夏至四 情報収集
ちんとんしゃん。
師匠の家の客間を兼ねた稽古場からは、今日も三味線の稽古の音が響く。
「はい、今日のお稽古はこれまでだよ。お疲れさん。」
「ありがとうございました。」
お弟子さんたちが帰り支度を始める。
「ああ、きぬ葉ちゃん。ちょっといいかねえ。」
「はい、何でしょう。師匠。」
師匠はきぬ葉を呼び止めると、襖を開けて隣の食堂に入った。
襖を閉めて座布団をきぬ葉に勧めると、師匠は話を切り出した。
「忙しいのに済まないねえ。実は前にあんたが怖がってた山平州首相と政商の原谷の件だけどねえ。二人がどうも良からぬ相談をしていたというのを家の者が聞いてきてね。もしかして、何か芸者衆の間で噂になってないかと思ってね。」
「そうでしたか。その節は話を聞いて頂いてありがとうございます。実は、あの後でまた二人の宴席があって、先輩の芸妓と後輩の舞妓が呼ばれたんですが、舞妓は凄く怯えて帰ってきたんです。」
「おや、そうかい。やはり尋常な雰囲気じゃないようだね。」
「ええ、先輩は客あしらいの上手い人なので舞妓みたいに怯えてはいませんでしたけど、異様な雰囲気に疲れたと言っていました。うちからはもう芸妓も舞妓も行かせないって女将さんは怒っています。」
きぬ葉は綺麗な顔を歪めた。
「それで、舞妓が言うには、博多の町の南の郊外に何か秘密の場所があると話していたそうです。」
「ほう、南の郊外にね。」
「はい、大野城のあたりみたいです。二人でこそこそ話していたときに、お酌に行ったら、怖い顔をされたと言ってました。」
「貴重な情報をありがとう。本当は宴席の話はしちゃいけないのにね。もちろん情報の出所は漏らさないよう気を付けるよ。後は他の人に頼んで調べてもらうからね。あんたはこの件にこれ以上関わらない方が良い。」
「はい、分かりました。」
その頃、万吉は博多の町を駆け、山平州首相と政商の原谷を見た猫はいないか、尋ねて回っていた。
「山平とかいう政治屋か、原谷という商人を見かけなかったかニャ。」
「見なかったニャ。」
「このあたりにはいないのかもニャ。もし見かけたら教えてほしいニャ。」
そうして何匹もの猫に当たってから、貴重な情報をくれた料亭の猫に会った。
「その節はお世話になったニャ。」
「別に。あたしはどうだっていいんだけど。猫同士の誼で話しただけさ。」
料亭の猫はニヒルな姐さんだった。猫又ほどではないが、長く生きている猫だ。
「その後、山平とか原谷は見かけなかったかニャ。」
「ああ、もう一度飲みに来たねえ。」
「何かまた怪しげなことを話さなかったかニャ。」
「あんた、あんまり怪しげな人間に関わっていると危ないよ。」
「ご忠告は感謝するニャ。ただ、僕は一度人間に攫われたけど、別の人間に助けてもらったニャ。助けてくれた人たちは悪い奴らの企みを何とか潰そうとしているから、手伝いたいのニャ。」
「そうかい。まあお前さんの好きにするさ。猫はみな、それぞれの考えで動くものだからねえ。
それで、山平と原谷とやらは、石油で動く車を戦争のために開発したとか言ってたよ。
何でも異世界人の知識に基づくんだそうだ。あたしは人間の社会には興味はないけど、自然を汚す兵器をこっそりつくる者が州首相とやらじゃ、いいことにはならないと思うねえ。」
「貴重な情報を頂き、感謝するニャ。思ってたより事態は深刻みたいニャ。」
万吉は礼を言うと、短い足を一杯に伸ばし、師匠の家に向かって駆けだした。
その日の夜、夕食の後に師匠と護民官は深刻な顔で話し合っていた。
「お前さん、これは本当に厄介な話だよ。」
「そうだな。万吉の掴んだ情報は、この国全体を揺るがしかねない。州首相は政商と組んで内燃機関を導入したがっていることは聞いてたが、まさか異世界の知識で兵器を開発しているとはな。精霊たちの怒りも買いそうだよ。この国は精霊の恩恵で成り立っているというのに。」
「本当だね。きぬちゃんの話である程度裏もとれたしね。万吉の話とあわせて考えると、どうやら山平と原谷は大野城あたりに秘密工場を作り、そこで兵器の研究をしてるようだね。」
「ああ、放ってはおけない。俺は市役所の現場で働く役人にすぎないんだが。できることはしないといけないだろう。明日、釜島さんにアポイントを取ってみるよ。」
「うん、それが良いと思うよ。釜島さんなら真剣に話を聞いてくれるだろうさ。しかし、現場で働く役人ねえ。お前さんがそういう生き方を望んでるのは知ってるけど、なかなか思うようにいかないのが世の中かもしれないねえ。」




