清明五 獣人たちの救出
雑木林を夕日が照らす中、万吉たちの捕らわれた小屋の周りを警備隊が包囲していた。そのすぐ後ろにはお佳さんの姿もあった。
鈴木は、腕が立つわけでもないので前に出ないように言われ、少し離れたところから様子を見ている。その側には青葉もいる。
警護隊長がこちらを見て、何か手で合図をしてきた。
「よし、みんな準備ができたようだな。」
小さくつぶやくと護民官は手を振り下ろした。
それを合図に、警護隊員たちは小屋に突入していった。
「何だ、お前らは。」
大柄な警備隊員が小屋の扉を体当たりでこじ開けると、柄の悪い男の一人が怒鳴った。
その隣をすり抜け、先頭を切って小屋に飛び込んだのは、警備隊員を追い越したお佳さんだった。
獣人ならではのしなやかな動きで加速したお佳さんは、隣りの部屋の扉に手をかけた男の後頭部を槍の石突で突き倒した。
お佳さんは人攫いたちが獣人を人質にして警備隊員の動きを封じるのを恐れていた。もし人質に刀を突き付けられたら、人命を優先する警備隊は動きを封じられてしまう。
だから、警備隊員の後ろにいるように言われていたのに最初に小屋に飛び込んだのだった。
石突で突いた後、お佳さんは槍の穂先を擦り上げ、後ろから切りかかってきた別の男の刀を受け止めた。
「ほう、やるじゃないか姉ちゃん。」
獣人を人質にしようとした男は倒れたが、残りの2人はそれなりの手練れらしかった。小屋の狭さを利用して入口を一人が守り、一人がお佳さんに切りかかってきたのだった。
人数差はあったが、もうじき人攫いの本隊が戻ってくるはずだったので、それまで凌げば、挟み撃ちにして形勢を逆転できると男たちは考えた。
小屋の入口に立ちはだかった男は、取り囲む隊員たちを刀で牽制しながら言った。
「どうしたどうした、お前らは人を斬る覚悟がねえだろう。そんなんじゃ俺たちを捕まれられないぜ。」
警備隊員たちは職業柄、なるべく怪我をさせずに捕えようとする。三人だけでも時間を稼げるという見通しは、それほどおかしなものではなかった。
だが、お佳さんの動きは男の予想を上回った。
対峙した男が上段から振り下ろす刀を体捌きでかわすと、お佳さんは石突で男の鳩尾を突いた。
「その程度の動きなら、石突でも十分だよ。」
男は呻きながら刀を落とし、くず折れた。
獣人ならではのしなやかな動きに、警備隊員から歓声が上がる。
しかし、お佳さんは悔しそうな顔で動きを止めた。
「そこまでだ。手を上げな。」
入口を固めていた男は、懐から銃を取り出した。
「鈴木さん、小屋の中で何かまずいことが起きている気がします。私は予知夢のほかに直感が働くこともあるんです。」
青葉は鈴木の袖を引いた。
「え、まずいことですか。」
驚いた鈴木に、背後から木蓮の声が聞こえた。
「そうですね。どうやら悪漢の一人が銃を持っていたようです。このままでは困りますので、無力化しましょうか。」
「は、はい、お願いします。木蓮さん」
木蓮の緑色の瞳が輝くと、銃を持った男の下の床が抜けた。
突然床が抜けたことに驚いた男が手放した銃をお佳さんが蹴飛ばすと、小屋の入口から警護隊員たちが続々と入り、男たちを取り押さえた。
やがて小屋の中が静かになり、入口から警護隊長が顔を見せた。
「片付いたようだね。よし、僕らも行こうか。」
護民官に声をかけられ、鈴木たちも小屋に向かった。
青葉は首を捻りながら、ぶつぶつ呟いていた。
「さっき鈴木さんは木蓮さんと言ったような。聞き間違いでしょうか。まさか大精霊が顕現するなんてことは無いですよね。」
「良かった。本当に無事で良かった。」
小屋の中では、お佳さんが万吉を抱き締めていた。
「姉さん、心配をかけてすみません。」
その近くでは青葉が、飛びついてきた小さな女の子の頭を撫でていた。
「ごめんね、助けに来るのが遅くなって。でも、もう大丈夫だから。」
「捕まってた獣人たちが、みんな無事で良かった。お佳も万吉も良かったな。」
護民官も嬉しそうだった。
しかし警護隊員たちに振り替えると、厳しい目を向けた。
「いくら獣人の動きが速いといっても、付いていけなくて周りをただ囲んでるとは、どういうことだ。」
体当たりで扉を開けた警護隊長も、隊員たちを叱った。
「まったく面目ない。守恒の旦那の言うとおりだ。いいかお前ら、明日から猛稽古だ。」
「おや、これは。」
鈴木たちを見守っていた木蓮は、雑木林に怪しい風体の男たちが入ってきたのに気づいた。
「どうやら人攫いの一味のようですね。今、この小屋に来てもらっては困ります。」
木蓮がふうっと息を吐くと、雑木林が一瞬、揺らいで見えた。
「しばらく樹木の迷路で遊んでいてもらいましょうか。」
しばらくしてお佳さんも落ち着き、雀の獣人の女の子も泣き止んだ。
「みんな落ち着いたかい。さあ、こんなところに長居は無用だ。まだ悪党の一味は他にもいるだろう。そいつらが戻ってくる前にここを離れよう。」
護民官が声をかけて、みんなは町に向けて歩き出した。
その後、日が沈む頃に戻ってきた誘拐団の残りの連中も、待ち伏せていた警察に捕まったという知らせを護民官は聞いた。
不思議なことに捕まった男たちは雑木林の中で道に迷い、数時間も抜けられなかったと口を揃えて言ったようだった。
「昼間から酒でも飲んでいたんじゃないか、間抜けな悪党どもだ」と警察官たちは笑っていたが、護民官は笑えなかった。
どうやら危ないところを精霊に助けてもらったらしい。焦って少人数で突っ込んだのはまずかったようだ。
しかし、単なるゴロツキが高価な銃を持っているとは思えない。大物が背後にいるのかもしれないと護民官は思った。




