希望とはなんぞや
俺が、このパスタ屋にご厄介になり数か月経ち、2人とも、だんだん本当の家族のように、打ち解け合えるようになっていた。
「なあ、ミラちょっといいか。」
アルジャーノが物憂げな表情で話しかけてきた。
いつもの明るさがないため、普段と違う事は明らかであった。
「なんだよ、アルジャーノ、いきなり。まあ暇だからいいけど。」
「じゃあ、あそこに見えるみかんの木、あの下に行こう。」
アルジャーノは、家の窓からみかんの木を指さした。
「ああ、行こう。」
俺は、その誘いに応じた。
しかし、少しの不安が拭えなかった。
みかんの木はこのパスタ屋の庭にたたずんでいるこの家の象徴みたいなものだ。
「これは“希望の木”と2人で呼んでいるんだ。昔から俺たちを雨の日も、風の日も、どんなん時も、ずっと優しく見守ってくれているんだ。苦しくてたまらない時とかにこれを見ると、なんだか力を貸してくれる気がするんだ。」
「へえ、いい木じゃないか。俺も“希望の木”と呼んでいいか。」
「もちろんだ。」
希望の木を見たおかげか、兄は少し元気を取り戻したかのようだったが、すぐに先ほどのような状態に戻った。
「あのさ、ミラ、俺はお前の事を家族の一員であると思っている。」
ストレートにそんなことを言われたことがなかったため、少し照れ臭かった。
「そこで、お前に話しておきたいことがある。この家の事情についてだ。以前、鬼が妹を攻撃してきたことがあっただろう?あれは、この家に隠されているあるものが原因かもしれない。」
「えっ、、、」
「この先、お前をまた鬼との戦闘に、巻き込んでしまうかもしれない。家に泊めるといった時はこれほど仲良くなるとは思ってなかったんだ。だから、数日たったらお前が家を出ていくと勝手に思っていた。でも、今では、家族だ。だから傷ついてほしくない死んでほしくない。そう思っているからこそ、この家を出て行ってもらいたい。」
アルジャーノは、涙交じりに、声を震わしながら話す。
「そっそんなこと…できるわけ……ないじゃないか…」
俺は、手に力を込めて、普段よりも大きな声で返答した。
「この家で、人生で2回目の家族ができたんだ。もう一度、家族がいなくなったら、俺はもう、冷静ではいられなくなる。何かあったときは、俺も一緒に戦うよ。」
手の力をさらに強く握り、俺は、決心した。
「…分かった。鬼が来たら供に戦おう。俺たちは親友を超えた、家族だ。」
お互い数秒間見つめ合い、手をグーとグーでぶつけ合った。
この出来事により、俺とアルジャーノの信頼度はさらに上昇した。
「今日は楽しみだね。ミラと2人で、お買い物は初めてだね。」
アカリは、イキイキと飛び跳ねながら、俺の隣を歩く。
その気分に乗せられ、俺も楽しい気持ちになった。
「服屋、服屋に行こう。最近洋服を買っていくなくて、着れる服のレパートリーが少なくて、困っていたの。」
「ああそうだな。でも買いすぎるなよ。」
「分かってるてば、ミラは心配性なんやね。」
無邪気な表情で、答えてくるため、俺はただ頬を赤らめることしかできなかった。
「あっあそこ。私のお気に入りのお店なの。いこっ。」
俺はアカリに手を強く引っ張られた。
アカリの手は、柔らかくしっとりとしていた。
「あっこの服最近流行ってるやつ。このワンピースすごくかわいい。」
俺は、どれを見ても同じに見えた。
違うといえば、色ぐらいなら分かった。
だから、アカリのこれどう?という質問はすべて、いいじゃんと、適当にあしらった。
「ねえ、これどう。私に似合うかな?」
「うん、いいと思うぞ。」
「ねえミラ、さっきから同じ言葉ばかり、本当にちゃんと見てる?」
アカリは、上目遣いで見つめてきた。
それを見て、俺は少し目線を別の場所に変えた。
「もういい、これにする。着替えてくるから、ミラはここで待ってて。」
アカリは、あきれたかのような表情でため息をつき、試着室へと向かった。
「いいって言うまで覗かないでね。」
「はいはい。」
俺は、アカリの言葉を軽くあしらった。
数分が経ったが、一向にアカリは試着室から出てこない。
「ミラー、着替えたよ。カーテン開けていいよ。」
突然元気の良い声が店中に響き渡った。
俺は、恥ずかしさからか、小走りにアカリの元へ行きカーテンを開いた。
「あれっ早くない?どうしたの、私の服が気になって仕方なかったんじゃない?」
アカリは、小悪魔のようなささやきをしてきた。
「へいへい、気になりましたよ。おっ!」
今回も軽くあしらおうと考えていたが、すぐにその考えは消えて無くなった。
白いワンピースに身を包んだ彼女の姿は、まるで天使であるかのようだった。
思わず言葉を失ってしまったが、逆に、この状況に言葉を失わないでいられる人はいるだろうか、いや誰もいない。
「かっ、かわいい。」
とっさに思ったことが、口に出てしまった。
気づいたときには、もう彼女の耳に届いていた。
「そんな、恥じらいをもって言わないで、なんかこっちも恥ずかしくなってくる。」
その後数分間、お互い気まずい時間が続いた。
「そっ、そろそろ行くか。」
「うっ、うんそうね。」
俺たちは、きまり悪そうな表情で、店を後にした。
「今度は、どこ行こうか。お腹空いたし、近くの店で飯でも食うか?」
「うん、そうしよう。私、ミラにおススメしたいお店があるんだ。」
「ここよ、私が行きたかったお店。」
「へえここか、でもなんだか随分古びた外観だなあ。」
「こんな感じだけど、料理はすごくおいしいんだよ。私のお気に入りは、ハンバーグだよ。割ると、肉汁がじゅわーとなって、食べると肉のうまみが口中にぶわーと広がるんだよ。」
擬音ばかりで話が全く入ってこなかったが、この店のハンバーグはとてもおいしいという事が伝わった。
「じゃあ、俺はそのハンバーグを頼むことにするよ。」
「うん。」
「いらっしゃいませ、空いている席へどうぞ。」
店員の高らかな声が、店中に響き渡る。
俺たちは、席に座り、店員を呼び出す。
「すみません。このハンバーグを2つお願いします。」
「ハイかしこまりました。ハンバーグ2つ、いただきました。」
店員は厨房に振り返り、大声を上げた。
「楽しみやねー」
無邪気に話しながら、料理が来るのを待ち望んでいるようであった。
「お待たせしました。ハンバーグ2つになります。このデミグラスソースをかけて食べるとさらにおいしくなりますので、是非ご利用ください。では失礼致します。」
元気いっぱいに、軽い足取りで、こちらのテーブルから厨房へと帰っていった。
「いただきます。うっっ」
一口食してみると、唖然とした。
今まで食べてみた事の無い味であった。
アカリのさっきの擬音の説明を理解した気がした。
はじめは何を言っているんだ、この人は状態であったが、逆によく的確に説明できたなという感じになった。
「うまい、うまいよ、アカリ。」
「でしょ、一度食べたら病みつきになるでしょ。私、昔、家族みんなで、ここによく足を運んでたの。いっつもハンバーグを食べて、たわいのない話をして盛り上がってたんだから。」
「そういえば、アカリの母や父を見てないんだけど、どこにいるの?」
「…親は鬼に殺されたの。しかも私たちをかばって…」
アカリは少し視線をテーブルに落とし、小さな声で、そうつぶやいた。
俺は、聞くべきことではないことを聞いてしまい、深く後悔した。
「…ごめん」
「…いいの、でもこの話はもうやめよ。せっかく2人で遊んでるんだし。」
アカリは少し、目に少し涙をため、ハンバーグを口の中に入れた。
「そうだな」
俺もそれにつられて、ハンバーグを口の中に入れた。
「ふう、お腹いっぱい。もう食べられない。食事もできたし、そろそろ家に帰ろ。」
「ああ」
今日は、感情が揺れ動く、壮絶な一日だった。
…でも、楽しかった。
また、2人で買い物をしたい、そう感じた。
何はともあれ、充実した一日であったことは、間違いない。
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