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56. 友人だったあなたへ(後編)

「因果ですね……」



 僕らがたどり着いたのはアニ研の部室だった。


 思えば、ここからすべてが始まったのだ。まだ3週間程度のはずなのにあまりに衝撃的な事態が発生しすぎて体感で1年ぐらい経過した気分だ。



「それで、聞きたいことってなんだ」

「なんだ、じゃなくて、なんですか、だろう陰鬱男。少し立場をわきまえた方がいい」

「訳もなく挑発をするなんて悪趣味な人間だな。前から思ってたけどお前、相当性格悪いだろ」

「……なんなら、もう一戦やってみるかい? 獣を躾けるにはムチが一番だからね」

「調子づいてるみたいだけど。横槍が無ければお前死んでたからな」

「二人とも!? もう19になるんですから、子供みたいな言い争いしないで下さいっ」

「う……」「すまん」



 こんな調子じゃいつまでたっても本題に入れない。心を鬼にして二人を叱りどうにか軌道修正を試みる。



「私が聞きたいのは……どうしてあんなことをしたのか。それとどんな筋書きで兄さまを陥れたのか。動機と手法の二点です」



 貴重な大学生活を女装の練習に費やしたり、こうして僕が自分のことを「兄さま」なんてイカれた呼び方をする羽目になった直接的な理由。それを聞かないまま帰るなんてできなかった。


 いったいどれだけ複雑な理由があるのか。


 しかし意外なことに、彼の答えは淡白だった。



「動機なら簡単だ。ユウヤが憎かったから。それだけ」

「……それだけ、ですか。その、憎むようになった理由とかは」

「男のくせに女々しいから。初めは構ってあげてたんだけど、だんだん鬱陶しくなって。……これで満足か?」

「……」



 その言葉を聞いて、胸のあたりが苦しくなった。


 人から嫌われるのは辛い。その人と仲が良かったのならなおさら。


 僕は大学に入ってからこれまで、彼と多くの時間を過ごしてきた。その間ずっと不快に思われていたなんて──



「お前ッ──」

「俺は聞かれた。だから正直に話した。なにか問題があるのか?」

「っ、いいんですエイルさん。大丈夫ですから」



 彼の言う通りだ。僕の質問に答えただけ。だから、ここで彼に怒りを向けるのは筋違い──そう、無理やり自分に言い聞かせた。

 

 エイル君は心配そうに僕を見てから、それだけで人を殺せるんじゃないかと思うぐらい鋭い視線で翔平を睨みつけたまま椅子に戻った。

 


「理由はわかりました……それで、手段の方は」

「それは──」



 6月の中旬まで遡る。


 エミリーの読み通り、エミちゃんは振られた腹いせに僕に復讐をしようと企んでいたらしい。けど、それはあくまで嫌がらせ程度で──本当に僕を傷つけるつもりではなかった。


 しかし、そこで翔平は話を持ちかけた。俺もあいつには恨みがあるから協力させてほしいと。


 ここで肝になってくるのが二人の出身だ。実は二人は同じ高校出身だったらしい。



「え、初耳です」

「当たり前だ。隠していたからな」



 どうやら、エミちゃんは高校時代にかなり乱れた生活を送っていたらしく、大学に入ってその過去を清算しようとしたらしい。しかし不幸にも同じ高校出身が二人いた。それが翔平とカナコさんだ。


 そういえば飲み会の席でカナコさんが翔平の他に誰かの名前を言いかけていたけど、あれはエミちゃんのことだったのか。カナコさんはエミリーと同じ国交なので、エミリーがエミちゃんの過去を知っていたことも納得がいく。


 エミちゃんは自分の過去が広まるのを恐れ二人に口封じをした。二人はわざわざ秘密を話す必要もないので、6月までは平穏に学生生活を送っていたらしい。


 話を戻す。翔平はアカウントを悪用した例の復讐を持ちかけた。明らかにやりすぎなその内容にエミちゃんは初めは難色を示していたようだが、同じ高校出身というよしみ、「あとでネタバラシをするから大丈夫」との誘いに乗って実行した──そして。



「ネタばらしはしない。もし勝手に話せばお前の過去を大学中に言いふらす。そう脅した」

「……っ」



 これにより、翔平は罪をエミちゃんになすりつけて安全圏に避難することに成功した。


 あとは知っての通り。翔平の指示通り昭人を焚き付け僕をサークルから追い出す。その後は足がつかないようにするため、エミちゃんがサークルに顔を出すことを禁じた。



「後は適当にユウヤを誘導して真相にたどり着かないようにする。それで終わり──そのはずだったんだけど」



 そこに僕達が現れた。けれど、翔平は対処しようとしたがあまりに情報が無さすぎて断念。


 憂さ晴らしに小さな嫌がらせをするも、それが発端となって僕たちに追い詰められることになった。


 そういうことらしい。


 ……理解はした。難しい話じゃない。けど……



「本当にそうなんですか?」



 どうにも腑に落ちなかった。


 それだけ? ただ憎い。嫌いだから。それだけの理由で、そんな大掛かりなことを?


 エイル君も同じ疑問を抱いたようで、眉間に皺を寄せていてそんな表情も魅力的で思わず凝視してしまった。



「兄さまが憎い。それだけの理由でこんなことをしたんですか?」

「あぁ」

「嘘です」

「決めつけるなよ。俺のことなんてなにも知らないくせに」

「……たしかにそうかもしれません」



 長年一緒に過ごしてきた親友のことすらわからなかった僕が、本性をひたすらに隠し続けてきた彼のことを知っているなんてどうして言えよう。おまけに僕と彼は出会って3か月程度しか経っていないのだ。



「そうかも、じゃなくて、そうだ。お前は俺のことを何も知らない」

「でも──それっていけないことなんですか」

「はあ?」

「知らないくせに決めつけるなって言いますけど。決めつけっていうのは知らないからこそ成り立つんです。だって、相手のことをわかっていたら決めつける余地なんてないでしょう。だから私たちはお互いに決めつけ合って生きていくしかない──違いますか?」

「……面倒くさい女だな。論争がしたいなら他所でやってくれ」

「あなたも相当面倒くさいですよ。おまけに嘘つきですし」

「俺が?」

「えぇ、違いますか?」



 彼は何も言わない。



「本当にあなたが彼を恨んでいるなら。彼がサークルを追い出された後に手を差し伸べる必要はなかったはずです……というかこんな複雑で入り組んだ手段を取る必要性がわからない」

「……」

「あなたはいくつも粗を残していた。エミさんの口封じは不完全で、アザラシさんに至ってはほぼ放置状態。本腰を入れて調べれば不審な点が簡単に見つかった」

「……それがどうした」

「何か、焦っていたんじゃないですか。兄さまがエミさんを振ったあのタイミングでしか成し得ない何かがあった。そうとしか思えません」

「お前は俺が綿密な計画を練ってユウヤを陥れたと考えているみたいだけど。現実は推理小説じゃない。ただ行き当たりばったりな行動をして失敗しただけだ」

「昨日、家に誘ったのもですか」

「……お前、あいつからどこまで聞いてるんだ?」



 全てだ。だって僕は矢野ユウヤなのだから。



「正直に話して下さい。私はもう手段は選びません。ここで話してくれないのならあなたを警察に突き出します」

「大事になればユウヤが苦しむ。それでもか?」

「はい。別に彼がどうなろうと知ったことではありません。──これは私の、二階堂ユウリの復讐なんですから」



 脅しではない。ここで彼の本心に触れられなければこれまでの3週間は無駄になる。ただ人間関係を失って性癖を歪まされただけで終わってしまう。そんなの認めたくない。賭けだとしても翔平と向き合うしかないのだ。



「……俺は」



 そんな僕の想いが通じたのかは知らないけど、翔平はしばし無言になり──



「あいつのことが好きだったんだ」

「……は?」



 信じられないことを口にした。



「えっと。それは接しやすいとか、友人として好ましいとか、そういう意味ですよね……?」

「いや?」

「え」

「俺は。恋愛対象としてあいつが好きだ……いや、愛してると言っても過言じゃない」



 レンアイタイショウトシテスキ。耳から入ってきた音声を復号できず、ただ茫然と彼の顔を見つめることしかできない。


 そんな僕など意に介さず、彼はいつもの無表情のままぽつぽつと語りだす。



「あいつの笑った顔が好きだ。無口な俺に愛想をつかさず接してくれるのも嬉しい。いい年してコーヒーすら飲めない子供っぽいところとか最高に可愛い。レポートが丸文字なのもわけわからんくて好き」

「ぅえ……?」



 おかしいな。いきなり日本語が理解できなくなった。徹夜した翌日に英語長文のテストを受けたときの感覚に似ている。単語と概念のリンクが行われず、無機質な文字だけが頭の中で踊っている。


 なんか考えるのが急にダルくなってきた。眠いし寝よう。おやすみみんな。



「……」

「ユウリさん。おーい、聞こえてるかい」

「……ぁぃ?」

「2bitぐらいしか情報量のない顔してるけど。ここで話を流すのはさすがに彼が可哀そうじゃないかな」

「──はっ、すみません。トリップしてました」



 深く考えるのはよそう。一旦「矢野ユウヤ」という存在を自分から切り離して、物語の人物のように考えるのだ。こうすることで心理的なダメージと動揺を回避できる。できる? ……できるかバーカ!



「そっ、それで? 彼を好きなのと、サークルから追い出した事の関連性がわからないのですけど」

「……もういいだろ。これ以上は話したくない」

「そういう訳にもいかないんですよ! 死活問題なんです!」

「どうしてそんなに必死なんだ……」

「理由なんてどうでもいいんです理由なんて!」



 ここで黙られたら不完全燃焼のあまり死んでしまいそうだ。目くばせをしてエイル君をけしかけようとすると、観念したのか翔平は心底面倒くさそうに語り始めた。



「俺はあいつと一緒にいたかった。だからサークルからあいつを追い出して、孤独にさせて、囲い込むつもりだったんだ」



 翔平は僕が好きだった。


 だからサークルから追い出し、傷ついた僕を慰め──独占したかった。そういうことらしい。


 そのためにはどうにかしてエミちゃんとの関係を壊し、並行してサークルメンバーから距離を取らせる必要があった。


 そこでエミちゃんの本性を知っていた翔平はさっきの復讐を持ち掛けた、と。たしかにあれなら僕の大学での人間関係をまとめて焼却できる。エミちゃんという告白はその絶好の機会だったのだ。



「サークルからユウヤを追い出して、あと少しだったんだ。チャーチル。アイツさえいなければ。いきなり現れた癖に、俺よりもユウヤとの付き合いが短いくせに。馴れ馴れしく接して、俺のユウヤを奪って……!」



 いやお前のユウヤじゃないけど??? そもそもエミリーに奪われてもないけど???


 大声でそう怒鳴り散らしたかったけど、あまりにも怖いからやめておく。


 エミリーに逆恨みした翔平はどうにかしてエミリーを陥れようとしたらしい。しかし彼女はなかなか隙を見せない。



「それならユウヤの方から離れてもらうしかない。だから悪い噂を聞かせた。それでも効果がなかったから、冤罪を大学中にバラしてアパートの扉を傷つけた。ユウヤのことだし、あぁすれば『周りの人間に迷惑が及ぶかもしれない』とか考えて勝手に離れていくからな」



 それに気が付く前に僕らは喧嘩別れをしたんだけど、結果的に翔平の目論見通り僕は孤立した。



「まぁ、俺にまで気を遣うなんて予想外だったけどな」



 が、あまりに僕の自己肯定感が低かったことにより失敗したらしい。嬉しくなっ……。


 ただ、ユイカさんに拾ってもえらえなければこうして翔平の正体にたどりつくこともできず、どこかで彼の思惑通り動いてしまっていただろう。回りまわって女装スキルに助けられたことになる。まさかエミリー、ここまで見越して……!? だとしたら天才すぎる。


 翔平の独白が終わり、部屋に静寂が満ちる。あまりに衝撃的な内容で、なんて言葉を返せばいいのかわからなかったから黙っていると……



「とんでもないサイコホモじゃないか。あまりに不快で吐いてしまいそうだよ」

「エイルさんちょっと黙っててもらえますか。流石に擁護しきれませんよ」



 ほんと、嫌いな人間に対しては容赦がない。腹黒でSっ気のあるところとか、なんとなくエミリーと似ているけど、やっぱりカップルって似た者同士がなるんだな、と腑に落ちた。


 そして翔平はカスみたいな暴言を吐かれたにも関わらず無表情だった。


 その無表情の裏に、どうしようもない感情が渦巻いていたことを知ってしまった。だから僕は──



「……どうして」

「……」

「どうして、話してくれなかったんですか。ぼ……兄さまに直接話せばあんなことをする必要も──」

「できると思うか?」

「……それは」

「話したら嫌われるに決まってる。だからこういう手段を取るしかなかった」



 それは。


『仲がいいから、好きだからこそ話したくない。そう思ってるに決まってるじゃない』

 

 不意に、彼女の言葉がリフレインした。



「それでも」

「なんだ」

「それでも、兄さまに話してください。この後でもいい。明日でも明後日でもいいから、正直に。あなたのやってきた行い、そして思いの丈を。……きっと兄さまはあなたのことを嫌いになんてなりませんから」



 初めて翔平の表情が動いた。


 まるで、自分の失敗を咎められた子供のような。そんなどうしようもない顔。



「……無理だ」

「……」

「どうして、信じられるんだ。俺はそんなこと怖くてできない。もし嫌われたら、怖がられたら。そう思うとどうしようもなくなって……きっと、お前が同じ立場でもそうだろ」

「いいえ、私ならきっと正直に話します」

「……どうして」



 翔平の問いにすぐ答えることは出来なかった。


 というのも、自分が口にした言葉に驚いていたから。これまでの僕も、彼女も、お互いから嫌われることを恐れて本音を口にすることを恐れていたから。


 けど──



「信じて待っていてくれる人がいるからです。もし私が失敗して誰かから嫌われても、黙って傍にいて話を聞いてくれる──そんな親友がいてくれるから。私は他人を信じられる、いや、信じたいと思うんです」



 そして、その親友すら疑うことになってしまっても。僕を守ってくれるナイスガイや、間に入って慰めてくれる優しいタレ目の姉さんがいる……まぁお姉さんと言っても同年代なんだけど。


 翔平は僕の答えに、小さく自嘲的な笑みを浮かべた。



「はっ……お前の言う理屈は寄り添える相手がいること前提じゃないか。俺にはそんな相手いない。結局どこまで言っても一人だ。これまでも、これからもずっと」

「私が」

「は」

「私がなってあげます」

「……なんで」



 その瞳が揺れる。理解不能の生物を前にし、恐れを抱いている──そんな眼差しだった。



「俺はお前を脅したんだぞ。それにユウヤにだって酷いことをした。それなのに、どうして」

「理由がなくちゃいけないんですか」

「え」

「なにか対価がいるんですか。お互いの利益がなくちゃいけないんですか。どちらかが頼ってばかりでも、幸せならいいじゃないですかっ! 違うんですか!?」

「二階堂……」



 明らかに冷静じゃない。そう自分を客観視しながらも、言葉は止まらなかった。


 それはきっと彼の中に、僕と彼女の姿を見つけてしまったからだ。友人に嫌われることを恐れ、自分をさらけ出すことができない弱さ。代価を払わなければ愛想を尽かされてしまうんじゃないかという不安。口にすれば大したことはない、けど、鉛のように重く辛いその悩みを。


 その悩みは原理的に解決ができない。他人の心の中なんて覗くことなんて不可能で、満足いく答えなんて絶対に見つかりっこない。


 でも。だからこそ伝えなければいけなかった。



「私はあなたが好きなんです! 入学して、不安でいっぱいだった私に話しかけてくれたあなたが! 学食のチャーシューを必ず譲ってくれるあなたが! 思い詰めて暴走しちゃうぐらい私を好いてくれるあなたが! 大好きだから! 他に理由なんていらないでしょう!?」

「何を言って──」

「ぜんぶ、兄さまの話ですけど! あくまで兄さまの体験談ですけど!」

「そ、そうだよな……」



 勢い余って自爆しかけた。


 束の間静寂が部屋を包む。エイル君は何も言わず、翔平はまっすぐ、不安そうな瞳で僕を見つめていた。



「だから……正直に話して下さい」

「……それで俺が、ユウヤに嫌われたら?」



 (ユウヤ)とユウリはきっと本質的に違う。だからもしかすると、直接伝えられれば嫌悪感を表してしまうかもしれない。いや、きっとそうなるという確信があった。それほどまでに性の壁という存在は厚い。……不思議なことに、(エイル)は例外なんだけど。


 それでも、一つだけ確かなことがあった。



「私が愚痴を聞いてあげます。だって私は──あなたの友人ですから」

「……そうか」



 翔平は相変わらずの無表情で、なにを考えているのかはわからない。


 けど──心なしかその口元が、微笑んでいるように見えた。

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