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芒種一 夏風邪

 新緑の気持ち良い季節も過ぎ、雲が出ることが多くなり、空気は少し湿ってくる。

 いよいよ梅雨が始まる。

 山梔子くちなしの花が香り、紫陽花が鮮やかに咲く芒種の季節になった。


 早いもので、鈴木が異世界に来てから二か月ばかりが経った。

 最初は、もとの世界と同じで役立たずだと悩んでいたが、木蓮の力を借りて万吉を助け、金剛と南天に教えを受け、充実した日々を送れるようになっていた。

 気分も明るくなっていた鈴木だが、ある朝起きると、体がだるくて熱っぽかった。

 最近、眠りにつくときは蒸し暑くて布団をかぶっていられないが、朝は冷え込む日もあり、肌寒くて目が覚めることもあった。

 どうやら風邪をひいてしまったらしい。


 熱も高くないし、大人しく休んでいれば治るだろうと鈴木は思った。

さて寝直すかと思ったところで仕事の予定を思い出し、金剛に休むことを伝えるために黒電話のダイヤルを回した。

 「おはようございます、金剛さん。承の助です。」

 「おはよう、承の助君。どうしたんだい。」

 「実は体がだるくて熱があって、風邪をひいてしまったようなんです。すみませんが、今日の仕事はお休みさせてもらえますでしょうか。」

 「おや、風邪かい。それはいけないねえ。仕事のことはいいから、ゆっくり休んで養生するんだよ。」

 「お気遣い、ありがとうございます。」

 受話器を置いて、やはり金剛さんは優しいなあと鈴木はほっこりした。

 布団に横になり、とりとめもない考えを巡らせた。

 もし前の世界でブラック企業になんか就職していたら、風邪くらいなら休めなかったんだろうなあ。

 金剛さんは給金も多めにくれる。まだ見習いなのにと遠慮したら、「戦力になっているんだから受け取ってくれないと困るよ」って言ってくれた。やっぱり嬉しかったな。

 そういえば、僕とお佳さんが手伝うなら、少し大きな仕事を受けてみようかなって言ってたなあ。

 金剛さんは人気の庭師だって護民官は言っていた。腕は良いし、金髪碧眼のイケメンだしね。

 鈴木はとりとめのないことを考えるうちに、いつしか眠っていた。


 しばらくすると南天が空中に現れた。

 「おや、二度寝したの?。それとも風邪でも引いたのかな。」

 南天は鈴木の額に手をかざし、あまり熱は高くないことを確かめた。

「うん、熱はたいしてないね。寝顔も苦しそうじゃないし。ずっと頑張っていたから、むしろいい休息になるかもね。」

 鈴木本人は意識していなかったが、このところ、金剛のもとで庭師の修行をするか、南天に木の精霊術を教えてもらうかで、丸一日休んだ日などずっと無かった。

 「さて、お兄さんがゆっくり休めるよう、悪い夢を見ないようにしなきゃね。」

 南天が目を閉じて祈ると、ラベンダーの香りがたちこめ、鈴木は淡い緑色の光に包まれた。

 「これで大丈夫かな。じゃあ、いい夢を見てね。」

 南天は姿を消した。


 お昼ごろになって、鈴木は目を覚ました。

 「うーん、良く寝たなあ。だいぶ体も軽くなったよ。」

 布団の中で伸びをすると、鈴木のお腹はグーとなった。

 ああ、そういえばお昼時だなあ。

 でも困ったなあ。この部屋には冷蔵庫もないし。お豆腐屋さんまで買いに行くと少し遠いし、などと鈴木が考え込んでいると、長屋の前の路地から声が聞こえた。

 「すしやコハダのすーし」

 ちょうどいいところに来てくれた。鈴木は注文することにして、窓を開けた。

 「すみません、おすしを一つください。」

 「まいど。窓の側に桶があるだろ。それを降ろしておくれ。」

 鈴木は指示されてとおりに紐のついた桶を窓から降ろした。引っ越したときから何に使うのか不思議に思っていたが、このためだったのかと鈴木は感心した。

 「一つ六文だよ。」

 桶を引き上げて寿司を皿に移してから、鈴木は桶に六文銭を入れておろした。

 「まいどあり。おや、兄さん顔が青いねえ。風邪でもひいたのかい。お大事にな。」

 その後で、鈴木は別の棒手振りから豆腐の味噌田楽と冷や水を買った。

 この世界にはコンビニはないが、ひょっとすると前の世界より便利かもしれないと感心する鈴木だった。



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