第二十話 異世界人
第4話のリアム目線
君の名前がわかった。
彼女が俺の名前を呼んだ。
それだけの事がどうしてこんなにも胸を打つのだろう。
彼女は小さな両手でコップを持って、安堵からか頬を緩ませ嬉しそうに水を飲んで喉を潤していた。その白い喉が目に焼き付いた。じりじりと焼かれるようだった。
そんな事を気取られないように彼女から無理矢理視線を外し、彼女の手から空になったコップを取り上げて、また水を注いで手渡した。
彼女の視線を感じて、動揺しているのを気付かれないように適当にデスクに近づいた。ふとこの国の地図があったと思い立ち、この世界の地図の本を見つけ、それらしき紙を引き抜く。
ランプが少し揺らめいて彼女の黒い瞳の中もゆらゆらと揺れていた。彼女の存在もまたそんな灯火のように消えてしまいそうな心許ないものだった。
君は一体何者なんだ?
彼女は魔力もなく、言葉も通じない。
君は一体どこから来た?
地図の丁度中心あたりに位置するこの場所をトントンと指差して言った。
「俺たちがいるのはここだ」
そして、彼女に地図を向けて聞いた。
「リナ、君はどこから来た?」
彼女は俺の動作を観察し、目線を落としジッと地図を見た。落胆するように肩を落とし、俺の目を縋るように見上げて首を横に振った。
彼女が質問を理解していない可能性もある。だが、彼女の瞳には困惑と絶望を滲ませていた。
「リナ、君の国はないんだな ?」
この世界にはどこにも彼女の知っている国は無い。それを表現するように地図を裏返した。
その意図がわかったのか、悟ったように彼女は真っ直ぐ俺の目を見てゆっくりと頷いた。
リナは異世界人だ…
彼女の反応から、自分の意志ではなく、この世界に“落とされた”のではないだろうか。
目の前の彼女が不安げに瞳を揺らし、眉を寄せる。また泣くんじゃないだろうか。彼女の気持ちを考えると胸が締め付けられる。
もう殆ど無意識に彼女の頭を撫でた。
どうか、泣かないでほしい。
俺がそばにいるから。
そんな言葉は喉の奥に飲み込んだ。
すると、沈黙を破るようにグーと彼女の腹が小さく鳴った。
顔を真っ赤にさせて自分の腹を抱えた彼女は俯いて、どうにかやり過ごそうと耐えていた。
そんな仕草や彼女の手に取るようにわかる思考にまた口元が緩む。思わず吹き出した俺を恥ずかしそうに目を潤ませて見上げてきた。その瞳に俺が映っているのが見える。
「何か食べるか ?」
まだ腹を抱えている彼女に手を差し出した。恐る恐るその小さな手を重ねてくる。
すっぽりと収まる彼女の小さくてとても柔らかい手は強く握ったら壊れてしまいそうだった。
加減しながら彼女を引き上げて立たせた。その手をそのまま握っていようか考えたが、手を離し部屋の扉に向かった。
彼女がついて来ているか振り返り、立ったまま動かないでいる彼女を手招きした。




