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穀雨二 人と精霊の関わり

 よく晴れた日の夜、鈴木は守恒護民官から少し話をしようと誘われた。

「どうだい、ここから見る春の月も乙なものだろう。」

 守恒さんは、食堂の隣の縁側に座り、坪庭の上に出た月を指差した。

 二人の間には素朴な風合いの酒器を載せた拭漆の欅の丸盆が置かれている。

 うっすら桃色がかっていて、元の世界の萩焼に似ているなと鈴木は思った。

 「はい、良い月ですね。」

 「まあ一献どうだい。」

 守恒さんの注いでくれたお猪口の清酒を鈴木はゆっくり飲んだ。

 あては焼き筍に木の芽を散らしたものと細魚さよりの昆布締めが、総織部の角皿に形よく盛られている。

 仕事柄、指先を傷めるのを嫌う師匠は、あまり手の込んだものは作らないというが、塩加減・火の加減を見極めた、まさに乙な一品だった。


 しばらく杯を重ねた後で、守恒さんは切り出した。

 「お前さんが名のある精霊に力を借りられるのは素晴らしいことだよ。でも、それを知ると外野が煩くなりそうなのが問題なんだ。」

 鈴木は木蓮から、大精霊である木蓮と関わったことは誰にも言わないほうが良いと伝えられていた。大精霊はそうそう人の前に現れるものではないので、いらぬ騒ぎになるとのことだった。

 そこで木蓮の助言に従い、木蓮のもとにいる名のある精霊である南天に助けてもらったと説明していた。

 しかし守恒護民官によれば、多くの精霊師が力を借りるのは名のない精霊であって、名のある精霊が現れることも珍しいようだった。

 まして、名のある精霊が特定の個人を気に入って力を貸すようなことは稀であり、実力のある精霊師でも、時間をかけて大掛かりな儀式を行い、名のある精霊をときどきでも呼び出すことができれば、一目置かれることになる。

 そのため、鈴木が名のある精霊の力を日常的に借りられることが知られれば、権力者たちが自分の影響下に置こうとすることが心配される。

 そうした事情を守恒さんは鈴木に説明した。

 「お前さんにその気はなくても、周囲が勝手に名のある精霊の力を当て込んで取り込みを図るだろう。それも、きちんと勧誘されるならいいんだが、酷い奴は攫おうとするかもしれない。

 だから妻と相談したんだが、少なくともしばらくは南天殿の力を借りられることは秘密にしておいた方が良いと思うんだ。」

 守恒夫妻が善意で心配してくれていることは、鈴木もよく分かった。

 お佳さんは師匠の弟子だが、その弟分という決して縁の近くない万吉のために、あれだけ一生懸命になる人たちである。

 もとの世界では、こんなに他人のために一生懸命になれる人は鈴木の周囲にはいなかった。異世界に来て善良な人たちに会えた自分は幸運だったと、鈴木は改めて巡り合わせに感謝した。

 「分かりました。それでは秘密にします。万吉さんの居場所は名のない精霊の協力で見つけたことにすれば良いですね。」

 「済まないな。せっかく特別な力を得たのに黙ってろ、っていうのは気がひけるんだが。」

 「気にしないでください。僕はお佳さんや万吉さんの役に立てただけで嬉しいんです。別に有名になりたいとか思ってません。」

 名のある精霊の力を借りられることを知ると悪用しようとする人がいることは、鈴木にも理解できた。守恒夫妻は善人だが、獣人を誘拐した者たちがいるように、この世界にも悪人はいる。

 「僕をかばってお佳さんが獣人だと明かしたせいで万吉さんが攫われたと聞いたときは、僕のせいで周りに迷惑がかかるなら、いなくなりたいと思ったんです。僕は元の世界では役立たずでしたから。

 それが、精霊のおかげで他の攫われた人たちを助けるお役に立てて、ああ僕はこの世界にいてもいいんじゃないかと思えたんです。僕にはそれで十分なんです。」

 鈴木にとって、この世界は自分の居場所と思えるようになってきたことが、何より嬉しいことだった。最近になって、護民官が自分のことを君ではなくお前さんと呼ぶようになったことも、受け入れられた感じがして嬉しく思っていた。

 「そうか。お前さんは本当に謙虚なんだな。きっと精霊は、そんなお前さんの性格も気に入ったんじゃないかな。」

 守恒さんは杯を傾けてから、ほうっと息を吐いた。

 「そういえば、五月雨さんに会ったら、「承の助さんはとても有望だ」と褒めていたよ。庭師の仕事も木の精霊とかかわりが深い。お前さんは凄い精霊師になれると思うが、きっと凄腕の庭師にもなれるだろう。」

 鈴木は万吉を救出した後に五月雨を訪ねて、庭師の仕事を学びたいので弟子にしてほしいと申し入れていた。

 五月雨は快諾してくれたので、最近は庭師の見習いをしている。

 「ありがとうございます。僕はもともと植物を育てるのは好きですから。五月雨さんが筋が良いと言ってくれるのはすごく嬉しいです。」



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