第二十八話 呼ぶ声
第十二話の朝?と、十四話あたりのリアム目線
朝、甘い香りと温もりを腕の中に感じて目を開けた。
眠っているリナを腕に抱いている夢か…
なんてリアルな夢だろう。どうせ醒める夢なら堪能してやろうと腕の中の彼女を抱き寄せて香りを吸い込んだ。
「ん…」
腕の中のリナが身じろいで、鼻にかかった声を出した。
香りも体温も声も妙にリアルで急激に意識が浮上して腕の中を恐る恐る覗き込んだ。
そこには本当に彼女が小さな寝息を立てて眠っていた。
昨夜は獣化で感覚が鋭くて眠れなかったが、いつの間にか獣化を解いて彼女を腕に抱いたまま寝てしまったようだ。
他人が近くにいて寝たことにも驚いたが、随分と熟睡したことに唖然として、未だ寝息を立てる彼女を見下ろした。
彼女を起こさないように慎重に腕を解いて寝台からそっと出る。
少し身震いして小さく丸まった彼女だが、あどけない寝顔でまた寝息を立てたことにホッと一息つく。彼女にシーツをそっと掛けて部屋を出た。
ふとした瞬間に彼女の香りがして、まだ腕の中に彼女がいるような錯覚がする。密着して寝たせいか香りが濃厚に移ったようだった。漂う甘い香りに落ち着かないが、心地の良いむず痒さを胸に感じた。
朝、エレーヌになんて顔で言われるか…
「ちょっと?!無理矢理じゃないでむぐぅ!」
「黙ってろ。誤解だ」
会って早々、何事かを喚くエレーヌの口を手で塞いだ。
「昨日は落ち込んでいると思ったから心配したけど、その必要はなかったのね。大丈夫、わかってるわよ」
口を塞いでいた手を剥がして、呆れながらポイっと捨てるように手を投げ返された。
「でも今日は街に行くから多少は噂になるかもね」
ニヤリと片方の口角を吊り上げて嫌な笑みをよこす。
「その為にマーキングしたんじゃないの?」
エレーヌに言われるまで気付かなかったが、リナにも俺の匂いが付いている。人族の彼女は目立つだろうから、街で彼女に声を掛ける不届き者がいなくなるなら好都合だった。
そう。今日はリナとエレーヌが朝から街に出かける。
リナは言葉も覚えてきているし、街でエレーヌが世話になっている人達ならリナも気を許せるだろう。
だが何故だろう、この燻るような焦りと苛立ちは。
彼女が言葉を覚えて、明るい表情を見せるようになって、彼女の自信になるならいいと思う。なのに、何もできない彼女のまま、ずっと俺に頼りっぱなしで依存してしまえばいいとも本気で思っている。
自分の中に相反する感情が混在して渦巻いている。
ふと足元を見ると自分の影から黒い靄が立ち上がっていた。
この黒い魔力は子供の頃から、負の感情が自分の中で強く燻ると出てきていた。まるで、俺の負の感情が餌だというように、ゆらゆらと影から立ち昇り踊り出す。
久しぶりに出た影を見て、自分の中の負の感情がある事実を踏みつけて消し去ろうとした。物理的な物では消えないと知っているのに、足が勝手に動いていた。
額に手を押し付けて長く息を吐き、感情をおさえようと試みた。リナのことになると心配したり、安らいだり、苛立ったり、翻弄されて感情が揺さぶられる。四六時中、彼女のことが気になって仕方がない。
リナに呼ばれた気がした。
ついに幻聴まで聞こえるのか。
自嘲気味に笑って足元の影が揺らめいた気がして視線を落とした。
その瞬間、俺の感情とは関係なく黒の影が噴き出し、俺を飲み込み影に引き摺り込んだ。
「っ?!」
…リアム!!
今度はハッキリと彼女の声が聞こえた。
黒い影が引いて、直ぐ近くでリナが自分の体を抱きしめて蹲り泣き叫んでいるのを見つけた。
『っいや!いや!!止まらない!!…リアム!!』
リナの周りから俺と同じ黒い影の疾風が彼女を覆っている。
考えるより先に気付いたら駆け寄っていた。
「リナ!!」
彼女もこちらに手を伸ばす。
「っリアム!!」
彼女が伸ばした手を止めて胸に引き寄せ握り込んだ。
いつも彼女が不安な時にする癖と同じように。
そんな不安ごと彼女を抱きしめた。
「リナ!!大丈夫だ!落ち着け」
『ぅ、あ…リアム!…これなに…?!…私、止められない!離し、て…リアム怪我する!怖い…怖い!』
混乱しているようで、彼女はあちらの言葉で泣き叫び、首を横に振る。
身をよじって俺の腕から逃れようとする体を、強く抱きしめて彼女の頭を胸に押しつけた。
「俺は大丈夫だ!大丈夫だから…ゆっくり息を吸って…そう…いい子だ。今度はゆっくり息を吐いて…」
出会った時の夜のように、いつかの夢のように、彼女の頭を撫でながら、落ち着くように耳元で囁いた。
彼女の肩がゆっくりと呼吸に合わせて起伏しだす。
しばらくして少し落ち着いたようだが、俺にしがみ付いたまま、混乱したように言葉を並べる。
「ごめ、なさい…いきなり、黒い風、私、わからない、止まらなくて…」
リナの涙で濡れた頬を両手で包み込んで上向かせ、親指で涙を拭って目を合わせる。ちゃんと俺をその瞳に映している事を確認して安堵する。
「大丈夫だ。心配するな…もう収まった。立てるか?」
促されて何とか立てているようだが、片時も離れたくなくて彼女の肩を抱いた。
「ルーセル。これはどういう事だ?」
近くにいた赤髪の男ルーセルを睨みつけた。




