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芒種四 不穏な動き

 次の日、承の助は三味線の稽古のために師匠の家を訪ねた。

 稽古の後で、水の精霊の蛟に出会い、水の精霊術を教えてもらえることになったと師匠に話した。

 既に南天から力を借りているので、承の助は、ちょっとした報告のつもりだった。

 しかし、師匠は珍しく動転した。

 「何だって。あんたは木の精霊の南天殿から木の精霊術を教わってるのに、名のある水の精霊から水の精霊術を教えてもらうだって。精霊師は一つの属性の精霊としか交流できないんだよ。二つの属性の精霊術を使う精霊師なんて聞いたことないし、それに名のある精霊がお二人も力を貸してくれるとかって、一体どうなってるんだい。」

 師匠の目は据わっていた。

 ちょうど夕食の準備を手伝いに来ていたお佳さんも師匠に睨まれた。

 「お佳ちゃんも名のある土の精霊に鍛えてもらってたね。あのねえ、あんたたち。名のある精霊ってのは、そんなにぽんぽん湧いて出るもんじゃないんだよ。」

 そう言われても、出会ってしまったものは仕方ないと思いつつ、どうやって師匠に落ち着いてもらおうかと承の助が困っていると、

 「はは、貴女が驚かれるのも無理はありませんな。」

 蛟が実体化して、師匠に話しかけた。

 突然目の前で精霊が実体化したことに師匠は呆気にとられた。承の助も驚いたが、名のある精霊は人の前に姿を現わすことがあることを思い出した。

 「お初にお目にかかります。私は水の精霊の蛟と申すもの。それなりに長く生きておりますが、名のある精霊が三柱も集まる場所というのは経験がありませんな。確かに異常な事態です。どうやら何か大きな動きが近いうちにあるようです。そのために我らは集まるべくして集まっている、そんな感じがするのですよ。」

 老紳士の姿の蛟が穏やかに話すことで、師匠は落ち着いたようだった。

 「蛟さんとおっしゃいましたか。これはどうも、お見苦しい所をお目にかけました。しかし、何か大きな動きですか。それはそれで心配です。どんなことが起きるのか、蛟さんはお分かりでしょうか。」

「いや、私にもまだ詳しいことは。ただ、どうも人界に不穏な空気が満ちつつあると、森の奥の古池でも感じていたのですよ。人の世のことは、むしろ貴女のほうがご存知なのではないですかな。」

「そう言えば」と、師匠は少し前に芸妓のきぬ葉から聞いたことを思い出した。


 師匠の弟子には博多の芸妓もいる。甘味処の常連でもあるきぬ葉もその一人だ。

 芸妓として人気が出てからも毎週稽古に通う真面目な性格でもあり、周囲の評判も良い。将来を嘱望されている芸妓であるといってよかった。

 ところが、ある日の稽古では、きぬ葉は心ここにあらずという様子だった。

 「どうしたんだい、きぬちゃん。今日は調子が出ないようだね。」

 いつになく集中できない様子のきぬ葉を師匠は気遣った。

 「すみません、師匠。つい昨日の宴席のことを考えてしまって。」

 「真面目なあんたが集中できないのは珍しいね。少し休憩にしてお茶にでもしようかね。」

 師匠は稽古場の隣の食堂を抜け、台所に行くと薪に火を付け、お湯を沸かし始めた。

そして、隣接している「千代木」の調理場に顔を出すと、おイネさんに呼びかけた。

 「おイネさん、何か甘いものを2つもらえるかい。」

 「おや師匠。最中で良かったらあるとよ。」

 「それじゃ最中を2つもらうよ。」

 おイネから最中を受け取ると、師匠は沸いたお湯でほうじ茶を淹れた。

 お茶を最中と一緒にお盆に載せて師匠が稽古場に戻ると、

 「師匠、すみません。まあ、その最中はおイネさんの作ったお菓子ですか。嬉しい。私、大好きなんです。」

 きぬ葉は済まなさそうな顔をしたが、お菓子を見ると表情が和らいだ。

 お茶を飲み、最中を頂きながら、きぬ葉は前日の宴席の様子を師匠に話した。

 「州政府の山平首相をもてなすために大商人の原谷氏が催した宴席でした。政治家や商人の宴席は何度か経験があるんですけど。二人とも、私や他の妓のことも物を見るような目で見たんです。それに、ときどき二人で浮かべる暗い笑みが何だか怖くて。」

 「商人の原谷かい。最近聞いたような気がするねえ。ああそうだ、承の助を連れて行こうとしたのが原谷だったねえ。」

 師匠はぽんと手を打った。

 「二人は、石炭を燃やす車や機関車をつくりたいって話をしていました。強い軍隊をつくって、イギリスやフランスみたいに海外に攻め入って、植民地をつくりたいとも言っていました。

 それから、精霊を悪し様に罵って…。私たちの暮らしは精霊に随分助けられているのに、あんなに悪くいうことはないと思うんです。それに何か、人に言えないような何かを相談している雰囲気があったんです。」

 きぬ葉は細い肩を少し震わせながら話した。


 「うちの弟子には芸妓もいるんですがね。この間、九州政府の山平首相と政商の原谷が精霊の悪口を言って、内燃機関で軍隊を強化して外国に攻め入ろうと話していて怖いっていう話をしてたんです。」

 「成程、あるいはその者たちの企てが、私たちの感じる不穏な空気の原因かもしれませんな。」

 師匠と蛟の会話を聞いて、承の助とお佳さんは顔を見合わせた。

「もう事件はこりごりなんだけどなあ。」

「そうね。私も鍛えてはいるけど、また身近で事件が起きるのは嬉しくないわ。」



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