7.初、女装(前編)
あの後。エミリーは泊まると言い出したがあまりにも突然だったので断った。部屋も片付いてないし、色々なことがありすぎて疲れていたからだ。
「そうデスか……」と残念そうな彼女だったが、明日の午後に会う約束をしたら嬉しそうに帰っていった。
そんなわけで翌日。
あんなことがあったので休みたいのは山々だが、今日は午前中に英語の講義がある。授業料もタダじゃないので休むわけにはいかない。
それに、休んでしまったら彼らに屈服したみたいで気分が悪い。
幸い、英語の講義は成績別でクラス分けがされており、サークルメンバーと顔を合わせることは無かった。
『This sentence is───』
外人講師の話をノートにまとめながら、周囲の様子を確認する。
誰も僕に視線を向けていない。どうやらまだ噂は広まっていないらしい。
講義が終わり昼。
いつものように学食へ行き、昼食をとる。メニューはいつも通りのサバ定食を頼む。
「……いただきます」
鯖の味噌煮を口に運ぶ。
味噌のあまじょっぱさと鯖の旨みが口に広がる。いつも通りの味。いつも通りのうまさ。
唯一普段と違う点は、一緒に食べる相手がいないことだった。
「…………」
別に大学ぼっちは珍しくない。高校よりも開放的かつ放任主義な大学において、一人でいることは普通だからだ。
その証拠に、食堂には一人の人間がちらほら見える。
ただ、僕は大学に入学してから、サークルメンバーと毎日一緒に過ごしていた。思い返せば一人で昼食を食べたことなんてなかったかもしれない。
その反動だろうか。ひどく心が落ち着かない。
「あれっ。ユウヤじゃん」
聞き覚えのある声。
思わず振り向くと、そこにはアニ研のメンバーが立っていた。
「みんな……」
どうして話しかけてきたんだ。
もしかして、話を聞いてくれる気になったのか?
そんな希望は、一瞬で打ち壊されることになった。
「お前、どのツラ下げて大学来てんの?」
「え……」
「いや、お前って犯罪者じゃん。本当に反省してんなら二度と顔見せねぇはずだよな」
「………」
「出てけよ。学食から」
昭人がテーブルに手をつく。
言い返したら、恫喝されて終わる。言い返さなくても好き勝手言われる。
どうすればいいんだ。
昭人から目を背けると、エミちゃんと目が合った。
僕の視線に気づいた彼女は、ビクッ、と体を震わせた。
「行こう……私、また脅されたら怖いし」
「エミ、ちゃん……」
……なんだよ、その反応。
逃げるように翔平を見る。
「……」
目を反らされた。
他のメンバーも目を合わせようとしない。
明確な拒絶のサイン。面倒だから関わらないでくれ、そういった心の声が聞こえるようだった。
「やっと自分の立場がわかったか?」
そういって昭人は笑う。耳に響く不快な笑い声だ。他のメンバーはそれを止めることなく、蔑むような眼で僕を見ていた。
一言も言い返せず、黙り込む僕。
彼らが立ち去ったあと、僕はそこを動けずにいた。
……どうして、ここまで言われなくちゃいけないんだ?
昨日と同じように、絶望や喪失感が胸を満たす。
ただ、それらを覆いつぶすような激しい怒り。
彼らに復讐したい────その思いがより一層強まったのを感じた。
───────────
大学に近いということもあり、エミリーは僕を家に呼んだ。
彼女はアパートやマンションではなく、学生寮に住んでいた。
入学前に面倒な手続きを踏まなければいけない留学生は、不動産の契約をする手間が惜しい。そういう理由でこの寮には多くの留学生が住んでいると聞いた覚えがある。
ただ、寮と言っても大学に隣接している以外は普通のマンションとほとんど変わらない。
「上がってください」
「えっと……」
「? どうかしましたカ」
異性を部屋に上げる。
こと大学生において、その言葉が持つ意味は大きい。
昨日は流れで彼女を家に入れてしまったが、冷静に考えるとあまりよろしくないことをしたのではないか? という迷いが僕の中にはあった。
「えっと、上がっちゃっていいの?」
「あたりまえデス。ワタシとユウの仲じゃないデスか」
「そ、そうだよね」
玄関の前で足踏みしている僕をせかす。
そうだ。僕と彼女は異性である以前に親友。変に意識してしまうことこそ失礼だ。これまで通り、普通に接しよう。
ダイニングキッチンを通り抜け、彼女の部屋に入る。
6畳の部屋にはベッドに机、それにドレッサー置かれていて、とても片付いている。余計なものが少なく、とてもシンプルだ。
「あ、あんまり見ないでください。恥ずかしいデス」
部屋の中を見回していると、エミリーが赤くなる。
「それで、今日はどうしたの?」
「聞きたいことがあったんデス」
「聞きたいこと?」
おそらく、昨日のことだろう。
「彼らに復讐する。その覚悟はありマスか?」
「……実を言うと、少し迷ってたんだ」
昨日、彼女が帰ったあと。
仮に昭人が黒幕だったとして。他のメンバーは巻き込まれただけなんじゃないか……だから、僕がサークルを潰そうとすることは、間違っているのかもしれない。ベッドに横たわりながら、そんなことを考えていた。
けど。食堂で彼らの態度を見たら、それが間違いだったことに気づいた。
自分で深く考えもせず、周りの言うことを鵜呑みにする。それで誰かを傷つけたとしたら、それは許されることじゃない。
彼らも同罪だ。
「でも、もう決めた。僕は――あいつらに復讐したい。そのためなら、どんなことだってやってやる」
「……どんなことでも?」
「うん。僕にできることなら」
そう答えると、エミリーは不敵に微笑んだ。
なぜだか背筋に冷たい感覚。
「ユウ、脱いでください」
「え?」
「服、脱いでください」
「えっと……なんで?」
「復讐、したいんデスよね?」
「し、したいけど。それと服を脱ぐことにどんな関係が――」
「ユウ。ワタシが……信じられない?」
彼女の双眸が僕を射抜く。どこまでも蒼く、澄んだ瞳。
そうだ。
彼女は僕に協力してくれてるんだ。それを信じられないなんて、親友失格じゃないか。
「わ、わかった」
「よろしいデス。あと、脱いだらこれに着替えてください」
差し出されたのはメイド服だった。
「なんで!?」
前言撤回。親友失格なのはどっちだ。




