夏至一 密談
一年で昼が最も長い夏至の季節になった。梅雨のただなかで、雨の多い季節でもある。
菖蒲が咲き、半夏生の葉は白く変化していく。
やがて本格的に暑い季節となる。
梅雨の雨が降り続く中、政治家や財界人がよく使う博多の高級料亭の奥座敷で、二人の男が密談をしていた。
「まったく、我が国だけ内燃機関を使わないのでは、産業革命に乗り遅れてしまいます。精霊に頼ってばかりでは、貧しい農業国になり下がってしまいます。」
「分かっている。欧米の列強が覇権を争う時代に、古式ゆかしい精霊信仰ではいかん。石炭を燃やして動く汽車や車を導入し、経済力を高める必要がある。いや、石炭だけではない。ドイツではダイムラーとかいう輩が石油を使った内燃機関の試作に成功したようだ。」
この世界でも、イギリスから始まった産業革命の波は世界に広がりつつあった。石炭を燃やす内燃機関を持つ機関車や自動車が実用化され、さらにドイツではガソリンエンジンの開発も始まっていた。
しかし、日本は精霊の働きかけに応じて自然と共生することを国是とし、多くの煤と二酸化炭素を出し、環境に負荷のかかる石炭による内燃機関の利用は禁止していた。
「欧州では軍用列車や軍用車も開発されつつある。このままでは欧米の列強が植民地を増やしていくのを指をくわえて見ていることになる。我が国も植民地を保有し、国力を増強せねばならん。愚かな精霊主義者どもはそれが分かっておらん。」
「まったくです。植民地を得て鉄や石炭などの資源を確保し、ゴムなどのプランテーション農場をつくり、経済力を付ける必要があります。そのためには我が国も軍備の増強は必要です。」
「そうなんだよ、君。愚かな国民にそれを教えてやらねばならん。」
「閣下のおっしゃるとおりです。私どもも出来る限り協力させて頂きます。」
密談しているのは政治家とその取り巻きのようだった。自然との共生という伝統を重んじ、精霊と共に生きようとする人たちを精霊主義者と呼んで批判する彼らは、反精霊主義者と呼ばれていた。
精霊の力を借り、自然と共生する生活はこの国に根付いていたが、欧米列強が急速に新しい技術を活用して発展する流れに乗り遅れてはいけないという考え方にも説得力があり、反精霊主義は次第に賛同者を増やしていた。
「ところで、芸者はまだかね。」
「もうじき来るはずです。」
「そういえば、この間の芸者は美人だったな。あれはまた呼べないのかね。」
「きぬ葉ですか。博多一とも言われる名妓ですから、人気があります。今回はすみませんが予約が一杯でして。」
「私は九州政府の首相だぞ。他の予約など断って、私の席に侍るべきじゃないか。」
密談している政治家は、きぬ葉が不安を感じたと師匠に打ち明けた、九州政府の首相である山平だった。
「山平先生。人気芸者を無理やり呼びつけたことが知られれば、先生の評判に傷がついてしまいかねません。」
「はは、冗談だよ。分かっておるよ。今は選挙に向けての人気取りが必要だからな。」
「お分かり頂き、ありがとうございます。いずれ先生が大統領になり、軍を強化して権力を握れば、大衆の人気など気にせずに済むようになります。」
「これこれ、原谷君。滅多なことを言うもんじゃないぞ。大事を成すには一つずつ慎重にいかねばな。」
「これは失礼いたしました。」
密談の相手は政商の原谷だった。
この世界の日本では、州政府の権限も大きく、分権的な政治体制となっていた。各州には議会があって州法が定められ、州政府には首相も閣僚もいる。外交と軍事は直接選挙で選ばれる日本国大統領の権限であるが、内政は地方政府が担い、権力の分散が図られていた。さらに各州には治安維持や災害救援を担う州軍も置かれていた。
野心家の山平首相は大統領選挙に勝つことを目指すだけではなく、軍事力を強化して海外に植民地を得て、その功績によって独裁的な権力を握ろうとしていた。
山平と原谷は一番奥まった個室を借り、女将に頼んで人が近づかないようにしていた。
政治家の密談の場にふさわしい、誰にも聞かれない密室を提供することはこの料亭のサービスの一つともいえる。
雨音も強く、盗聴はないと安心している二人は、踏み込んだ話をしていた。
「原谷君、私はあくまでも民主的プロセスを経てこの国を動かしていくつもりだが、頑迷な連中が理解しない場合、実行力を持つことも重要だと考えている。例の件は順調かね。」
「それは抜かりなく。量産の目途は立ったと工場から報告を受けております。転移者から聞き出した技術が役に立っているようで。」
「ああ、よろしく頼むよ。君の会社への補助金の増額は任せておいてくれ。獣人狩りには失敗したんだろう。」
歪んだ笑みを浮かべる山平に、原谷は恐縮してみせた。
「よくご存知で。獣人は高く売れるんですが、何しろ法に触れる危険な橋ですから。うちと直接関係のないゴロツキどもを唆して拉致させ、人を介して買い取ってるんです。だがどうやら今回はしくじったようで。」
そのとき、二人が密談をする個室の襖の向こう側の廊下に一匹の猫が寝そべっていた。
「ああ、よくある政治屋と権力にむらがる政商の密談とね。ばってん剣呑な言葉がいくつか出たとよ。万吉さんが知りたがるじゃろうけん、教えるとするかね。」
猫はのっそりと起き上がり、音もたてず歩み去った。




