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清明一 失踪事件

 やがて季節は移り、博多の町も本格的な春を迎え、うららかな日差しが注ぐようになった。二十四節気の清明になったと、鈴木は周囲の人に教えてもらった。前の世界では季節の変化をあまり意識しなかったが、自然の残るこの世界では、人々は季節の変化を身近に感じている。


 ある朝のこと。日差しはのどかだったが、お佳さんは血相を変えて師匠の家に走り込んできた。

 「万吉を見ませんでしたか。昨日から家に戻ってこないんです。」

 万吉はお佳さんと一緒に異世界から転移してきた猫の獣人で、元の世界では近所に住んでいた縁もあり、お佳さんは弟のように可愛がっていた。

 二人は師匠の家の近くに隣り合った部屋を借りている。子どもなのに律儀な万吉は、学校から帰ったらお佳さんに挨拶をしていたらしい。しかし昨日は挨拶に来ず、不審に思ったお佳さんが夜になってから合鍵で万吉の部屋に入ったが、姿がなかったらしい。

 「いや、うちにも来てないよ。どうしたんだろうねえ、夜遊びするような子じゃないのにねえ」

 困惑した様子で師匠が答えると、お佳さんはさらに心配そうになった。

 「どうしよう。もしかすると、誰かに連れて行かれたんじゃ。」

 「確かに心配だねえ。うちの人は異世界人の保護を仕事にしているから、何か知ってるかもしれないよ。」

 「それじゃあ、役所に行って守恒さんに相談してきます。」

 お佳さんは飛び出していった。


 お昼時になり、昼食のために帰宅した護民官は難しい顔をしていた。

 「実は最近、獣人の失踪が相次いでいるんだよ。どうやら獣人だけを狙った誘拐団がこの街に入り込んでるらしい。」

 「獣人狙いっていうと、あれかい。異国に売り飛ばすっていう奴らのことかい。」

 「ああ。異国には獣人に人権を認めないところもある。日本では人身売買は禁じられているんだが、国外に連れ出されちまうと守りようがない。」

 護民官は悔しそうに言い、師匠も顔をしかめた。

 近くで話を聞くともなく聞いていた鈴木は、異世界人に優しいこの世界にも差別はあるんだなと思った。

 万吉は礼儀正しい少年で、鈴木にも元気よく挨拶してくれていたので、無事だといいなと思った。

 「お佳には、怪しい連中もいるから、しばらく被り物をしているように言ってるんだ。ただ、たまに外してしまうことがあるんだよ。それで目を付けられて、近くに住んでる万吉が攫われたのかもしれない。」

 鈴木は愕然とした。じゃあ自分を助けるためにお佳さんが被り物を外したせいで、万吉は攫われたのかもしれないのか。

 頭の中が真っ白になった鈴木は、ふらふらと外に出た。

 庭師の見習いをするようになって、ここでやっていけそうだと思い始めていた鈴木だが、自分を助けたせいでお佳さんや万吉に迷惑がかかっていると思うと、ネガティブな思考が渦巻いた。

 やっぱり僕は役立たずなんだ。師匠は役に立たなくて良いと言ってくれたし、この世界は優しい。

 でも、迷惑をかけるくらいなら僕はいなくなったほうがいい。どこにも僕の居場所なんてないんだ。


 その頃、万吉は知らない小屋に閉じ込められていた。

 前日の夜、自分の部屋で眠っていたら誰かが忍び込んできた。万吉はすぐに目を覚ましたのだが、顔に布を押し付けられると、意識を失ってしまった。

 意識が戻ったら、狭い部屋の中にいた。その部屋に窓はなく、隣の部屋にいる男たちは刀や槍を持っていた。そして隣の部屋との扉が開くのは、粗末な食事が入れられるときだけだった。

 小屋の中には攫われた獣人たちがいて、その中には、まだ小さい雀の獣人の女の子もいた。みんなが不安そうな顔をしていて、ついに女の子は泣き出してしまった。

 「うう、怖いよう、お家に帰して。」

 「うるさい、静かにしやがれ。黙らないと殴るぞ。」

 柄の悪い男が顔を出して、怒鳴りつけた。

 「ひっ。」

 女の子は怯えて、ガタガタと震え出した。

 「大丈夫だよ。きっと助けが来るから。」

 万吉は女の子の傍に行って囁き、手を握ってあげた。

 「何だ、お前はガキなのに女たらしなのか。はは、まあいい。静かにしてるんなら何でもいい。余計な手をかけさせるんじゃねえぞ。」

 男は嘲るように笑うと、隣の部屋に戻っていった。


 しばらく万吉が女の子の背中をとんとんしてあげていると、やがて疲れたのか眠ってしまった。

 「可哀そうに。これがトラウマにならないといいけど。」

 万吉がつぶやくと、周囲にいた大人の獣人たちはつらそうな顔をした。

 万吉は一人考え込んだ。実は獣化という特技がある彼は、猫に変身して気配を消すことができた。気配を消し、食事が差し入れられるために扉が開くのを待てば、おそらく逃げ出せる。

 だが万吉が逃げ出したことに気付くと、残った獣人たちはもっと酷い目にあうかもしれない。そう思うと、万吉は行動に移すことができなかった。

 今頃、お佳姉さんは心配してるだろうなあ。この世界に来てからもお世話になってばかりなのに。でもこの子たちを置いて僕だけ逃げるのは嫌だ。どうすればいいんだろう。

 万吉は悩み、答えを見つけられなかった。



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