第二十七話 寝れない夜
第十一話のリアム目線
急いで帰ると、彼女が丁度風呂から出てきた。
彼女の髪が濡れて色濃くなって、石鹸の匂いを漂わせている。
彼女は魔法で髪を乾かせないからいつも少し濡れたままでいる。
「リナ、こっちに来い」
風邪を引かないかもいつも心配になる。
おずおずと近づく彼女の顔の横に手を当てて髪に触れた。
少し水気を含んだ髪が指先をかすめる。
しっとりとした頬は少し赤みが増していて、無防備に俺を見上げる。こんな近さで向き合って触れてるのに彼女はなんの疑いも持たず、逃げもしないで信じ切った澄んだ瞳を向ける。
こんな軟弱な肌で、警戒心のかけらも無い彼女がここを出て、いつか他の者にもこの目を向けるのか。怒りにも似た感情が胸の奥に芽生えた気がした。
彼女の瞳が困惑気味に揺れだした。
見つめすぎたか…
自分の中に芽生えた不穏な影を払うように目線を外し彼女の髪を乾かした。
「魔法…?水を消した?リアム、ありがとう」
目を輝かせて、いつものようにふわりと笑って見上げてくる。
その笑顔ひとつでさっきの暗い影が一気に晴れると同時に、胸が熱くなる。
今の自分の顔を見られたくなくて、彼女の肩にかかっていたタオルを彼女の頭から被せた。
顔が少し熱い気がする。また水でも浴びた方が良さそうだ。
風呂から上がるとまだ起きていた彼女はダイニングテーブルで言葉のノートを開いて勉強していた。
水をコップに注いで呷っていると、彼女が俯いたのが視界の端に映った。
またテーブルで座ったまま寝るんじゃないだろうな。
「リナ、寝るな。こっちに来い」
彼女を部屋に連れて行き、ベッドで寝るようにいうと顔を赤くした。
どっちがベッドを使うか何度か押し問答をしたが、俺が折れてリビングで寝ようと部屋を出ようとしたら腕を掴まれた。
「一緒に寝るだったら大丈夫?」
今、なんて言った?
思わず無言で目を丸くして彼女を見下ろした。
彼女は顔を真っ赤にさせて必死に言う。
「リアム、狼の時、私と一緒に寝たから、大丈夫」
俺が狼の姿で彼女が寝落ちしたときの事を言っているのか。
「狼の時、一緒に寝た、大丈夫!」
さっきまで狼の姿になれることをずっと黙っていた男に、彼女はあろうことか狼の姿なら大丈夫だとでも言うのだろうか。
人族の多くは獣化する獣人をあまり好ましく思わない者が多いが、彼女はあまり差別の目を向けないようだ。彼女が優しいのはわかる。だが、獣人云々の前に先ず、男と一緒に同じ寝台で寝ることの意味をわかっているのか?
彼女のいた世界がどういう所なのかわからないが、彼女の事だからわかっていないだろう。
彼女は俺を飼い犬くらいにしか思っていないのかも知れないが、一人の健全な男だとわかっていない。こっちの気も知らないで。
やるせない気分になったが、もうこうなったら自棄だった。
獣化してボスンとベッドの端に伏せた。
しばらくして、俺の隣のスペースに潜り込んできた。彼女の香りが近づき、寝台の半分が少し軋んで沈む。
心臓が不規則に脈打つ気がして、彼女に聞かれないか体を硬くして伏せる。
今日は寝れないだろうと覚悟したが、リナがちゃんと寝台で寝てくれるならいいかと思うことにした。
「リアム、ごめんね、ありがとう。おやすみ」
返事をするように勝手に尻尾がゆらゆらと揺れた。
彼女が寝たらリビングで寝よう。
そう考えていたが、彼女は直ぐに寝息を立てて寝入ったかと思うと、あろうことか、寝返りを打った時に獣化した俺を抱き枕とでもいうように首に腕を回し、頬を寄せて来た。
彼女の香りを鼻が拾う。
彼女の小さな寝息を鼓動を耳が拾う。
彼女の体温を隣に感じる。
暗闇でも彼女の寝顔がハッキリ見える。
その寝顔をジッと眺めて今日のことを思い出す。
獣化できることを、狼が俺だった事実を知っても彼女は態度を変えなかった。本当はどう思っただろう。
まだ、もう少し彼女と過ごせるだろうか。
リナの安心しきった寝顔を見下ろして、鼻先で彼女の額にそっと触れた。




