芒種三 精霊の試練
周囲の風景が一瞬ブレた感じがして、視界はブラックアウトした。
間もなく視界が回復して周囲を見渡すと、何も無い白の世界だった。
「ここは物質界と精霊界の狭間にある小世界の一つじゃ。ここなら精霊力に目覚めやすく、周りを気にせずに力を使える。」
そこは、お佳さんが土雲の試練を受けたときと同じような場所だった。
精霊が人に試練を課すときによく使われるようだ。
「準備はいいですかな。行きますぞ。」
「はい、お願いします。」
どこからか水色の魚のようなものが湧き出し、宙を泳いで承の助に向かってきた。
魚みたいなのに宙を泳ぐんだと承の助は驚いたが、南天に教わったとおり、丹田を意識して霊力を引き出し、全身に巡らせた。
そうすることで、運動が得意はない承の助も俊敏に動ける。
水色の魚みたいなものの突進を身軽に躱すと、「ふむ、身体強化はできているようですな」と蛟は頷いた。
さらに鈴木は、空中に霊力で緑色の弓矢を作り出し、撃った。
魚みたいなものは、緑色の矢に撃ち抜かれて消える。
「うん、教えたことができてるね。お兄さんは飲み込みが早いよね。」
「ほう、なかなかの腕前。じゃが、木の精霊力を使うばかりでは試練に合格したとは言えませんな。」
南天は満足そうだったが、蛟はまだ納得していないようだった。
「貴殿の中には水の精霊力も秘められておる。だかこそ儂は力を貸す気になったのじゃ。水が海に流れていくように、万物は流転する。己の中の流れを意識するのじゃ。」
「自分の中の流れですか。」
承の助は体の中の血液の流れを意識して、新たに矢を生み出して撃ったが、その矢も緑色だった。
これは違う。蛟さんのいう流れってどんなものだろうと鈴木は考えた。
このところ予想しないことが続いていて、大きな流れに乗せられている気がする。この世界に転移したことも、木蓮さんに会ったことも。こうして蛟さんに会ったこともそうかもしれない。この世界には、目に見えない流れがあるような気がする。
そう思ったとき、承の助は木の精霊力とは違う力を認識した。
「ああ、これなのかな。」
いったん認識すると、その力は自分の中にもあることが分かり、丹田のあたりから引き出せた。
再び霊力で矢を作ると、今度は緑色ではなく水色の矢だった。
「そう、それが水の精霊力じゃ。」
蛟は満足そうに頷いた。
「では、これはどうですかな。」
承の助の周囲にたくさんの水色の魚が湧き出した。
「お主の力はそんなものではなかろう。少し本気を見せるのじゃ。」
「あっ、お兄さんが本気を出すのはちょっと。」
南天の少し焦ったような声がしたが、承の助は素直に本気で体内の霊力を高めた。
周りにいるたくさんの魚を防ぐには、自分の周囲すべてに力を発動しなければいけないだろう。
承の助の瞳が水色に染まり、周囲に津波のような圧力で力が溢れた。
「何と、このような力を人の子が振るえるのか。」
蛟は驚愕した。承の助から溢れ出す水の精霊力は圧倒的で、承の助を囲んだ魚たちが潰れていく。
心なしか、小世界自体がミシミシと軋んでいる感じがする。
「このままだとこの小世界が壊れかねません。だから注意するように言ったんです。」
南天は焦りを顔に浮かべた。
「お兄さん、もう十分だから止めて。ストップ、ストップ。」
「え、は、はい。」
承の助が力を緩めると水の霊力の圧力は弱まり、眼の色も黒に戻った。
どうやら承の助が発動した水の精霊力は、周囲の魚を圧し潰しただけではなく、危うく試練の場を壊すところだったらしい。
「いや、驚いた。まさかこれ程の力とは想像がつかなんだ。しかし、これほどの力を人が持つとは面白い。長生きはしてみるものじゃのう。」
蛟は楽しそうに笑った。
「以後、儂も貴殿に力を貸そう。お主なら、水の精霊術も使いこなせよう。水の術は使い勝手が良いぞ。」




