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小暑三 博多山笠と青葉の悩み

 「山笠があるけん、博多たい。」

 「どうしたの、急に下手な博多弁を喋ろうとして。」

 承の助はもとの世界で聞き覚えのあるフレーズを口にしたが、お佳さんは塩対応だった。

 「いや、もとの世界でよく聞いてた台詞なんだよ。この世界でも山笠で博多が盛り上がっているんだと思うと、つい嬉しくなっちゃって。」

 「ふーん、そうなんだ。」

 博多の町は祭り一色になっている。近所の通りや店にも、締め込み姿のおじさんたちが出現するように。

 締め込みというのは、要するに褌だ。褌のおじさんたちが町を歩いていると、一瞬ぎょっとする人も多いが、博多では、祭りの間は締め込みは正装だ。一流ホテルのロビーにいても注意されないし、披露宴に出ることすら問題ない。

 博多山笠の起源には諸説あるが、1241年に聖一国師が疫病のなくなることを願い、施餓鬼棚に乗って祈祷水(甘露水)をまいたのが起源だという説が有力だ。お坊さんが始めたことになるが、当時は神仏の信仰が混ざり合っていたので、災厄除去の祇園信仰と結びつき、山笠神事として発展したと言われている。このあたりは、もとの世界でもこの世界でも同じようだ。

 日本は欧州やアラブと違い、一神教ではなく多神教が発達した土地だ。神様と仏様を一緒に信仰してしまうおおらかさは、不真面目だという指摘もあるかもしれないが、もとの世界のキリスト教徒とイスラム教徒が対立する国際情勢を考えると、むしろ良いことなんじゃないかと承の助は思っていた。

 7月15日は、この世界でも追い山が行われる日だった。

 追い山とは、大きく重い山笠を七つのながれの男たちがいて、櫛田神社から旧博多部に設定された約5kmの追い山笠コースを須崎町の廻り止めまで競争するというものだ。

 櫛田神社に山笠を舁き入れてから境内を出るまでを「櫛田入り」と呼び、5㎞のコースと同じようにタイムが計測される。

 櫛田入りでは、最初に神社に入る一番山笠だけが博多祝い唄(祝いめでた)の一番を唄う。承の助は、もとの世界にいる頃から、この唄が好きだった。

 追い山は早朝に行われる。

 承の助は早起きして沿道に陣取った。

 塩対応だったお佳さんも、せっかくだからと言って、付き合ってくれていた。


 道の向こうから、法被に締め込みの男たちがオイサ、オイサと声をかけながら、山笠を舁いて走ってくる。 

 その様子はもとの世界と同じで、承の助は嬉しかった。


 山笠の余韻が冷めやらぬ中、季節は夏に向かっていた。

 町ゆく人たちの頬は暑さに紅潮しているが、青葉は青い顔で歩いていた。

 青葉も師匠から、有力な政治家が話を聞いて動いてくれていると聞かされたので、安心していた。

 しかし、再び悪い予知夢を見たのだった。

 予知夢の中では、今度は鉄で覆われた車の部隊が博多の町を襲っていた。

 この予知夢をどう受け止めて良いのか、青葉は混乱していた。

 「どういうこと。このまちの危機は去ったはずなのに。」

 強い夏の日差しを受けても、体が冷たいような感覚を青葉は覚えた。

 色の濃い日陰に何かが潜んでいるような気もしてしまう。


 悩んだ青葉は、同じ転移者、同じ獣人の女性であるお佳さんに相談することにした。

 青葉から相談があると言われたお佳さんは、人に聞かれにくい場所として千代松原ちよのまつばらを選んだ。

 千代木は良い店だから深刻そうな話ならそっとしておいてもらえるが、いかんせん狭いので話が聞こえてしまうし、お佳さんや青葉の暮らす長屋も防音が良いとは言えない。

 千代松原は、石堂橋から筥崎宮はこざきぐうにかけて、浜辺に沿って黒松が並んでいる松林だ。鈴木のいた現代の日本では、残念ながら松は切り倒されたり、枯れてしまっていて往時の面影はない。

 しかし、この世界では、まさに白砂清松という感じの美しい風景になっている。

 千代松原をゆっくりと歩きながら、青葉とお佳さんは話をした。

 「お佳ちゃん、忙しいのにごめん。」

 「青ちゃんから相談があれば、他の用事より優先する。私たちは同じ境遇だから。」

 「ありがとう。」

 「それで、何があったの。」

 「うん、実はね。また悪い予知夢を見たんだ。鉄で覆われた車がたくさん博多のまちを襲って、銃声と悲鳴が聞こえた。」

 「そうだったんだ。」

 「うん。万吉君が掴んだ情報は護民官が知り合いの政治家に伝えて、もう大丈夫って聞いたばかりなのに。

 せっかく安心しているみんなを心配させるのも嫌だし、今回の夢は短いから不十分な情報だと思う。でも私の予知夢はそうそう外れないんだ。」

 「そう。それは悩むのも無理はない。」

 お佳さんは立ち止まり、腕を組んで考え込んだ。

 汐風が二人を包む。

 しばらくしてお佳さんが口を開いた。

 「もっとはっきりした予知夢を見たらみんなに話すことにして、今はまだ話さないようほうが良いかもしれない。

 たとえば万吉に知らせたら、調べようとして危ないことをするかもしれないから話せないし、師匠と護民官には心配ばかりさせてるから、はっきりしない不安を持たせたくない。

 ただ、承の助は科学の進んだ世界から来てるから、鉄で覆われた車のことを知ってるかもしれない。話してみたらどうかな。」

 「うん、それはいい考えだと思う。」




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