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小暑一 原谷の店で情報収集

 梅雨が空け、本格的な夏が来る。

 七夕のお祭りが行われ、子どもたちには夏休みが近づく。

 小暑の季節になった。

 

 山平と原谷の陰謀について、護民官と師匠は承の助とお佳さんには話さなかった。

 精霊の力を借りなければどうしようもなくなったら話すとしても、まだ若い二人をできるだけ巻き込みたくないと思ったからだ。

 だが万吉が猫の情報網で知ったことは、お佳さんを経由して承の助の知るところとなった。

 承の助とお佳さんは、守恒夫妻が自分たちを巻き込まないようにしてくれているのだろうと思いつつ、何かできることはないかと考えた。

 謙虚な承の助だが、自分の力が普通ではないことを理解しつつあった。

この世界に転移してきたのは、その力で何かをするためではないかと、最近は漠然と考えるようになっていた。


 庭師の仕事が終わった後、承の助とお佳さんは千代木でお茶を飲んでいた。

 最近はこうして二人で仕事の後にお茶をすることも増えていて、承の助はそのことが嬉しかった。

 しばらく庭木や天気の話をした後で、承の助は切り出した。

 「お佳さん、僕は原谷さんのお店に行ってみようと思うんだ。」

 「危なくないの?」

 「きっと大丈夫だよ。僕らは普通の人とは違う力を精霊からもらった。何かあっても逃げることくらいできると思う。もしかすると南天さんに聞けば、情報も教えてもらえるかもしれないけど、精霊は人間の世界に干渉しないのが原則だし。それに何でも精霊に頼ってもいけない気がする。」

 「それはそうかもしれないけど。」

 お佳さんは俯いて少し考えた。

 「それじゃ、あたしが付いていくよ。もし継の助に何かあったら、店に踏み込むよ。」

 ちょうど翌日の仕事は午前中だけの予定だったので、お昼を食べた後に二人で原谷の店に行くことになった。


 原谷の店は新市街にあり、承の助やお佳さんの暮らす旧市街から歩いて行くと少し遠かった。そこで、承の助とお佳さんは汽車で新市街まで移動した。

 江戸時代のような棒手振りと近代的な汽車が同居しているのは不思議な感じがするが、この時代にも慣れてきたせいか、そんなものかなと承の助も思うようになっていた。

 原谷の店は新市街地の中心にある。この世界のことをだいぶ知った今では、ここが地価の高い一等地だと承の助にも分かる。

 「それじゃ、行ってくるね」とお桂さんに言って、一人で店の前まで歩いて行った。

ふうっと息を一つ吸い込んでから、承の助は店の扉をノックした。

 「何かご用でしょうか。」

 店員さんが出てきた。

 「鈴木と申します。以前、異世界から転移したばかりにときに店主の原谷さんにお世話になった者です。今日は近くまで来たものですから、立ち寄らせて頂きました。」

 「そうですか、異世界からの転移者の方ですか。」

 最初は怪訝そうだった店員さんの態度があからさまに変わった。

 「きっと店主も喜びます。さあ、どうぞ中へ。」

 承の助が扉の中へ招き入れられたのを見ると、お佳さんは店内の気配に集中した。

 同じ通りにはショーウインドーで新作の着物や簪を展示する店がいくつかあったので、それらを見る振りをしながら、様子をうかがうことにした。


 「お久しぶりです。鈴木さん、よく訪ねてきてくれました。」

 喜色満面の原谷に、承の助は驚いた。大商人が一介の転移者の来訪をこんなに喜ぶのは、少し不自然に思える。

 「その後、いかがお過ごしでしたか?」

 「はい、私は植物が好きですので、庭師に弟子入りして、見習いをしています。」

 「そうですか、庭師ですか。」

 ひとしきり世間話をした後で、原谷は本題に入ってきた。

 「ところで、鈴木さんのいた世界はこの世界よりも文明は進んでいる印象でした。参考までに少し話を伺ってもよろしいでしょうか。」

 「私は学生で専門家ではありませんので、詳しいことは分かりませんが、一般的なことで良ければ。」

 「いやいや、それでも私には貴重なお話です。」

 原谷はいろいろと質問してきた。内燃機関を利用した乗り物のこと以外では、外食などのフランチャイズチェーンの話に興味を持ったようだった。

「大変興味深いお話です。そうだ、ここは人の出入りもありますので、ゆっくり話せる部屋に行きましょう。」

 原谷に招かれて店の奥の個室に入ると、そこは天鵞絨ビロードの張られた豪華な大きな長椅子とローテーブルが置かれた洋室だった。

 部屋に入るときに店員に何か小声で指示してから、承の助に長椅子に座るよう勧めると、原谷は棚から高そうな洋酒の瓶を出してきた。

 「まだ日は高いですが、欧州では昼間の会議の間にも酒を嗜むそうです。少しいかがですか。」

 承の助は迷ったが、情報を得ようとするのだから、しばらく原谷に合わせようと思った。

 「私たちの再会に乾杯。」

 しばらくして部屋の扉が開くと、露出度の高い服を着た二人の綺麗なお姉さんが入ってきて、承の助の両側に座った。

 驚く承の助に、笑いながら原谷は言った。

 「はは、驚かれましたか。私は知識には正当な対価が払われるべきだと思っています。もし貴方さえその気になってくれたら、私たちの拠点にお招きします。あなたの世界の知識を教えて頂ければ、美女も美酒もあなたの望みどおりですが、いががですか。」

 「大変魅力的な申し出ですね。でも、私はこの世界で普通に暮らすことを楽しんでいます。そろそろ仕事の約束の時間になります。今日はご歓待頂き、ありがとうございました。」

 原谷は残念そうな顔を浮かべたが、

 「そうですか。それは残念です。ですが、気が向いたら、いつでもお越しください。」

 「ありがとうございます。」

 承の助は礼を言って、店から出た。

 隣のブロックまで歩くと、すぐにお佳さんが近くに来てくれた。

 「大丈夫だったかい。ん?何だい、この白粉の匂いは。」

 お佳さんの嗅覚はさすがに鋭かった。

 承の助は旧市街への帰り道で、店の中であったことをお佳さんに話した。

 「確かに大商人がわざわざ出てくるのは不自然だし、異世界人を囲い込んで、進んだ技術を悪用しようとしているんだろうね。」

 承の助とお佳さんは、やはり原谷は疑わしいという思いを深めた。

 「ところで、美女に挟まれて、いい思いができて良かったね。」

 お佳さんはなぜか少し不機嫌そうだった。



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