清明六 祝宴
万吉が無事に帰ってきて、獣人を狙った誘拐団の一味もすべて捕まったと聞き、師匠はとても嬉しそうだった。
「これで一件落着だね。一時はどうなるかと思ったけどねえ。」
「皆様のおかげで無事に戻ってくることができました。特に承の助さんは、私たちの捕まった場所を見つけて下さったと聞きました。本当にありがとうございます。」
万吉は鈴木に丁寧にお礼を言った。
「承の助、今回は本当に貴方に助けられた。私からも御礼を言わせてほしい。」
お佳さんも鈴木に頭を下げた。
「どうかお二人とも頭を上げてください。万吉さんが捕まったのは、もともとお佳さんが私を助けてくれたときに獣人だと明かしたことが原因のようです。むしろ万吉さんとお佳さんに迷惑をかけたお詫びをしなきゃいけないと思ってました。」
鈴木は恐縮した。
「それに、僕自身は何もしていません。万吉さんたちを見つけ出してくれたのは精霊ですし、護民官にすぐに報告できたのも精霊のお陰です。僕はただ精霊の力を借りただけです。」
「何言ってんだい。そんなことを言ったら精霊師はみんな役立たずじゃないか。精霊の力を借りるのは誰でもできることじゃないんだ。精霊の力を借りられるってのは大したことなんだよ。」
師匠は鈴木の背中をぽんと叩いた。
「ほら、胸を張りな。あんたは立派なことをしたんだ。」
「そうでしょうか。」
「てゅーすけ、まんちきたしゅけた。えらい。」
めいちゃんも褒めてくれた。
「さて、今夜はお祝いだね。若松さんに電話しないと。承の助、疲れてるところ悪いけど、座布団と長机を出すのを手伝っとくれ。」
師匠の声に応えて鈴木は動き出した。
「若松」さんというのは仕出しも引き受ける料理屋で、守恒家が贔屓にしているようだ。
電話してしばらくすると、いかにも板前修業中といった雰囲気の若者が、料理を盛る器と受け取りに訪ねてきた。
師匠は「急に頼んで悪いね。あるもので構わないからって大将に伝えとくれ」と言って、重箱や大皿を風呂敷に包んで竹籠にまとめておいたものを渡す。
守恒さんによると、このあたりでは日常の社交も冠婚葬祭も自宅が中心で、料理屋に仕出しを頼んだり、饅頭屋に引き出物の調製を頼むのも特別なことではないらしい。
どの家も懐に応じた贔屓の店があり、店のほうも味の好みや手持ちの器、家族構成や交際範囲を熟知していて、阿吽の呼吸でことが運ぶという。
卓の上に御馳走が並んだ。稲荷寿司に手鞠寿司、桜鯛の塩焼き、たっぷりと木の芽を乗せた若竹煮、豆腐や蓬麩の田楽、山菜の天ぷらもある。
和食の他に、ほかほかに茹でたソーセージもあった。この世界の日本は鎖国をせずに貿易立国なだけはあるなあと鈴木は感心した。
師匠の家には警護隊の隊員も集まり、賑やかになっていた。
食堂と稽古場の間の襖は外されて大広間になっている。
「みんな、お酒を持ったかい。それじゃあ万吉君の無事を祝って、乾杯!」
役所から戻ってきた守恒さんが乾杯の音頭を取り、祝宴が始まった。
「いや、しかし人は見かけによらないなあ。最初に会ったときは頼りなさそうな兄ちゃんに見えたけど。大活躍だったな。」
鈴木に寄ってきた護民官は重そうな陶製のジョッキを持っていた。田園風景の浮き彫りになった大きなジョッキは舶来の品らしい。
「それにしても精霊の助けを得たとはねえ。今もいらっしゃるのかい。」
「はい、もう暫く側にいてくれるらしいです。」
鈴木が答えると、護民官は居住まいを正して空中に向き直った。
「この度は、うちの者を助けて頂き、誠に有難うございました。」
そのとき、木蓮は鈴木を挟んで護民官の反対側の宙に浮かんでいたが、穏やかに微笑んだ。
「ふふ、あなたの周りには良い人たちが多いようですね。」
「ええ、お陰様で。この世界に来てからは良いご縁に恵まれています。」
鈴木は頭の中に言葉を浮かべた。
口に出さなくても木蓮に伝わることが分かったので、他の人に怪訝に思われないよう、喋らないようにしていた。
しばらくすると、鈴木のもとにはお佳さんと万吉が改めて御礼を言いに来てくれた。
さらに警護隊の隊員たちもやってきて「お前さん、やるじゃないか」などと褒めてくれていた。
こんなに多くの人に褒めてもらったのは初めてだ。鈴木は戸惑いながら、人の役に立てるのは嬉しいものだと感慨にふけった。
「それじゃあ、そろそろ何か唄おうかねえ。」
師匠は三味線を取るために立ち上がった。
師匠の三味線にあわせてみんなが歌ったり踊ったりし始めた。
だが、神社で鈴木の覚醒を促した者は、その様子を見ても沈んだ様子だった。
「今は喜んでくれて良いわ。でも、これで終わりじゃない、これは始まり。いずれ、もっと大きな渦に貴方たちは巻き込まれる。」




