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春分四 精霊のいる世界

 「すると、この世界に転移した直後に、原谷さんに声をかけられたのかい。」

 小さな会議室で、何があったのか鈴木は護民官に話していた。会議室には木の机や椅子が置かれていたが、中には天鵞絨の貼られている物もあって、歴史ドラマに出てくる明治時代の家具みたいだった。

 「ええ、お店では地図を出して、この世界の地理を教えてくれたり、ごはんを食べさせてくれたり、親切にして頂きました。しかし、私を友人だと嘘をついたのには驚きました。」

 「そうだなあ、原谷さんはまっとうな商売もしているんだ。ただし、異世界人は特殊な知識や技能を持っていることもあるから、法律に反して勝手に囲い込んで、その知識や技能を独占しているという噂もあるんだよ。」

 護民官は少し困った様子で話した。

 「有力な政治家に強力な伝手もあって、自分の商売に有利なように政治を動かすこともあるから、世間では政商と呼ばれている。油断のできない人ではあるんだ。」

 それから護民官は異世界人の処遇について説明を始めた。この世界の法律では異世界人は保護の対象とされていて、市役所が住居を紹介してくれるうえに、一年間は生活費も給付してくれるとのことだった。

 ここでは異世界人が想像以上に手厚く保護されると知って、鈴木はほっとした。

 そして護民官は、今は西暦1890年だと教えてくれた。暦も同じなんだと鈴木はほっとしたが、どうやら明治時代にタイムスリップもしているらしかった。


 「さて、役所としての必要な話は終わったよ。お疲れ様だったね。ところで、君は見た目も僕らと同じ日本人だし、似たような世界から来たのかい?だけど服は違うようだね。」

 鈴木は、自分のいた世界では昔は着物を着ていたものの、今ではほとんどの人が洋服を着ていることを説明した。

 「ふうん、君のいた世界では、みんな洋服を着てるのかい。でも、そのネクタイは夏には暑くないかい。そいつは日本よりずっと寒い欧州の防寒具だと思うんだが。」

 護民官は首を捻った。

 「洋服も悪くはないが、着物は多くの職人が分業して手仕事でつくるから、職人たちの思いが籠ってる。それに手入れをすれば長持ちするしな。この着物は、実は父が着ていたものなんだ。着物は親から子に引き継げる。特に振袖なんかは滅多に着ないから、何代も受け継がれることもあるんだよ。」

渋い茶色の袴を指で引っ張りながら、護民官は鈴木にたずねた。

 「着物は、物を大切にする日本の文化の象徴だと考えられてるんだ。だから、欧州とも貿易はしてるが、洋服を着る人はあまり多くないんだよ。君の世界では、どうしてみんな着物を着なくなったんだい。」

 「それは、欧米列強に追いつくために西洋化が必要だと思ったからみたいです」

 鈴木は鎖国している間に欧米と技術格差が広がってしまっていたので、開国してからは欧米列強の科学技術を取り入れたこと、それにあわせて生活習慣でも洋服を着て牛肉を食べるなど西洋文明がブームとなったことを話した。

 「そうか、そんな世界もあるんだな。興味深いね。ここでは鎖国なんてなかったよ。

 だから欧米の文明に驚いて、急に日本の文化を捨てるなんてことは起きていないんだ。

 ただ、欧州で産業革命が起きたとき、それを取り入れようとする動きはあった。」

 どうやらこの世界は、江戸時代より前から、鈴木のいた世界と違う道を歩んだらしい。

 「でも、英吉利から蒸気機関が伝わってきたときに精霊たちが現れて、石炭を燃やすと自然を破壊するから、自然と共生してきた日本の取るべき道じゃないって説いたんだ。

 いや、あのときは突然精霊たちが現れたので、大騒ぎだったよ。僕はまだ子どもだったから、詳しくは覚えてないけどね。」

 鈴木は目を丸くした。この世界には精霊がいるのか。

 「精霊には火や水、風や木なんかの属性があるんだが、蒸気機関を使わない代わりに水力発電や風力発電のために力を貸してくれることになってね。だから、日本では石炭を燃やす内燃機関は普及してないんだよ。」

 「はあ、そうですか。僕の世界では石炭の次に石油や天然ガスを燃やしまくって、地球が温暖化したって騒ぎになってます。ここでは自然の力を借りて持続可能なエネルギーを使ってるんですね。」

 鈴木は感心した。

 「正直に言いますと、僕のいた世界よりも文明は進んでいないと思ってたんですが、この世界の方が進んでいるところがあるみたいです。ところで、精霊はどこにいるんですか。会えるなら、ぜひ会ってみたいです。」

 勢い込む鈴木に護民官は苦笑した。

 「いやいや、精霊が自らの意思で姿を見せようとするときは別なんだが、残念ながら普通の人間に精霊は見えないんだ。精霊師と呼ばれる特殊な能力を持つ人には見えるようだけどね。」

 「そうですか、残念です。」

 鈴木は肩を落とした。

 

 その頃、桜並木で聞こえた声の主は憤慨していた。

 「ちょっと、どうして神社に入らないで市役所なんかに行ってるのよ。そのまま素通りしちゃうなんて想定外もいいところよ。」

 しかし、その声は鈴木には届かない。

 「どうすればいいのよ。これじゃあ、この世界に来てもらった意味がないじゃない。」

 鈴木がこの世界に来た意味を知るのは、もう少し先のことになりそうだった。 


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