第十九話 君の名前
第三話 のリアム目線
ランプの火が揺らめく部屋で自分の寝台に寝ている彼女の寝顔を見る。
泣きはらし、強く擦った目元が少し赤くなっていて胸が痛んだ。
顔の土を払って、少し濡れている髪を乾かし、浄化の魔法で汚れを取り除いた。
未だ甘い匂いを漂わせる小さな傷に目眩がする。彼女の白い肌に滲む血を見ないように治癒を施した。少し腫れてきていた足首も治した。
人族の彼女がどうしてあんな所に?
まるで、あの森に産み落とされたように不意に現れた。
変な服を着ているから魔女かとも思ったが、彼女からは魔力を一切感じない。
泣いていたのはどうしてだろうか?
彼女が起きたら話をしてみよう。全てを話してくれるかはわからないが…
彼女が目覚める気配がした。衣擦れの音がして、彼女が呻き声を上げて心臓が跳ねた。
「目が覚めたか?まだ動かない方がいい」
出来るだけ優しく声をかけて、平常心を装いながらサイドテーブルに持って来ていたコップに水差しから水を注ぐ。
『あ、の、、あなたは?、、ここはどこですか?』
散々泣いていたせいで掠れた声が出ていたのもあるが、彼女が何を言っているかわからなかったことに思わず手を止めた。
「今、何て…言った?」
彼女が自分が着ていた赤いマントのようなものに気付き、信じられないものを見るように凝視した。瞳を揺らし、唇を震わせている。頭が痛むのか、こめかみを抑えて彼女は喚いた。
『ここはどこですか!?あなたは一体、誰なんですか!?』
今度はしっかりした声で彼女が言ったはずなのに、何を言っているかわからない。やはり違う言葉をしゃべっているようだ。
錯乱気味で肩で息をする。溢れ出た涙が彼女の頬を濡らしていく。
あんなに泣きはらした目からまだ涙が出るのかと唖然とした。彼女と会った時からずっと泣き顔しか見ていない。泣かれるとどうしたらいいのかわからなくて胸が痛む。どうしたら泣き止んでくれる?
「落ち着け」
しゃくり上げるその小さな頭に無意識に手が伸びた。
ビクリと肩を震わせた彼女に少し躊躇したが、とにかく泣き止んで欲しかった。
「落ち着くんだ」
これで合ってるかわからないが、ぎこちなく小さな頭を撫でた。サラサラとした絹糸のように月夜色の髪が指先をすり抜ける。
「大丈夫、大丈夫だ」
だから、どうか泣き止んで。夜空の星に願いを込めるかのように煌めく黒髪を撫でた。
掛ける言葉が他に見つからなくて、嗚咽を漏らす彼女の背中をなるべく優しく摩ることしかできなかった。
しばらく泣きじゃくったあと、落ち着いたのか大人しくなった彼女は恥ずかしそうに俯いて鼻を啜った。
布切れと水の入ったコップを手渡した。
彼女の名前が知りたい。その名を口にしたい。
「君の名前は?」
顔を拭く手を止めて、彼女がこちらを見上げた。涙を流したばかりの濡れた黒い瞳が俺を映す。
「君の名前は?」
彼女も言葉がわからないからどうしたものか。少し考えて自分の胸に右手の人差し指を当てて、ゆっくりと言った。
「俺の名はリアム。リアム ベルナール」
伝わるように祈る気持ちで彼女に指を向けた。
彼女が点と点を繋げるように、俺の動作一つ一つを目で追う。指先に彼女の視線を感じて震えそうになる。
彼女がパッと顔を上げた。先程と違って澄んだ瞳と目が合う。
ゆっくりと人差し指で俺を指差し、彼女は言う。
『リアム?あなたリアム、、さんって言うの?』
彼女の口から最初に聞いた言葉が自分の名前であることに胸が高鳴った。今度は君の名前が聞きたい。
顎をしゃくって促した。
「君は?」
『あ!私は、、望月璃奈、リナです!』
彼女の口角が少し緩んでキュッと上がった。前のめりに喋り出すその様子にこちらの口元も緩む気がした。
ただ、聞き取りにくく、言いづらい。どこが名前だ?
「ア、ヮタ、モチヅ?、、リナ?」
『リナ、リナ!』
彼女の表情がふわっと明るくなって慌てて言い直すその姿に胸の奥が小さな火が灯ったかのように温かくなった。
彼女の笑顔につられるように気付いたらふっと笑っていた。
「わかったから。リナ、落ち着け」
少し照れくさくて彼女の頭を乱暴に撫でた。指先から零れ落ちる水のように黒い髪がサラサラと流れた。




