最終話. オタサーを追放されたら?
完結です。
あの後、エイル君はまたも人知れず姿を消した。僕と翔平が話し込んでいる間に忽然といなくなってしまったのだ。
彼は一体何者なのか。どこへ向かったのか。気にならないと言えば噓になるけれど、それを詮索するようなことはしなかった。だって僕は矢野ユウヤで、彼が守るべき相手だった二階堂ユウリはこの騒動が終わるとともに消える運命なのだから。それに、彼はきっと──。
……ちなみに僕はテストに間に合わなかった。話が長引きすぎたのもそうだし、なにより女装していたのがまずかった。着替えに手間取って入室時刻は1時間オーバー。晴れて落単です。
そんなわけで帰り道。夕焼けに染まるキャンパスに背を向け、事件が解決した今、安全であることがわかったアパートへ向かおうと──
「あ……」
「…………偶然デスね」
正門を抜けると、そこにエミリーが立っていた。
偶然、と彼女は言うけれど、めっちゃ足が震えてる。たぶんずっと立ってたやつだこれ。僕の親友は嘘つきだけど、同時に少しポンコツでもある。
夕焼けに照らされる道を僕らは並んで歩く。
騒動は解決したが、僕と彼女の関係はこじれたままだ。今だってお互い無言で、僕らはいつものペースを掴めずにいる。
どうするべきか、と考え、僕は謝ることにした。
「その……ごめん──」
「ストップ」
「え」
「……謝らないで下さい。元はと言えば、ワタシが酷いことを言ってしまったのが原因なんデスから」
悲し気な笑み。そこにはどこか自嘲的な響きがあって、僕は何も言えなくなってしまった。
少しの間、沈黙が場を満たす。そして彼女は口を開いた。
「だから……その、Sorr──」
「待ってよ」
「え」
「自分だけ謝るなとか言っておいて、それはずるくない?」
「……」
「……」
「……ははっ」「……ふふっ」
二人で顔を見合わせて笑う。ぎこちなかった空気はどこかへ吹き飛び、いつもの──いや、ネット越しに感じていた気楽さが戻ってきたような気がした。戻ってきた、というのは語弊があるかもしれない。きっとそれは僕らのすぐそばにあったけれど、見失ってしまっていただけなのだ。
「それで、ユウ」
「ん?」
「あれでよかったんデスか?」
恐らく、エイル君から話を聞いているのだろう。いや、あるいは──まぁ、それはおいおい考えるとして。
どうして罰を与えないのか。あれだけの仕打ちをうけて、なぜ許すだなんて言えるのか。
彼女の瞳はそう語っていた。
「あれでよかったんだ」
下手に処罰すれば大事になって面倒だから。自暴自棄になって復讐されても困るから。それっぽい理由はいくらでも思いつくが、きっとそれは本心ではない。
僕はただ彼が許されて欲しかった。僕らと似たような悩みを抱えながらも、僕らのように寄り添える相手のいなかった彼が。唯一の友人であった僕にすら、感情を隠さなければいけなかった彼が。
「……もしかして、納得いかない?」
「ええ。だいぶ納得いきません」
「それは困ったなぁ」
どうしよう。彼女が独断でサークルメンバーを裁きだせば僕はきっと止められない。本気の彼女が神算鬼謀をめぐらせば、僕なんか相手にならないだろうし。
もしかしてここからエミリー復讐編が始まってしまうのか。なんというバッドエンド。
そんな風に頭を悩ませていると、
「でも……ま、それぐらい適当でもいいのかもしれませんね」
彼女はそう呟いた。
いったいどういう心境の変化だろう。騒動がひと段落して気持ちに余裕ができたのか、はたまた黒髪少女の大演説に感化されたのか。あるいはその両方かもしれない。
どちらにせよ嬉しかった。僕の親友が、僕の友人を憎んでいるところを見るのは辛い。仲良くしてほしいとまでは言わないけれど、こうして適当に流してくれるならそれに越したことはない。
「お疲れでしょうから、家に帰ったら紅茶を淹れてあげマス。とっておきの茶葉があるんデスよ」
「え、いいの?」
「いいに決まってるでしょう」
「そうじゃなくて。もうサークルの件は片付いたわけだから、僕がエミリーの部屋にいるのは……」
不意に彼女が振り返った。不安そうな瞳。
「……ユウは嫌、デスか?」
前の僕なら「嫌ってわけじゃないけど、流石にそれは色々とマズいんじゃ……」みたいなことを言っていたんだろうけど、あいにく、そんなつまらないことを言う気分にはなれなかった。
彼女は僕を求めていて、僕もそれに応えたい。重要なのはそこだけだ。体面とか、倫理とか、そういうものは日常生活において不可欠ではあるけれど、きっと僕らの間ではそこまで重要じゃない。
……ひょっとしたら、ここ数週間で倫理観を試されすぎて感覚がバグってるだけかもしれないが。
「ううん。君がいいなら、僕もそうしたいな」
「決まりデスね」
こうして僕らは元通りになった。
「エミリー」
「ハイ?」
「今夜は寝かさないからね」
「……どういう意味?」
「この前の格ゲー、僕の負け越しだったんだから! 勝ち逃げしようったってそうはいかないんだよ」
「あーハイハイ。そうデスよね……期待なんてこれっぽっちも。えぇ、これっぽっちも……」
「あ、終わったら映画だからね」
「いいデスけど、明日もテストなのでは?」
「……やっぱ来週にしよっか」
「懸命デス。あ、それと……」
「それと?」
「一回ぐらい爪を剥がされた方がいいと思いマス、本気で」
「いきなりなんで!?」
またあの感覚。何か大きな見落としをしていて、それが僕らのコミュニケーションを阻んでいる。その正体はやっぱりつかめないままで、コミュニケーションの歯車は嚙み合わずに空転を続けている。
けど、目の前の彼女は笑っていた。呆れているけど、どこか楽しそうで。だからあまり気にはならなかった。
だって僕らは、たとえすれ違っても、またこうして元通りになれるのだから。
学生マンションのロビーを通り抜け、206号室の前にたどり着く。すると彼女は足を止めた。
「ユウ」
「うん?」
「……あの、ショウヘイのことで聞いておきたいことがあるんデスけど」
「え、どうしたの」
「その……やっぱりユウって男の人が好きなん──」
「ちょっと待て! なんかとんでもない誤解してない!?」
さっそくすれ違った。しかも元通りになれるか疑問なタイプの問題だし。
「だって! 『あなたが大好きです!!』なんて大胆な告白をしておいてその気がないとか、意味わからなすぎて笑えるレベルデスよ!」
「あれは『(友達として)あなたが大好きです!!』って意味だからね!? 勘違いしないでよっ!」
「日本語、やっぱり難しいデス……」
別に難しくない! あの会話の流れなら、誰だって友愛の意味だと気づくに決まって……
『思い詰めて暴走しちゃうぐらい私を好いてくれるあなたが! 大好きだから! 他に理由なんていらないでしょう!?』
……決まってる、よね?
ま、まぁ、翔平はセンター試験現代文満点だったらしいし、二階堂ユウリの複雑な心境を読み取ることも可能だろう。可能であってほしい。
「まったく。僕が好きなのは……」
そもそも、僕が好きだったのは神崎恵美だ。
彼女を振ったのだって、サークルの人間関係を守るためという対外的な理由で……思えば、あれは彼女に対する裏切りだった。彼女は真摯に気持ちを伝えてくれたのに、僕はサークルを言い訳にその想いを踏みにじってしまったから。もしかするとこうして騒動が起こったのも、因果応報だったのかもしれいない。
だから、その騒動が片付いた今。僕はエミちゃんに真実を話して、そして……
「僕が、好きなのは」
もう一度やりなおす? けど、そうする気にはなれなかった。
彼女の高校時代を知ったからだろうか。いや、そうじゃない。きっとそれは──
「ねぇエミリー。大事な話があるんだ」
部屋に戻ろうとする彼女の肩に手を置き、立ち止まる。
「だ、大事な話?」
「うん。その……もしかしたらだけど、エミリーにとっては迷惑な話かもしれない。でも、聞いて欲しいんだ」
僕の様子からなにかを感じ取ったのか、エミリーは小さく息を吸った。サファイアのような瞳が、不安そうに揺れている。
「……いきなり、デスか? そのぅ……心の準備がまだというか」
「ごめんね。でも、このタイミングを逃したらきっと先延ばしにしちゃうと思うんだ」
「っ、そうデスか」
彼女はきゅっと目をつむり、何度か深呼吸を繰り返した。
そうして開かれた目からは不安げな色は消え、まっすぐに僕の瞳を射抜く。紺碧色の光がとても眩しかった。
思わず、息が詰まる。この一言を口にすれば、僕らの関係が致命的に変質してしまう気がして。
「僕は──」
足がすくんだ。怯える体につられるように、頭に浮かんだはずの言葉が漂白され、なにも言えなくなってしまう。
それでも、伝えないわけにはいかなかった。
「僕は──エイル君のことが好きなんだっ!!」
「ワタシも──って、ハイ?」
言ってしまった。思わず目をつぶりたくなるが、それは卑怯だ。だから彼女を見つめる。当の彼女は、まさしく鳩が豆鉄砲を食らった顔をしていた。例文付きで辞書に載せたいぐらいの豆鉄砲顔。
「わかってる……彼女である君からしたら迷惑だよね。でも、聞いてほしいんだ」
「………」
「彼はずっと僕を守ってくれたんだ。ヤスダから、昭人から、翔平からも。ひょっとしたら、自分が大怪我をするかもしれなかったのに……。もちろん、彼女である君からの頼みだから、そうしてくれただけだってわかってるんだ。それでも」
「……カ」
「嬉しかったんだ。ピンチのときは駆けつけてくれて、僕の過ちを叱ってくれる。心の底から僕のことを心配してるのが伝わってきて──」
「……ユ…のバ……」
「だから──って、どうしたの?」
「……ユウの、バカっ……!」
彼女は顔を真っ赤にして、そう絞り出す。まるで噴火寸前の火山みたいだな、見たことないけど。思わずそんなどうでもいいことを考えていたら、案の条すぐに爆発した。
「どうしていっっつもいっっっつも! そうやってズレた捉え方をするんデスか!?」
「ちょ、エミリー。そんなに怒鳴らなくても」
「怒鳴りたくもなりますよ! もしかしてわざとやってるんデスか!?」
「わざとって……どういうこと?」
「だってエイルは──」
「エミリーの彼氏じゃないの?」
「ぐっ……そ、それは」
「それは? ひょっとして、僕の知らない真実が隠されてたりするのかな。だとしたら教えて欲しいな」
「……本当に、気が付いていないんデスか」
「どういう意味?」
「ハァ……デスよね。ユウはにぶちんデスから」
「? よくわかんないけどさ。別に奪おうだとかは考えてないから安心してよ。僕としては影から愛でるだけで満足だから。あ、でも写真撮影ぐらいは許して欲しいかも。あと動画も。それとファンクラブの結成も」
「あーハイハイ。異常性癖者……」
それはお互い様じゃないかな。というか流石に傷つく。
「帰ったら決闘デス。ボコボコにしてやりマス」
「え、明日テストだって話したばっかじゃん」
「うるさいデスね。つべこべ言ってるとユウリ名義でミスコンに応募しちゃいマスよ。優勝間違いなしデス」
「あの、本当に辛いからやめてほしい……」
彼女はすたすたと早足で僕から離れていく。どうやら怒ってしまったらしい。鍵を閉められたらどうしようもないので、慌ててその後ろを追いかける。
ふぅ。
……それにしても、意外だった。
まさか──エミリーとエイル君が同一人物だったなんて!
気がついたのは今日の午前だ。翔平に突撃する時に見えた長い髪。腰まで届きそうなブロンドヘアーなんて、いくら美意識の高い男でもありえない。それに腕力に自信がないとも言っていた。これで気が付かない方がどうかしてる。……まぁ、これまでの僕はどうかしてたわけだけど。
それに気が付いて、ちょっと、というか、だいぶ怒った。あれだけ危険なことはしないで欲しいって言ったのに、無視して危ない橋を渡っていたわけだから。けど、彼女は僕の為を思ってやってくれた訳だし……それを責めるなんてことはできなかった。
だけど完璧に水に流してしまうのも癪なので、こうしてちょっとしたイタズラをした訳だ。普段はやられてばかりだから、こうして彼女のあわてふためく顔が見れて満足。というかめっちゃ楽しい。これからも定期的に蒸し返すつもりです。
それに。
「……好きだからこそ、隠したくなることもあるよね」
「ハイ?」
「ううん、なんでも。……あのさ」
「……まだ何か?」
「さっきの告白、本音だからね」
「いちいち念押ししなくていいデス。ばか」
──正直に伝えるなんて、恥ずかしくってできるわけないしね!
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
本当はこの後、奨学金を打ち切られたユウヤくんが女装配信者としてバズった挙句アンチにストーカーされる続編を書くつもりだったんですけど、流石に長くなるので一旦終わりにします。
後日談とかは余力があれば載せるかもしれません。それともし「ここ怪文すぎてわけわからんかった」みたいな部分がありましたら、感想からご指摘していただけたら補完します。
それと16、7話でしか登場しなかった後輩ちゃん、ごめん。いつか救済するから。




