夏至二 万吉の掴んだ情報
「これは重要な情報だ。」
翌朝、高級料亭に住まう猫から密談のことを聞いた万吉は色めきたった。
短い足を一杯に伸ばして、朝の博多のまちを駆ける。
師匠の家まで走ってきた万吉は、猫の姿のまま玄関から入った。
「あっねこしゃんだ。」
廊下で捕まえようとするめいちゃんをかわし、護民官を探した。
「あしょんでよー。」
頬っぺたを膨らませるめいちゃんに「ごめんね、また今度にゃ」と律儀に応え、台所の奥の階段を上り、二階の書斎に入ると、ちょうど出勤の支度をしていた護民官がいた。
「どうしたんだい、万吉君。そんなに急いで。」
「護民官、大変です。このまちで良からぬ陰謀が動いています。」
「おやおや、それは穏やかじゃないねえ。少し詳しく聞こうか。」
万吉は、山平と原谷の密談について話した。
「何と、秘密軍事工場ときたか。それに異世界人から軍事技術を勝手に聞き出すとは。確かにきな臭いね。」
「どうです。僕もお役に立てるにゃ。壁に耳あり、障子に目ありと言いますが、襖に猫ありにゃ。」
万吉は小さな体を反らして胸を張った。
「確かに凄い情報だよ。しかし困ったなあ。僕の職責を超える話だし、猫が情報源だと大っぴらに言うこともできないし。どうしたもんだろう。
それにしても、秘密工場とか、異世界人から情報を聞き出すとか、もう少し具体的な情報があると助かるんだが。」
半ば独り言のような護民官の言葉に万吉は反応した。
「分かったにゃ。猫は博多じゅうにいるから、もっと情報は入るはずにゃ。」
「え、万吉君が情報を集めてくれるのかい。それは有難いよ。でもね、くれぐれも危ない真似はしないでほしいんだ。
前に君が誘拐されたとき、お佳ちゃんは見ていられないくらいひどく心配したんだ。もうあんな心配はかけちゃいけないよ。」
「了解ですにゃ。お佳姉さんを心配させるのは僕もいやですにゃ。自分で情報を取りに行かず、町の猫たちから情報を集めるだけにするにゃ。」
「約束だよ。それから、この話は内密にしてもらえるかな。周囲の人を巻き込んではいけないから。」
「分かったにゃ。」
勇んでまちに出ていく万吉の後ろ姿を見送り、護民官は憂い顔で出勤していった。
その日の夜、護民官は師匠に万吉から聞いた話をした。
「おやまあ、あの子がそんな情報を持ってくるとはねえ。」
「ああ、まだ子どもだと思ってたんだが、猫の情報網とは恐れ入ったよ。役に立ってくれるのは確かだけど、お佳を心配させないよう、危ない真似はしないでくれと言ったんだが、心配だな。」
「私からも、危ないことはしないように釘を差しとこうかねえ。」
師匠も万吉の活躍に感心しながらも心配していた。社会の役に立って名声を得るよりも親しい人の安全を第一に考えることは、一見似ていないこの夫婦の共通点だった。
「それで、猫の情報なんてものを誰に知らせるんだい。普通のお役人じゃ、まともに取り上げてはくれないだろう。」
「うん、もう少し状況が分かったら、釜島さんに直接話そうかと思ってる。」
「ああ、あの人なら話を聞いてくれるだろうね。それにしても猫の情報だけだと動きにくいだろうし、稽古に来る芸者衆にも聞いてみるよ。」
「ありがとう。僕の方でも役所や警察に、原谷の周辺で怪しい動きがないか聞いてみるよ。」
当面の対処方針が決まり、護民官はふうっと息を吐いた。
縁側から見上げる月は以前と変わらない。
しかし、どうもこの国を揺るがすような、よくないことが起きそうだった。
「それにしても、承の助やお佳ちゃんが来てから、このまちも騒がしくなったなあ。」
「そうね。でも、あの子たちのせいじゃないよ。むしろ、何か良からぬことが起きるから、誰かがあの子たちをこの世界に呼んだんじゃないかねえ。」
「ごめんごめん、確かに失言だね。あの子たちはみんな心映えの良い子たちだ。面倒ごとに巻き込まれたら、僕らができるだけ守ってやらないとね。」
「それが大人の役割ってもんだね。まあ、どうしてあの子たちが集まったのがうちなんだいとは思うけどさ。」
「いやいや、悪いけど貴方たちの家以上に良い場所は思いつかないわ。」
世界の織り手は、守恒夫婦の会話に思わず突っ込みを入れたくなった。
異世界から来た者が身を寄せる場所としては、護民官と師匠の家は理想的といえた。
「状況のよく見える人でも、自分のことは見えないものね。」
ところで、なぜ守恒夫妻の会話を聞くことができるかといえば、この世界のシステム管理者のような存在である織り手は、どこで誰が何を話しているか、把握することができるからだった。
しかし、世界の織り手は直接干渉することはできない。承の助の覚醒を促したのは、例外中の例外といってよかった。
織り手は人にはできない多くのことができる一方、人のように動くことはできない部分もあった。
「これから、この国の未来を変えてしまいかねないことが起きる。承の助もお佳ちゃんも巻き込んでしまってごめんね。でも私には他に良い方法が思いつかなかった。」




