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穀雨三 木蓮の訓練

 このところ、鈴木は庭師の見習いをしながら、体の外に溢れる霊気を抑えるために木蓮に訓練してもらっていた。

 というのも、霊気が溢れていると困ることがあるからだ。 

 先日、鈴木が五月雨の仕事場に向かうために歩いていると、小さな草の精霊たちが寄ってきた。

 「遊んで、遊んで。」

 「ごめんね、今は急いでいるんだ。」

 鈴木は足許にまとわりついてくる精霊たちを蹴飛ばさないように歩みを緩め、精霊たちに話しかけた。

 こんなふうに、精霊たちが鈴木の霊気を好いてくれるのはよいのだが、集まってくると身動きがとれなくなることがあった。

 「ええー、今遊んでよ。」

 「行っちゃうの。やだやだ。」

 なかなか精霊たちが離れてくれずに鈴木が困っていると、中空から声がかかった。

 「これ、お前たち。この人を困らせるのではありませんよ。」

 「木蓮さまだー。仕方ないなあ。また遊びに来てね。」

 「約束だよー。」

 小さな草の精霊たちは転がるように離れていってくれた。

 「木蓮さん、ありがとうございます。」

 「いいえ、私の眷属たちが迷惑をかけました。小さな精霊たちが集まってこないよう、霊気を抑える訓練をしたほうが良いですね。」


 木蓮の訓練を受けると、鈴木は短期間で長足の進歩を遂げた。

 「これで訓練は一段落です。十分に気は抑えられています。もう小さな精霊たちは寄ってこないでしょう。」

 木蓮は満足そうな表情で太鼓判を押してくれた。そして、少し物憂げな表情で告げた。

 「私はこの地を去ります。私が近くにいると、隠していてもいつか誰かに知られてしまうかもしれません。そうすると、貴方は穏やかに暮らせなくなってしまうでしょう。」

 別れを告げる木蓮の言葉に鈴木は驚いたが、力のある精霊との関係を知られるリスクは護民官から聞いたばかりだった。

 「そうですか。これまでいろいろと助けて頂き、ありがとうございます。正直に言えば寂しいですが、仕方ないのでしょう。」

 「私も寂しく思います。でも、お別れといっても、私は完全にいなくなるわけではないのです。そのことはいずれ分かるでしょう。」

 木蓮は珍しく悪戯っぽい表情を浮かべてから、真面目な表情に戻り、言葉をつづけた。

 「離れていても貴方のことは気に掛けています。もし私に連絡を取りたいときと思ったときは、神社で強く願ってください。

 貴方がこの世界に来てくれたことを嬉しく思う気持ちは、身近に接することで強くなりました。残念ながらこの国も、貴方のように自然を大切に思ってくれる人ばかりではないのです。」

 日本は自然と共生する文明を育んできたが、内燃機関など西欧文明を取り入れて国を強くすべきだと考えている人も少なくないようだった。

 しかも、鈴木の知る歴史と同じように、欧米の列強は帝国主義に走り、アジアや南米などに植民地を広げてるらしい。このため、欧米の科学技術を取り入れて力をつけるべきだという意見には説得力があった。

 しかし、木蓮たち精霊は自然に宿っているので、環境が汚染されると、この世界に居られなくなるようだった。

 鈴木も、日本が植民地にされないための軍備が必要なことは理解するが、自然を守りたいと思う。

 四月下旬の穀雨は、元来、暑くも寒くもなく過ごしやすい季節である。だが、もとの世界の日本では穀雨の頃にはもう暑かった。

 地球温暖化の影響を受けた気候の極端化のために冬と夏が長くなり、春と秋は次第に短くなりつつある。それに比べて、この世界は自然が保たれていて四季も巡る。

 護民官から聞いたところでは、精霊たちはエネルギー源としての化石燃料を使わない代わりに、風の精霊が風力発電に力を貸してくれたり、火の精霊が機関車を動かしてくれたりしているらしい。

 その話を聞いたとき、なるほど旧市街と新市街を結ぶ機関車はそうして動いているのか、道理で煙が白くて綺麗なわけだと鈴木は納得した。石炭を燃やさず、火の精霊が水を蒸発させてタービンを回すなら、水蒸気しか出ない。


 考え込んでいた鈴木が顔を上げると、木蓮は微笑んでいた。思えば、いつも木蓮は微笑んでいる。まるで神様か仏様みたいだなと鈴木は思った。離れることは寂しかったが、今後も木蓮さんに頼ってばかりだと自分が駄目になるような気もした。

 「木蓮さん、いろいろと助けて頂き、本当にありがとうございました。貴方のおかげで、僕はこの世界ならやっていけるんじゃないかと思えるようになりました。またお会いできるときには、もう少しは成長した姿を見せたいと思います。」

 木蓮は「楽しみにしています」と言って、やはり微笑んだ。



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