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清明二 覚醒

 あてもなく歩くうち、いつの間にか鈴木は、この世界に転移した神社の前にいた。

 神社の周りには鎮守の森が広がり、樹齢の古そうな大樹が何本もあり、神秘的な雰囲気が漂っていた。

困ったときの神頼みというが、自分のような役立たずの願いは神様も聞いてくれないかなと鈴木は思ったが、 それでもお祈りしたほうが良いような気がした。

 この世界に来てから初めて、鈴木は神社の鳥居をくぐる。

 「どうか万吉さんが無事に帰ってきますように。」

 鈴木が祈りを捧げると、脳裏に声が響いた。

 「ようやく来たわね。まったく、いつになったら来るのかと思ったわよ。」

 それは、もとの世界の桜並木で聞いた声だった。

 「あなたは一体、」

 「私が何者かなんて、今はどうでも良いでしょ。それより、貴方はさらわれた獣人を助けたいのね。」

 「はい。でも僕には何もできなくて。」

 鈴木は唇を噛み締めた。

 「確かに今の貴方は無力かもしれない。でも、この世界では貴方にしかできないことがあるのよ。」

 「本当ですか?」

「本当よ。植物を愛し、自然を大切にしてきた貴方にならできることがある。少し目を瞑っていてね。今、閉ざされていた扉を開くわ。」

 言われたとおりに目を瞑ると、不思議な感触が鈴木の体を通り抜けた。

 やがて丹田のあたりが温かくなり、何かが体中を巡っていった。


 「さあ、目を開けてみて。」

 鈴木が目を開くと、世界は一変していた。

 溢れるような色彩が視界を埋め尽くす。

 境内の木々の周りには緑色のものが浮かび、地面には茶色いものが転がっている。手水鉢のあたりには水色のものがいる。

 見たことのない透明で美しい何かが世界に充ちていて、鈴木は圧倒された。

 そして、それらのものは喋っていた。

 「ようやく気付いたようだよ。」

 「ずっと見えないままじゃないかと思ったわ。」

 「凄い霊力の量。それにとても温かい霊気で心地よいね。」

 鈴木は呆気にとられた。世界がこんな色鮮やかで賑やかだなんて、まったく知らなかった。

 不思議なものたちは笑いさざめき、まるで踊っているように動き回る。

鈴木の肩や腕の上に乗ったり、足に纏わりついたり。だが頭の上に乗られても不思議と重さを感じない。

 「ふふ、見えるようになったみたいね。驚いたでしょう。この子たちは名の無い小さい精霊たち。」

 何者かの声は嬉しそうだった。

 「この世界には精霊たちが溢れている。あなたのいた世界の自然は弱ってしまったけれど、この世界では生気に満ちているわ。」

 「そして人々が自然を尊重する気持ちを持っていれば、精霊たちはその願いに応えるの。自然を愛している貴方は、精霊たちにとって好ましい存在よ。これまでにも、精霊の存在を感じたことがあったんじゃないかしら。」

 そうか、町をとぼとぼ歩いているときや三味線を弾いたときに感じた気配は精霊のものだったのかと鈴木は思った。

 姿を見せない何者かは、楽しそうな声で話した後に不満そうな調子に変わった。

 「だから貴方に、この世界に来てもらったのよ。それなのに貴方ときたら、全然神社に来てくれないんだから。何のためにここに来てもらったと思ってるのかしら。まったく、作者も忘れてるんじゃないかと思ったわ。」

 最後の発言は意味不明だったが、生真面目な鈴木はともかく謝った。

 「すみません。神社にお参りをしなくて。」

 「ふふ、いいのよ。結局来てくれたんだし。さあ、貴方の願いを言ってみて。きっと精霊たちは力を貸してくれるわ。」

 目を閉じて、鈴木は心から願った。

 万吉さんが無事に帰ってきますように。万吉さんは猫の獣人で、僕を助けるためにお佳さんが犬の獣人だと明かしたことで悪い奴らに目をつけられ、攫われてしまったみたいです。

 自分のせいで誰かが不幸になるのに、僕は無力で何もできないのが悔しい。どうか力を貸してください。僕は万吉さんを助けたい。


 しばらくすると何か大きな気配がして、涼やかな声が聞こえた。

 「それでは私が導きましょう。」

 鈴木が目を開けると、美しい女性が宙に浮かんでいた。

 その女性は、深い緑色の瞳をしていた。その緑色を引き立てるような木槿色と紅の衣をまとい、その上に緑の濃淡の裙、肩にゆったりとかけた薄い領巾ひれは、風もないのに柔らかくたなびいている。

 その姿は華やかでありながら、同時に気高さを感じさせた。

 「まあ、始樹の直系の木蓮ね。あなたのような大精霊が出てくるなんて。名のある精霊くらいは来てくれるかと思ったけど、木の精霊の頂点に立つ大精霊の貴女が来るとは。やはり彼はこの世界にふさわしい。私の目に狂いはなかったわ。」


 「はじめまして、鈴木さん。私の名は木蓮。精霊の祖たる始まりの樹の一枝です。」

 周囲に浮かんでいる不定形の精霊とは違い、木蓮には強烈な存在感があり、秘められた力の大きさが感じられた。

 そして美しいかんばせに喜色をたたえ、鈴木に微笑んだ。

 「鈴木さんは自然をとても愛しているのですね。貴方の霊力はとても温かい。それに何という溢れるような霊力の量でしょう。私は膨大な量の霊力に驚いて、この神社に来たのです。貴方がこの世界に来てくださったことを歓迎します。」


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