春分二 異世界の日本
異世界と聞いて戸惑う青年に、おじさんは説明してくれた。
「ええ、おそらくここは貴方のいた世界とは違う世界です。ここにはときどき異世界から迷い込む人がいるのですよ。」
「そうですか。確かに僕の世界とは着ているものが違います。言葉は同じ日本語みたいですが。この土地の名前は何でしょうか?」
「ここは九州の博多市の郊外ですよ。」
「博多市とおっしゃいましたか。僕の知る限り、博多駅はあっても博多市はありません。福岡市の間違いではないんですね。」
「ええ、ここは九州政府の首都の博多市です。逆に私は福岡市という地名は聞いたことがありませんね。」
「そうですか、九州政府ですか。地名も似ているようで違うんですね。」
「異世界から来て、戸惑われるのも無理はありません。良かったら私の店にいらっしゃいませんか。この世界のことを少しご説明しましょう。」
ああ、ではラノベによくある異世界転移は本当にあったのか。何だか夢を見ているみたいだなと青年は思った。
いきなり知らない世界に来てどうすれば良いか分からないし、青年は取りあえずおじさんに付いていくことにした。
「私の店は少し遠いので、車に乗りましょう。」
神社から少し離れた道端には二頭立ての馬車があった。車といっても馬車なんだなと思いながら、青年は感謝しながら乗り込んだ。
車窓から景色を見ていると、次第に町の中心部らしきところに入ってきて、木造家屋以外の建物も見えてきた。だが二階建てや三階建ての低層だ。どこかで見たなあと思った青年は、修学旅行で行った明治村の洋風建築が似ていることを思い出した。
「どうですか、貴方のいた世界とは景色が違いますか。」
「はい、私のいた世界では高層の建物が多かったので。」
「ほう、文明の進んだ世界からいらっしゃったようですな。」
おじさんは目の奥を光らせて、満足そうな笑みを浮かべた。
やがて馬車は一軒の店の前に着いた。
立派な店構えで、忙しそうに店員が出入りしていて、繁盛している様子だ。
「さあどうぞ、散らかっていますが、お入りください。おーい、お客さんだ。誰かお茶を出してくれ。」
青年を店内の椅子に座らせると、店の奥からおじさんは地図を出してきて、ここは九州政府の首都のある博多市の新市街だと教えてくれた。
地図に載っている地形は見慣れた日本と同じだった。そのことに青年はほっとしたが、州政府なんてものはなかったし、やはり似ているようで違うんだと思った。
地図を仕舞った後、おじさんはこの世界の通貨や政治のことなども教えてくれた。
通貨の単位は円だったが、少し豪華な昼食が1円らしく、1円の価値は青年の感覚では3千円くらいみたいだった。
州政府とはどういうものかたずねたところ、日本は連邦国家だから各州ごとに政府があるという説明だった。州ごとに首相や大臣もいて議会もあると聞き、青年は驚いた。
どうやらこの世界の日本は、地理で勉強したドイツのような連邦国家らしい。
おじさんは最近の話題として、英国で発明された蒸気機関の話をした。そして蒸気機関のことを知らないかと青年に熱心に聞いたが、自分はエンジニアではないので内燃機関はよく分からないという答えにがっかりした様子だった。
それでも青年のいた世界では車や電車は石炭ではなくガソリンを燃やして走ると聞くと、興味深そうにいろいろと質問をした。
しばらくして店員さんが出してくれたお茶を飲むと体がじんわり温まり、青年はほっとした。馴染みのあるほうじ茶の味だった。
異世界に転移など小説だけの話だと思っていたのに、まさか自分が経験することになるとは驚いたし、この先どうすれば良いのか戸惑う気持ちは大きいものの、言葉は通じるし、飲み物も同じ味なら、どうにかやっていけるかもしれないと思えた。
「いやしかし、急に違う世界に来られたのに落ち着いておられるのは、若いのにご立派ですな。」
そう褒められて青年は苦笑した。青年はテンションが低いとよく友人から言われる。おっさんみたいに妙な落ち着きがあるとも。こんな異常な状況で取り乱さないでいられるのは、そのお陰かもしれなかった。
「いえ、ただ呆然としているだけです。でも、あなたのように親切な方に出会えて幸運だったと思います。いろいろと教えて頂き、ありがとうございます。」
「いいえ、出会いを大切にするのは商人の基本です。ところで、少し早いですが夕食でもいかがでしょう。私はお腹が空いてきましたよ。何しろこの腹ですからな。」
おじさんは笑いながら出っ張ったお腹をさすってみせた。
「なに、遠慮は無用ですよ。異世界のお話を聞かせてもらうのは私にとって貴重な機会ですから。」
お言葉に甘えて、青年は夕食を頂くことにした。




