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立夏四 この世界の歴史~温暖化しない世界

 新しい暮らしにだいぶ慣れた鈴木だったが、やはり不思議に思うことはあった。

 「うーん、1890年の割には科学が進んでいるところもある。どうして電話があるんだろう。それに風車が多いよな。」

 千代木でおやつを食べながら一人で首を捻っていると、師匠が冊子を持って現れた。

 「何をぶつぶつ言ってるんだい。ああ、この世界があんたには不思議に見えるってことかい。異世界は似てるようで違う世界みたいだからねえ。違う世界線にある並行世界だなんていう人もいるよ。

 まあ理屈はともかく、この世界のことをそろそろちゃんと知っといた方が良いと思ってねえ。ほら、これを読むとよいよ。」

 師匠が持ってきてくれた冊子には日本の歴史とか日本の地理などのタイトルがついていた。

 「子ども向けなんだけどさ、基礎から知る必要のあるあんたには役に立つんじゃないかと思ってね。」

 「ありがとうございます。確かに基本的な知識から知る必要があると自分でも思います。」

 鈴木は礼を言って冊子を受け取った。

 「ふふ、子ども扱いするのかなんて怒らないのがあんたの良いところさ。」


 歴史の冊子を読むと、欧州で産業革命が起きた頃に精霊たちが姿を現し、急な西洋化は自然と共生してきた日本の在り様と異なると説いたと書いてある。以前に護民官から聞いたとおりだなと鈴木は思った。

 そして、化石燃料を使わない代わりに、風の精霊が風力発電に力を貸してくれたり、火の精霊が機関車を動かしてくれたりしているというのも、以前に聞いたとおりだ。

 しかし風力発電には技術が必要じゃないかと鈴木は不思議に思っていたが、精霊たちが姿を現すとともに異世界からの転移者も現れるようになり、その中に風力発電の技術者だった者がいたようだ。

 地理の冊子を読むと、今では日本各地には多くの風車がくるくる回っているらしい。

 電話も、異世界人のもたらした技術に基づくらしい。どうやら、この世界に必要な技術を持つ技術者が何人も転移してきたようだ。

 偶然にしては都合が良すぎる。

 誰かが意図をもって、異世界から必要な人材を転移させたんじゃないかと鈴木は思った。

 もしかすると、桜並木で声をかけてきて、神社で自分を覚醒させたのは、そうした存在なのかもしれない。

 そうだとするなら、自分はたいして役に立っていないけど、これで良いのかなと鈴木は疑問に思った。

 ともあれ、この世界の日本では、石炭による内燃機関は船にしか搭載されていない。

 もっとも一部には汽車や自動車を導入すべきだという意見の人もいるらしい。

 エネルギー源を精霊に依存するのではなく、人の手で何とかすべきだという考えらしい。

 反精霊主義者とか人間主義者と呼ばれる人たちで、一定の勢力があるようだ。

 自分の力で何とかしようという考えは理解できなくもないが、化石燃料の大量使用は鈴木の世界では深刻な異常気象を引き起こしている。

 精霊の協力を得て自然と共生する、この世界の日本の在り様は鈴木には好ましく思えた。


 歴史の冊子によれば、徳川幕府の統治した江戸時代に士農工商やえた・ひにんなどの身分差別があった鈴木のいた世界とは違い、この世界では浅井家が全国統一を果たし、出自を問わない人材登用を重視したので、身分差別は無かった。

 鎖国も行われず、海外との通商は重視されていた。その結果、民主主義の考え方も早く取り入れられ、世界に先駆けて普通選挙が実施されたらしい。当時の浅井将軍は選挙に出て初代大統領となり、将軍から大統領になったと海外でも話題になったようだ。

 また、この世界の日本では人材を養成するために、また貧しい家に生まれても高い教育を受けられるように、学費は基本的に無料だった。加えて、難関の試験を合格して高等教育を受ける者には生活費を含めた給付型の奨学金が用意されている。

 鈴木のいた日本では、国公立大学の授業料は大幅に引き上げられ、奨学金は貸付が中心だった。奨学金といっても、実質的には官営の学生ローンというべきものだ。その学生ローンに多額の借金を負って社会に出る 若者が多く、非正規雇用が増えて不安定な雇用情勢のもとで経済的に苦労する若者が多い。

 こっちの世界は随分若者に優しいなと鈴木は感心した。


 まちづくりは、鈴木のいた世界とは異なり、新市街と旧市街で様相が大きく異なるようだった。その点では、むしろヨーロッパのまちづくりに似ている。

 新市街には高い建物もあり、大きな商店や役所がある。路面電車の路線は網の目にように整備されている。

旧市街には低層の建物しかなく、住宅地と零細商店の商店街がある。店のほかに、いろいろな食べ物を売り歩く棒手振りもいる。棒手振りは孤児や知的障害者の働き口にもなっているようだ。

 棒手振りはお客の用意する容器に入れるので包装廃棄物は出ない。人力なので二酸化炭素も出ない。鈴木のいた世界はこの世界よりも科学技術は進んでいるが、ゴミはたくさん出るし、石炭や石油をたくさん燃やした結果、地球温暖化は進んでいる。

 そして棒手振りは、体力が落ちて買い物に出るのがつらい高齢者からみれば、自宅から声をかけて買い物ができる仕組みだ。買い物をするときには世間話もするし、馴染みになると体調が悪そうなら町医者を呼んでくれることもあるらしい。鈴木のいた世界では高齢者の孤独死も社会問題になっているが、この旧市街ではそんな心配はなさそうだった。

 どちらが進んだ社会なんだろう。もとの世界のほうが科学は明らかに進んでいるが、こっちの世界の方が暮らしやすいのかもしれない。

 もとの世界はどこで間違えたんだろうと鈴木は考え込んだ。



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