立夏一 木の精霊術の習得
初夏を迎え、異世界の博多市にも新緑が溢れていた。
蛙が鳴き始め、筍が生えてくる。
二十四節気でいう立夏の季節になった。
新緑の季節になり、アスファルトとコンクリートで固められたもとの世界とは違い、あちこちの土の上から草木の匂いが立ち込めていて、鈴木は嬉しく思っていた。
そんなある日、不思議な出来事があった。
庭師見習いとしての仕事を終えて帰ろうとして歩いていると、急に雨が降り出した。
「うわ、凄い雨だ。しまったなあ、傘を忘れてきた。」
困った鈴木は、道端の蕗のような草を見て、そういえば大きな蕗の葉を傘にするという話があったなあと思いだした。
ところが、驚いたことに草はぐんぐんと伸びだし、傘になりそうなくらい大きな葉に成長したのである。
一体どういうことなのか鈴木は戸惑った。
夕食後、護民官に聞いてみることにした。
「実は今日、昨日、雨が急に降り出して困ったなあと思ったとき、道端の蕗のような草が急に伸びて葉が大きくなったんです。僕はおかしくなったんでしょうか。」
鈴木は笑われるか健康を気遣われるかと思ったが、護民官は興味深そうだった。
「ふーん、急に草が伸びたのかい。」
「あれ、驚かないんですか。」
「あはは、この世界では精霊がいろいろ不思議なことをするからねえ。精霊は人の願いにも応えてくれるけど、悪戯をすることも多いしね。」
護民官は楽しそうに笑った。
「ところで、その草はお前さんの願いを聞いたような感じはあったかい?」
「どうでしょう。もとの世界では、蕗の葉を傘にするという民話があったので、そのことを思い出してはいましたが。」
「なるほど、なるほど。じゃあ少し試してみようか。」
護民官は縁側に出て、鉢植えを一つ持ってきた。
「この鉢植えにはチューリップを植えていたんだ。オランダから輸入されて最近博多で流行っているんだよ。それが、最近まで咲いていたけど、散ってしまったんだ。そこでだ。この花が咲くように願ってみてくれるかい。」
「えっ、僕には花咲かじいさんのような力はありませんよ。あっ、この世界には花咲かじいさんの童話はあるんでしょうか。」
「あるよ。まあまあ、駄目もとで願ってみてくれるかい。」
鈴木は訳が分からなかったが、鉢植えのチューリップに向かい、花が咲くように願った。
すると、少し萎れていたチューリップは生気を取り戻し、蕾を付けると、みるみるうちに花が咲いた。
「ええ?いったい何が起きたんでしょう。」
鈴木は混乱したが、護民官は納得したように頷いた。
「やはり、お前さんは木の精霊術が使えるようだね。それも随分強力な術のようだ。」
護民官によれば、この世界では木の精霊術師が術をかけると、花は長持ちするらしかった。強力な術師になると、田畑の収穫量を上げることもできるらしく、各地で引っ張りだこになるようだ。
花が散らないようにするのではなく、散っていた花が再び咲くのは非常に強力な術で、護民官も、そのような術師がいたことを本で読んだことがあるくらいらしかった。
その日から、鈴木は庭師としての修行以外に時間が空くと、草木の声に耳を傾けて、自分の意志を草木に伝える練習をした。
不思議だったのは、木の精霊術を発動するとき、なぜか木蓮の気配が感じられることだった。
最初は気のせいかなと思ったが、いつも同じなので、ついに鈴木は木蓮に聞いてみることにした。
少し仕事が早く終わった日に、鈴木はこの世界に転移してきた神社を訪ねた。
お祭りの日でもなければ夕方には人気も少なく、木蓮に呼びかける場所として良いと思ったのだ。
季節の上では初夏といっても、日が翳ると、まだ少し肌寒かった。
鬱蒼とした森を背後に立っている神社は、異世界に通じていたのも頷けるような神秘的な雰囲気に包まれていた。
鳥居の前で一礼をしてから境内に入り、鈴木は瞑目して、木蓮と話をしたいと願った。
しばらくすると、木蓮が現れてくれた。
神社で願えば本当に会えることが分かり、鈴木は嬉しかった。
「木蓮さん、お久しぶりです。お呼び立てしてしまい、すみません。どうやら僕は木の精霊術を使えるようになったのですが、術を使うたびに木蓮さんの気配を感じるんです。もしかして、何かご存知ではないかと思って。」
「ああ、木の精霊術が使えるようになったのですか。貴方ほどの霊力があれば、いずれ使えるようになるのですが、実は私の加護をあげましたので、近く使えるようになると思っていました。」
「立ち去っても、全くいなくなるわけではないと話したことを覚えていますか。私の力の一部は、いつも貴方と共にあるのです。」
どうやら鈴木がいきなり強力な木の精霊術を使えるようになったのは、木蓮の加護のおかげだったようだ。
「木の精霊術は火や水に比べると地味だと言われますが、実際にはいろいろなことが出来ます。練習すれば、もっと使いこなせるようになるでしょう。近いうちに、木の精霊術を貴方に教える者を派遣するつもりです。」
この世界では木、火、土、金、水が五大要素と考えられていて、それぞれの属性を持つ精霊が存在するとのことだった。
もとの世界の陰陽五行説と似ているなと鈴木は思った。
その日の夜、鈴木は護民官と師匠に、精霊の加護を得ていたことを話した。
「そうか、お前さん、精霊の加護を得ていたのか。いや、気に入られているとは思ったが加護とはなあ。また大層なものを貰ったな。」
護民官はずいぶん驚いていた。精霊術は、普通は厳しい修行を重ねてようやく使えるようになるものだが、名のある精霊の加護を得ると、いきなり複雑な精霊術が使えるようになるらしかった。
努力もしていないのに精霊術が使えるようになったとは、鈴木は何だか申し訳なく思った。
「本当にねえ、継の助には驚かされるよ。庭師もいいけど、歴史に名の残る精霊師になるかもしれないねえ。もっとも、力のある精霊師には権力者たちが寄ってくるから、まだしばらくは秘密にしといた方がいいんだろうねえ。」
師匠は感心したのか嘆いているのか分からない複雑な様子だった。




