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穀雨四 土用と甘味処

 ある日のこと、いつものように鈴木は五月雨を訪ねたが、今日は休みだと告げられた。

 「ああ、君は知らなかったのかい。せっかく来てくれたのに悪いけど、土用の間は庭師は休業だよ。」

 「え、どうして土用だと休みなんですか。」

 土用というと鰻を食べる習慣があったのを覚えていたが、どうして庭師が休業になるんだろうと鈴木は不思議に思った。

 「土用には「土動かし」はしない仕来りなんだよ。土用の間は土を司る神様が次の中にいらっしゃると言われていてね。」

 「そうなんですか。」

 「うん、だから立夏になるまではお休みさ。立夏になったら本格的に庭師の仕事を手伝ってもらうよ。」

 そんな話を鈴木と金剛がしていると、お佳さんがやってきた。

 「こんにちは、金剛さん。あれ、承の助もいるの。」

 「やあ、お佳さん。承の助は僕に弟子入りしてくれたんだよ。」

 「そうだったの。ところで、今日は何かお手伝いできることはないでしょうか。」

 鈴木は自分の弟子入りの話にもう少し反応してほしい気もしたが、お佳さんはさらっと流して次の話にうつってしまった。

 「それがね、さっき承の助にも話したんだが、土用だからお休みなんだよ。」

 「あれ、お佳さんも金剛さんのお手伝いをしてるんですか。」

 「ああ、木を植える穴を掘ったり、池を掘るのを手伝ってくれるんだ。お佳さんの穴掘りは見事なものだよ。」

 「いえ、それほどでも。」

 お佳さんは謙遜したが、金剛はなお褒めた。

 「いやいや、素晴らしいよ。血筋のおかげかねえ。」

 お佳さんは照れながら、「ではまた立夏になりましたら」と言い残して去って行った。

 「血筋のおかげ?どうしてお佳さんはそんなに庭師の仕事をしたいのかな?」鈴木はいろいろと疑問に思ったが、あまり根堀り葉掘り聞いても悪いかなと思った。


 しばらく世間話をしてから、鈴木は金剛のもとを辞した。

 庭師の手伝いができなかったので、まだ日も高い。時間が空いたので、師匠の家の甘味処「千代木」に行くことにした。

 ちょうど誘拐された獣人たちの救出のために活躍したことで市役所から報奨金をもらい、懐は暖かかった。師匠への恩返しも込めて少し高い物でも頼もうかなと思いながら、暖簾をくぐった。

 「いらっしゃい。」

 赤い前掛けをした女の子が席に案内をしてくれた。この子の名前は千恵といい、甘味処の看板娘である。紺に蜜柑色の格子の着物をさっぱりと着て桃色の片襷、きびきびと働く様子が評判だ。

 椅子に座り、お品書きを見て、何を頼もうか考えた。ここは小豆が美味しいと師匠から聞いたことがある。そろそろ暑い季節だし、お勧めの新商品と書いてある「白玉あんみつ」を鈴木は頼むことにした。

 あんみつは、籠目文様の硝子の器に盛りつけられて出てきた。寒天と粒あん、白玉団子に干しあんずの甘露煮の取り合わせだ。

 小豆餡を一口食べると、爽やかな甘みが広がる。

 「うわ、美味しい。」

 思わず声を出してしまったら、カウンダ―の中の調理場から声が聞こえた。

 「はえー、兄ちゃんはこの餡の味ば分かりんしゃーとや。」

 調理場を見ると、ニコニコとおばちゃんが笑っていた。

 「はい、しつこくなく上品で爽やかな甘さです。それに、この小豆は潰れてなくて形も美しいですね。」

 「これはたまがった。その辺の料理研究家よりも詳しかね。ここの奥様は黒蜜ば好かんお人じゃっけん、あんみつもみつ豆も白蜜で出しとうとよ。しかし、兄ちゃんみたいな若い子も喜んでくれるなら、ますますぎばらんとね。」

 おばちゃんは何だか肝っ玉母さんという感じで、方言が少しきついが、人を安心させてくれる雰囲気のある人だ。名前はおイネさんといい、長崎の五島の出身だ。

 そういえば、あんこ作りの名人をスカウトしたんだと師匠が自慢そうに言っていたことを鈴木は思い出した。

 「おイネさんの餡子は天下一ですからね。売れっ妓のきぬ葉さんも常連ですし、上方の雪之助さんも博多にお越しになるたびに楽屋に出前を頼まれるんですよ。」

 「お千恵ちゃん。おだてても何にも出んとよ。」

 店員のお千恵が褒めると、おイネさんは照れていた。雪之助といえばイケメンで女形もこなす人気歌舞伎役者だし、きぬ葉さんも有名な芸妓だ。この世界に来たばかりの鈴木でさえ名前を聞いたことのあるひとたちが常連とは、たいしたものだと鈴木は感心した。

 「御馳走様でした。本当に美味しい餡子でした。また寄らせてもらいます。」

 鈴木は挨拶をしてお店を出た。


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