プロローグ
あれは、もとの世界にいた頃のことだ。
あの頃の僕は、自分が何の役にも立たないと思っていた。
別に自分が一番になりたいとか思っていた訳じゃない。
ただ、自分にも存在価値があると思いたかった。
ちょうど大学の卒業式が間近に迫っていた頃だった。
人口は減少して市場が縮小していたところに、地球温暖化の影響で洪水や干ばつが頻発し、不景気は深刻になっていた。
企業は生き残りのために人件費を削るべく新規採用を絞り込み、就活は茨の道と化した。
それでも要領の良い友人たちは内定をとってくるが、いくつもの会社からお祈りメールをもらって、心が凍り付いていた。
「ふーん、そんなふうに悩んでいたんだ。」
回想していた青年の隣から、不思議そうな声が聞こえる。面白がるような少女の声だ。
「うん、誰からも必要とされない役立たずだと思っていたんだ。」
「貴方のような力のある者が役に立たない存在ですか。それはまた驚くべき話ですな。」
別の声が聞こえた。今度は渋い老人の声だ。
青年は苦笑しながら答えた。
「本当ですよ。あの頃の僕は本当に無力でした。今も、そんなに自信はありませんけど。」
「あはは、まあ、お兄さんが自信まんまんになっても、みんな驚くだろうけどね。」
少女の声は、今度は僕の頭の上から聞こえた。
ありがたいことに、僕はこの世界に居場所を見つけることができた。
別に役に立たなくても、ここにいていいんだと言ってくれた人がいる。
もとの世界じゃ着たことのなかった着物にも慣れて、下駄で歩くのも少しは上手くなった。
あまり上手くはないけど、三味線の稽古も続けている。
人生は何があるか本当に分からない。
何かきっかけがあれば、意外と人は変われるようだ。