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第二話 狼

グリム童話の赤ずきんと狼をモチーフにしました。


 むせ返るような土の匂いが鼻をつき、土埃を吸ってしまい、激しく咳き込んだ。


 うつ伏せに倒れているようで、右頬に土と枯葉の感触がして目をそっと開けるが、辺りは暗闇だった。


 手を動かして、顔の横に手をついた。手の平にふかふかの腐葉土の感触がした。

 耳が詰まっていたのか耳鳴りがして、次に鳥か何かの鳴き声が聞こえた。


 全身を襲う倦怠感。震える腕に力を入れて上体を起こして右頬に触れ、顔に張り付いた木の皮のようなものを払った。

 左手の指先が硬いものに触れて、視線を落とすとスマホの画面が光っていることに気づく。

 慌てて手に取って画面についた土埃を払う。画面には圏外の文字。家を出た時刻とあまり変わっていなかった。

 雨が止んでいる事にも気づき、次第に暗闇にも目が慣れてきた。


 辺りは暗い森の中だった。


 近くにカバンが落ちているのを見つけて引っ掴んで手繰り寄せる。カバンの中身も家を出た時と同じ、財布と家の鍵とハンカチ、そして小さな学生手帳だった。


 自分の体を見下ろし、家を出た時のままの赤いレインコートを着ている事に気づき、祖母の家に向かっていた事を思い出す。


 レインコートに雨粒が当たる音、足に感じた地響き、目の前に迫る土砂の濁流を思い出す。

 死を覚悟して強く目を瞑り、来るであろう衝撃に身を縮めたところまで思い出してブルリと身震いする。


 震えながら持ち上げた手の平を見て、手についた土を軽くグーパーして、親指と人差し指を擦り合わせて土の感触を確かめる。

 頭の中で予想する感触と実際に自分の手の平に感じる感覚とが一致する。

 生きていると実感して安堵すると同時に、この状況に困惑する。あの濁流に流されたのだろうか?祖母は?母は?ここは一体、どこなのか?


 ふらりと立ち上がって、声を出そうとするのに唇が震え、喉がカラカラで掠れた声しか出せない。

 足に思うように力が入らず、ふらふらと歩き出した途端、足元が斜面だったようで、体制がぐらりと傾き滑り落ちた。

 遅れて手のひらや肘にピリピリとした痛みを感じた。擦りむいたのだと認識したからか、痛みからか目頭が熱くなった。

 起きあがろうとして左足に鋭い痛みを感じで顔を顰めた。

 足を挫いたみたいで歩けそうになくて、辺りの静けさと暗闇に絶望感が膨れ上がる。不安から体はガタガタと震え出し、涙が溢れて流れ出した。

 こうなってしまうともう止められなくなって咽び泣いた。

 しばらく泣いて落ち着いたのか、泣いていてもしようがないと目元を強くぬぐって鼻を啜った。

 助けを呼ぼうと決心し、もう一度周りを見渡した時だった。

 パキッと小枝や草を踏みしめる音がして、そちらに目を向ける。

 そこには大きな影が青い双眼をこちらに向けていた。

 ひゅっと息を飲んで、時間が止まったようにお互いを見つめ合った。数秒だったであろう、その一瞬が数分の出来事の様に感じた。


 その黒い影は全長が2メートル近くあるであろう大きな漆黒の狼だった。


 手足が凍った様に冷えていき、背中を冷や汗がスッと撫でた。冷えていく指先とは逆に心臓はバクバクと体が揺れるほど動いて、全力疾走でもしたかの様に息が上がる。

 息をなるべく細く吐こうとしても、カチカチと歯が音を立てる。


 こちらを窺う様にジッと見つめているが、動かない狼にあれは幻なんじゃないかと思うくらいたっぷりの時間があった。

 呼吸は鎮まり、相手の動きを静かに観察した。


 なんて、、綺麗なんだろう、、


 獰猛な雰囲気はなく、静かに座ってこちらを見ている姿に神秘さすら感じた。

 青白い月明かりに照らされて、漆黒の毛並みは鈍く光っているように見えた。


 その狼の耳がピクピクと動き、後ろの方にクイっと捻った事で、ハッと夢から冷めたように身構えて、狼の動向をもう一度注視する。

 狼が腰をあげてこちらに軽い足取りで近づいて来て、背筋がピッと伸び、ひっと息を飲んで肩を窄めて動かないでいる事しかできないでいた。


 その狼は近くまで来て目の前で動きを止めた。


 ごくりと先程までカラカラだったはずの喉が鳴った。


 近所のシベリアンハスキーの銀太より、二回りは大きい漆黒の狼の顔は間近で見ると迫力があった。

 こちらを見つめる静かな青い眼に吸い込まれる様に見入って、これが夢か現か分からなくなる。


 銀太はもっと間抜けな顔をしていたな。と悠長なことを考えるほどに頭の思考回路は疲労で麻痺しているようだった。

 青い双眼が少し戸惑っている様に揺れた。

 目が伏せられたと思ったら、遠慮がちに頭を肩口に擦り寄せて来た。

 ガチガチに固まっていた体はフッと力が抜けたように後ろに倒れそうになった。

 あろう事か、その狼の首に腕を巻きつけて体のバランスを取った事に自分で驚愕して、慌てて腕を後ろに着き、後ろに後ずさって目をぎゅっと瞑った。

 今度こそ噛み殺されると、肩を窄めていたが、想像した衝撃はなく、片目をうっすら開けて狼の様子を伺う。

 特に怒った様子もないが、何故か狼の方がビックリした様に目を丸くさせていた。

 どうして襲わないのか、思ったより獣臭くないんだな。などと思いながら、強烈な眠気に瞼をゆっくりと閉じ、そこで意識を手放した。


狼はウルフドッグやカナディアンウルフをイメージしました。

私の近所にシベリアンハスキーがいたんですけど、子供の頃の記憶なので大きく感じましたが、最近のシベリアンハスキーって小さいんですね!

アラスカンマラミュートはもっと大きいんですが、シェパード(警察犬)が個人的に好きですね。

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