして、その言葉が自分に向けられたこと知る。
竦む足はガクガクと震え出し、前に進むことを拒否する。
ど……どうして、私がこんな目に。
寒くて暗い牢の中で幾度となく思い返しても、私がしたらしい罪には覚えがなかった。
ただただ愛する王子の為に、隣に立つことだけを希望に頑張ってきたのに。
それが――。
豪奢なドレスから替わった、普通の平民すら着ない見窄らしい一枚布の服に、裸足の足は黒く汚い。
俯いたまま乾いた唇を噛むと、血の味がした。後ろで縛られた手の指先は、感覚を失っている。
「早く歩け」
――ドンッと、今度は棒のような物で背中を突かれた。
「あっ……!」
バランスを崩すと、足がもつれ前のめりにズサッと倒れた。
ざまあないとばかりに、群衆から蔑む笑いが飛び交う。
怒る間もなく髪を引かれ顔を上げると、台の上に並べられた、会いたかった筈の人達の顔を目の当たりにする。受けいれ難い惨状。
思わず、台から目を逸らす。
……お父様……お兄様………。
……ぅぐっ。
込み上げるものを堪えていると、無理矢理立たされた。
すると、私を見下ろす二人の姿に気が付いた。
かつて婚約者であった王子と、その横に並ぶのは――。
淡いブロンドの輝く髪を垂らした、聖女となった妹だった。二人の双眸は私に向き、楽しいことを待つ様な笑みを浮かべている。
――っ!!
ギッと睨むと、聖女はコテリと王子の肩にしなだれかかり、怯えた表情をする。王太子は冷ややかに口元を歪め、執行の合図を送った。
うつ伏せにさせられ、首の下に当てられた硬い木枠の感触。
その先にあったものは――……
◆◆◆
「―――嫌っ!」
ガバッと起き上がると、見慣れた布団の模様が視界に入る。
心臓はバクバクとし、全身は汗をぐっしょりかいていた。現実を確かめるように、震える手で自分の首を触る。
確かにくっついているし、痛みも無い。
そうして、漸くさっきの出来事が夢だと理解する。
ここまでの流れが過ぎると、やっと呼吸ができるようになった。
なんなのよ、毎日毎日こんな夢……。最近は読まないようにしていたのに。
異世界ファンタジーの読み過ぎで、夢にまで見るようになったのかと思い、本もアプリも開かないようにしていた。
けれど……その努力虚しく、初めて見た時より、日に日に鮮明になっていく夢。
今日は、血の味まで感じた……。バカね、そんなわけ無いじゃない。
ブンブンと頭を左右に振る。ベッドから出ると、そのまま浴室に向かった。
出勤までには時間がだいぶある。
熱めのシャワーを浴びると、やっと血が通ったかのように指先がじーんとする。さっぱりし、ドライヤーをかけながら鏡の中の自分を見た。
ブスだとは思わないが、可愛くも美人でもない。本当に、どこにでも居そうな普通の日本人女性だ。
やっぱり、あれは西洋ファンタジーよね?
ついつい考えてしまう。
金髪碧眼の王子に、白いドレス姿の聖女。
群衆や看守も目鼻立ちがハッキリし、日本人ではなかった。
あんなに鮮明に夢に出るなんて、なんの漫画だったのかな?
チラリと部屋の端に目をやった。
読む量が多過ぎて、たまに読んだ内容を忘れることがある。
引っ張り出してみたが、ダンボールに入っていた小説や漫画に、その内容はなかった。となると、スマホで流し読みした物語だろう。
手櫛で髪を整えて、肩下の黒髪を後ろで一つに結き、スプレーで固める。ふと首を見るが、やはり傷ひとつ無い。フッと安堵の息がもれる。
夢のことは忘れよう。それより、仕事をもっと覚えなきゃ。
転職したばかりの職場なので、茶色く染めた髪色を黒くもどし、清潔感と真面目さを強調した。服装も地味だが、病院へ行ってしまえば制服に着替えるからどうでもいい。
総合病院の医療事務。給料は安いけど、私のように急な転職でも仕事をしながら資格もとれる。
元カレと、その浮気相手が仲良くしているのを見せつけられる、前の会社より余程いい。
私は浮気を許せなかった。
いや、違うか。
許す、許さないより――嫌悪したのだ彼らを。
だから、逃げた。
幸か不幸か、私に両親や兄弟は居ない。
だから当然、実家なんてない。誰にも文句も言われないから、気は楽だった。
寂しさなんて……もう感じない。
「さて、行くか」
誰に言うわけでもないが、玄関で靴を履くと自分の切り替えために声を出した。
◇
「おはようございます」
「おはよー。あ、花巻さん!」
「何でしょうか?」
「今日から、小児科に新しい先生が来るから準備よろしくね」
「あ、はい」
私を指導してくれる上司に返事をすると、まだ何か話したそうにソワソワしている。
「他に何かありますか?」
「てゆーかね、今度の先生ヤバいのよ」
「ヤバい……んですか? 厳しいとかですか?」
「いや、顔。イケメン過ぎる」
「は?」
「マスク外した姿を見ちゃったけど、あれはハーフだわ」
「はあ、そうなんですね」
顔立ちの彫りが深いと言うことだろうかと、適当に相槌をうちその場を離れた。
はっ! 男なんてコリゴリよ。
元カレも夢の王子も、信じた人間を裏切れる、ただの浮気者だった。
「まったく、冗談じゃないわよ」
必要書類を落とさないよう腕に抱えながら、扉をガラリと開こうとすると、背後から手が伸び開けてくれた。
「あ、すみません。ありがとうござ――」
振り返った瞬間、息が止まる。
「何が冗談じゃないんだ?」
見慣れた白衣を着ていた、見知らぬ青年。落とさないようにしていた書類が、腕から離れる。
私は過呼吸になり、そのまま意識を失った。