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春分九 通り名と庭師

 この世界で自分ができる仕事は、いったい何があるだろう。

 夕食後に一息入れている守恒さんをつかまえて、鈴木は相談に乗ってもらった。

 「君は何か好きなものはあるかい」と聞かれ、植物が好きだと答えたところ、庭師の仕事の見学を勧められた。

 植物観察は趣味だし、体格は良いほうなので、土や植物に触れる仕事は良いかもしれないと鈴木自身も思った。

 「それじゃあ明日、電話してみると良いよ。」

 守恒さんは鈴木の肩をたたいて励ましてくれた。

 「まあ、あんまり思い詰めないことだ。自分のできることを頑張っていれば、いずれ道は開けるもんさ。」

 師匠も「そうだよ」と言ってくれたが、急に何かを思い出したようにポンと手を打った。

 「ああそうだ、通り名を決めなくちゃ。」

 「えっ、通り名ですか?」

 芸能人や作家でもないのに通り名とはどういうことかといぶかしむ鈴木に、師匠は説明してくれた。

 「あんたのいた世界ではどうか知らないけどね。この世界では真名まなは家族でもない限り教えないんだよ。その代わりに普段使っているのが通り名さ。うちの守恒っていうのも通り名でね、この人の生まれた場所の名前さ。」

 「そうだね。確かに通り名は必要だね。お佳ちゃんの佳杏けいあんという名前も通り名だよ。鈴木君にはどんな名前が良いかなあ。」

 守恒さんも腕を組んで考え始めた。やはり通り名は必要みたいだ。

 そういえば、もとの世界でも明治維新までは本名は滅多に名乗るものではなく、通り名が使われていた。某有名歴史SLGゲームにも本名モードと通称モードがあったことを鈴木は思い出した。聞き慣れてる武将の名前は通称のほうだったが、あれが通り名なのか。

 「あんた、何か好きな名前とかあるかい?」

 「急に言われても…。これまで考えたことも無かったので。」

 「それもそうだねえ。そうだ、承のつぐのすけなんてどうだい。自分の存在を承認してもらえる何かを探してるんだから、承の字をとって承の助さ。」

 「承の助ですか?」

 さすがに承認してほしいから承の字というのはどうなんだろう。

 「てゅーすけ、てゅーすけ。」

 横で聞いていためいちゃんが嬉しそうに繰り返した。

 これまで鈴木に興味を示さなかっためいちゃんが反応したので、鈴木は驚いた。

考え込んだ鈴木に守恒さんが話しかけた。

「通り名は後で変えることもできるよ。めいも気に入ったみたいだし、取り敢えず承の助にしてみたらどうだい。承は受け継ぐという意味もあるし、悪い名前じゃないと思うよ。」

 そういえば昔の偉い人に漢字は違うけど同じ音の継之助という人もいた。

 「はい、それじゃあ僕の通り名は承の助にします。」

 「これからあんたは承の助だね。あたしが名付け親ってのも悪くないね。」

 師匠は何だか嬉しそうだった。


 翌日、鈴木は黒電話を借りて、守恒さんに紹介してもらった庭師にアポイントを取った。庭師はときどき見学者を受け入れているらしく、二つ返事で鈴木の見学を了解してくれた。

驚いたことに庭師は外国人らしかった。守恒さんは、外国人のほうが異世界人の鈴木の状況に理解があるだろうと考えてくれたらしい。

 庭師には古いお寺で会うことになった。その寺の庭の管理を庭師が任されていて、仕事の合間に会ってくれるようだった。

 新芽の香る坂道を上り、さらに石段を上り、目指すお寺に着く頃には鈴木は汗ばんでいた。

 境内に入ると、「お御籤おみくじ」と看板のかかった寺務所があった。寺務所のお坊さんに事情を説明すると、穏やかな笑顔を向けてくれた。

 「鈴木さんですね。最上さんから伺っていますよ。どうぞこちらへ。」

 お坊さんは鈴木を方丈に案内してくれた。

 方丈からは石庭が見える。鈴木の知っている枯山水とそっくりだった。

 お坊さんは、品のいい染付の茶碗と茶菓が二人分載った盆を持ってきてくれた。

 「そろそろ最上さんもこちらに来られると思いますよ。」


 「やあ、君が鈴木君かい。」

 しばらくして、やってきた庭師が声をかけてくれた。

 その顔を見ると、金髪碧眼だった。外国人とは聞いていたが、西洋人が和風庭園の庭師とは思わず、鈴木は固まった。

 「こんな髪の色と目の色の人間が庭師とは、驚いたかい。」

 「あっ、すみません。ちょっと驚いてしまいまして。護民官の守恒さんにご紹介頂いた鈴木と申します。承の助とお呼びください。」

 鈴木は慌てて誤ったが、庭師は気にしていない様子で、爽やかに笑った。

 「はは、驚くのも無理もないさ。こんな見た目の庭師はいないからね。僕は日本の庭に魅せられて移住してきたんだ。」

 「ところで、承の助というのは通り名かい。守恒さんからは、この世界に来たばかりと聞いたけど。もう通り名を考えているのは偉いね。僕は、最初はすごく戸惑ったよ。」

 庭師は五月雨と名乗り(日本に来てから考えた名前らしい)、通り名は金剛だと教えてくれた。筋肉がすごいから金剛力士像みたいだと、友人たちが勧めたようだった。金剛さんは恥ずかしいと言ったが、確かに凄い筋肉だった。

 ちなみにお坊さんが言っていた「最上」というのは屋号だそうだ。和歌にちなんだそうで、外国人なのに日本文化に詳しいなと鈴木は感心した。

「庭師の仕事を見学したいんだったね。どうだい、この庭は素晴らしいだろう。西洋の庭は幾何学模様にしたり、自然を捻じ伏せようとしている。日本の庭は自然の良さを活かしている。僕には日本の庭のほうが美しいと思えるんだ。」

 「同感です。無理に剪定をした木は窮屈そうで、元気がありません。自然な枝振りを残したほうが木も嬉しいんじゃないかと思います。」

 「おお、君は分かってるね。」

 金剛さんと鈴木は植物の話で盛り上がった。


 その頃、桜並木で鈴木が聞いた声の主は、鈴木と金剛さんが盛り上がっている様子に怒っていた。

 「ちょっとちょっと、庭師になってどうするのよ。何のためにこの世界に来てもらったと思ってるのよ。」

 鈴木は、この世界に来た理由をまだ知らない。

 しかし、そのきっかけになる事件が起きようとしていた。

 


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