第二十二話 黒い瞳
第6話のリアム目線
リナが風呂を使う水の跳ねる音が鼓膜を揺さぶった。
少し外に出ていよう…
夜風を感じながら夜空を見上げると、青い月が薄く笑う様に見下ろしていて思わず睨みつけた。
彼女は異世界から来た異世界人だ。風呂の説明をしている時の様子から、彼女の世界にはやはり魔法が存在しないようだ。魔力は全く無く、髪も瞳も黒だが魔元素も関係ない。
彼女は俺のこの黒髪を見ても何とも思わない様だし、ちゃんとこっちの目を見て話を聞いてくる。
彼女の世界がどうなのかわからないが、よく知りもしない出会ったばかりの男に対する距離が近過ぎる。警戒心がなさすぎるのだ。ふわりと笑ったり、隣に来て見上げてきたり、縋るように見つめて来たり。
彼女の一つ一つの動作や仕草に一々翻弄される。
あの黒い瞳に見つめられると思考が停止して吸い込まれそうになる。
何かの術でも使っているのか?
片手で顔を覆ってしゃがみ込んで「ハー」と大きく息を吐いた。
彼女が風呂から上がったようで、俺の名前を呼んだが、今は出て行かずに様子を見てみることにした。
彼女の存在が奇妙である以上、近くに置いて様子を観察しておいた方がいいだろう。
人族、ましてや異世界人の情報が少な過ぎる。
彼女は部屋に上がったらしく、しばらくするとシンとした。寝たのかも知れない。
俺も風呂に入って少し頭の中を整理しようといつもの風呂場に入った。なのに、彼女の香りが残る湯気に目が回りそうになる。
頭を本当に冷やす必要があるなと少し冷水を浴びた。
風呂から上がって、彼女の様子を見に行こうとして不意に気付く。よく知りもしない男が部屋に居ては寝れないだろう。一度狼に獣化して様子を見てみることにした。
部屋に入ると起きていた彼女がパッと顔を上げて目が合った。ドア付近で伏せると彼女が話しかけてくる。
『あの森に居た子だよね?もしかして、あの時、君がリアムさんを呼びに行ってくれたの?』
リアムと彼女が言ったので耳が反応してしまった。それを見て彼女は柔らかく笑ってまた何かを言う。
『やっぱり、そうなんだね。ありがとう、君のおかげで助かったみたい』
彼女がおいでおいでと手招きして、ふらっと行きそうになったが動かないでいた。
その代わり、じっと彼女を見つめると彼女も同じ様に見つめ返してきた。
すると、彼女から近づいて来て少し身構える。
少し離れたところでしゃがみ、手の甲を俺の鼻先に近づけてきた。
彼女の風呂に入った肌の匂いがして鼻が否応なしにぴくぴくと嗅いでしまう。
努めて動かないでいると、そのまま手の甲を俺の鼻先に少し当てて、首筋に滑らせた。ぞくりと全身が粟立つ気がした。
そして背中を撫でられて固まっていることしかできないでいた。
彼女の柔らかい手が何度も優しく撫でてくる。その心地よい動きに眠くなる。
すると彼女は俺の横にゴロリと寝転がった。まだ濡れた髪が触れるほどの近さに広がり、思わず頭を上げて距離を取る。
未だに俺の背中を撫でている彼女を見下ろすと、黒い瞳を伏せてため息をついた。
君は今、何を想ってる?
背を撫でていた手が止まる。
彼女の涙が頬を濡らし顳顬に消えていく。
彼女の黒い瞳から零れる涙は、さっき見上げた星空にスッと消える流星のように、願いを込める間もなく儚く流れていく。
ふわりと笑っていた彼女は今は何を想って泣いているんだろう。
胸が締め付けられる。知らぬ間に眉間にしわが寄る。
すると彼女が俺の目を覗き込んだ。一瞬で思考が止まり、黒い瞳の中に囚われたように動けなくなる。
彼女はそのまま目を瞑って子供のように隣で丸くなって身を寄せた。
ふわりと彼女の甘い香りと石鹸の香りに優しく包まれた。




