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春分七 異世界でも役立たず?

 奥さんが古着屋さんに電話してくれたら、その日の午後にはもう古着一式が届いた。

 古着と聞いて、最初は新品じゃないんだと鈴木はがっかりしたが、ここではみんな服を大事にするので、むしろ古着を買うほうが普通のようだった。

 代金は護民官が立て替えてくれたが、異世界人保護法という制度があって生活費も給付されるので、そこから返してくれれば良いと言ってもらった。部屋を借りたら家賃補助もあるらしいし、どうにか暮らしていけそうな気がする。 

 早速、着物に着替えてみた。

 「おや、結構似合うじゃないか。これで街に出かけても大丈夫だよ。」

 奥さんは嬉しそうに鈴木に声をかけてくれた。

 届けてもらった着物は、桝花色に紺の細縞のような文様の入った木綿の着物で、帯は市紅茶地に白の博多献上、着物も帯も地味なようでいて洒落味があった。聞けば歌舞伎役者ゆかりの色だという。

 着物の縞に見える模様は「竜巻絞り」というらしい。

 届けに来た古着屋の主人曰く、「さる大店の若旦那が花見のために仕立てたもの」で、「数回しか着ていない新品同様の品」だという。

 奥さんも「あんたの寸法で、こんな上等なのがいきなり見つかるなんて、よっぽど運がいいねえ」と言ってくれた。

 どうやら掘り出し物の着物らしい。鈴木には着物の知識はないが、なかなか似合っているような気が自分でもした。

 直に肌に触れる襦袢や白橡色の半衿が新品なのは、古着屋さんの心遣いらしい。

 「ありがとうございます。何もかもお世話になって。」

 「いいってことさ。困ったときはお互い様だよ。」

 奥さんは笑ってくれた。本当にこの世界は人に優しい。

 だが、自分はこの世界で何が出来るんだろうと鈴木は考えずにいられなかった。

 この世界に来てしばらくたつが、チートスキルに目覚める気配はない。

 技術水準が遅れているなら知識チートができるんじゃないかと思ったが、この世界の文明は思ったよりも進んでいる。これでは自分は役に立てなさそうだ。もとの世界と同じように、この世界でも自分は必要とされていないんじゃないか。


 ともあれ着物を手に入れたので、鈴木は街に出掛けることにした。

 足には焼桐の下駄を履いた。

 裸足に木の感触が、思ったよりも気持ち良い。

 就活のときはスニーカーというわけにもいかず、毎日、革靴を履いていた。下駄を履くと、革靴に窮屈に押し込まれていた足が解放されて、指の先まで伸び伸びする感じだ。

 街に出てみると、たくさんの人が行き来している。

 屋台の蕎麦屋もあった。雪は降っていないけど、時代劇の「鬼〇」のエンディングの映像みたいだと鈴木は思った。スペイン音楽の短調なギターのメロディも思い出される。

 実際に目の前に、時代劇のセットのような世界があるのは不思議な気分だった。

 木の棒を担いだ行商たちの声も聞こえる。棒手振り(ぼてふり)と呼ばれる人たちだ。

鈴木のいた世界でも、昔はいろいろな物を棒手振りが売っていたらしいが、大手の流通チェーンが支配する今の日本では目にすることはない。

 「なないろとんーがらし」これは七色唐辛子の売り声。

 「いわーし来い」これはイワシ売り。

 棒手振りは、それぞれに決まった口上があるようだ。

 何だか面白くて見飽きないなあと眺めながら、鈴木の心は晴れなかった。

 自分は何のためにこの世界に来たのだろう。

 悩みながら歩いていると、視界が一瞬ブレて、違う景色が見えた気がした。

 色とりどりのものたちが周囲で動いたような。

 鈴木は慌てて周りを見渡したが、何も見えなかった。

 でも何だか温かい気配で、励ましてくれているみたいだった。


 この世界で何をしていくのか、そろそろ考えないといけないと思い、鈴木は夕食の後で護民官に相談した。

 「おっ、もう今後のことを考えてるのかい。君は偉いなあ。異世界から転移してきた人の中には、一か月くらいふさぎ込んでいる人もいたよ。」

 護民官は驚いた表情を浮かべた後で鈴木の肩をぽんと叩いた。

 「まあ仕事のことはおいおい考えてくれれば良いよ。異世界人には一年間は生活費が支給される。その間にやりたい仕事を見つければいいさ。何なら公費で職業訓練を受けることもできるよ。」

 最初は文明が遅れていると思ったが、社会制度もよく整備されている。現代の日本よりむしろ人に優しい社会だと鈴木は思った。

 何とか暮らしていけそうな気はする。それでも、特別なスキルは発現しないし、知識チートも難しそうだ。鈴木は飛行機やインターネットなど、この世界にない科学技術を知っているが、どうしたら作れるのかという実用的な知識は持っていない。

 お佳さんは鈴木とは違う世界から転移してきたようだが、獣人は身体能力がとても高い。護民官の指揮下の警護隊で働いていて、今は臨時雇いでも、すぐにも正規の隊員になれそうだと聞いた。

 自分はこの世界でも役立たずなんだろうかと、鈴木は思い悩んだ。



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