50.レディ・キラー(後編)
「昭人さん。聞きたいことがあります」
「あ……聞きたい、こと?」
半ば気を失いかけていた昭人は朦朧とした様子で僕の質問に答える。その瞳が僕の後ろ──廊下に待機するエイル君を捉え、恐怖の色に染まる。
「──おっ、お前! なんであいつがいるんだよ! 俺のこと、騙したのか!」
「そんなこと知りません! とにかく、今は質問に答えて下さい」
たしかに、エイル君がここにいることは不思議だ。僕は今日の飲み会に行くことを誰にも話していないのだから──もちろん、エミリーにすら。けど、それは後で聞けばいいだけだ。
エイル君が目を光らせているので、彼も反抗が無意味だと悟ったらしい。こちらを睨みつけながらも、それ以上ゴネることはなかった。
「アニ研のメンバーに、矢野ユウヤという方がいましたよね」
「……いたけど、それがなんだよ」
「彼が追い出された経緯について、知っていることを正直に話して下さい」
「はぁ? 意味わかんねぇ。なんでそんなことお前に……」
一度本性を見せたからだろうか。もう隠すのも面倒になったようで、高圧的な態度で接してくる。
正直怖いし逃げたいし実は半泣きだけど、この機を逃したら二度と話を聞けないかもしれない。なので、僕も一肌脱ぐことにした。
「断ったらちょん斬りますよ」
「え……」
「嘘ついてもちょん斬ります。一生赤ちゃん作れなくなっちゃいますよ」
「は、話す。わかった。正直に話すから」
話がスムーズに進む。護身用に棚から奪っていおいたハサミが功を奏したようだ。
彼は怯えた表情のまま、サークルについて語り始めた。
僕がエミちゃんを振った翌日。昭人は翔平から、僕がエミちゃんを脅したと聞いたらしい。ここまでは僕が知っているのと同じだ。僕のLINEを見て早とちりした翔平が昭人に話したのだろう。
「元々俺はエミ狙いでこのサークルに入ったんだ。アニメ? はっ、興味ねぇし」
「そうですか。ちょん斬りますね」
「やっ、やめてくれ!」
「はぁ……それで?」
「でも、あいつはガードが硬くて。それにユウヤと仲が良かったから、無理じゃないかって諦めてたら……翔平からその話を聞いてさ」
「……」
「チャンスだ、って思ったんだ。ここでエミを脅したユウヤを痛めつけてサークルから追い出せば、簡単にヤ──」
「ちょん」
「今のは俺悪くねぇだろ!?」
いや悪いけど。本気で切り落として強制TSさせようかな、と思ったけど、後処理が面倒だからやめておく。
「実際、ユウヤが消えてから数日は思い通りだったんだよ。向こうもまんざらでもなさそうだったし。けど、なんでかわかんねぇけど……すぐにエミはサークルに顔を出さなくなって。連絡しても返事がなくてよ」
「それは……最近もですか?」
「あぁ。学部が違うから顔合わせる機会もねぇし、だからアイツが何考えてるのかもわかんねぇ」
「そう、ですか」
……これが本当なら、真実は単純だ。
エミちゃんが振られた腹いせに僕を追い出そうと考え、昭人を焚き付けた。そして用済みになった昭人を切り捨て、サークルを抜けた──本当にそれだけ。
あまりに呆気なさすぎる。確かに、現実には物語のように複雑に絡み合う伏線とか、衝撃的な結末なんてものは無い。真実なんてものは、大抵一行程度で記述出来てしまうものが殆どだ。
でも、どこか違和感があるのだ。
『こっちの事情なんて何も知らないくせに!』
何か重要なことを見落としているような。そんなひっかかりを覚える。
けど、僕はエミリーのように物事を俯瞰的に把握することに慣れていない。何かおかしい、と思うのだが、それが「ここまで労力をかけたのだから、何か特別な理由があって欲しい」というサンクコスト効果的なものなのか、それとも重大な見落としを無意識に感じ取っているのか……判別がつかなかった。
結論が出ないままうんうんと悩んでいると、昭人はげっそりとした顔で
「も、もう充分だろ。いい加減帰ってくれよ」
「え?」
僕に帰るよう促してきた。
一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。
「帰る? 何を言ってるんですか」
「は?」
「私、昭人さんを許すなんて一言も言ってませんよ」
「ばっ──正直に話したじゃねぇか! なんでだよ!」
「いやいや。それだけで強制猥褻が許されるなら司法制度なんていらないでしょう」
事実、僕は話をしたら許すだなんて一言も言っていない。
それなのにそんな甘い考えを持たれてしまうのは、押しに弱い女だと思われているからなのか。ふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「あんなことをしたんです。それ相応の報いは受けてもらいたいですね」
「な、何すんだよ。暴力か。謝る、謝るからっ! ほら、この通り。反省してるって!」
「安心してください。私は昭人さんに酷いことはしませんよ」
「え……?」
「エイルさん! ちょっとこっちに来てもらえますか」
廊下からエイル君が姿を現す。僕に呼ばれてか、なぜだか少しうれしそうな顔をしていた。
昭人は先程の仕打ちを思い出したのか、小さく体を震わせる。
「お呼びかな?」
「今から昭人さんを縛るので手伝ってもらえますか」
「もちろん。キミが望むなら、ボクはなんでも協力するよ」
「まぁ♡」
「ちょっ──な、何すんだよ! やめろ! 離せ──」
じたばたと暴れる昭人をゴミ収集用のビニール紐で縛り、それから数分後。
「ふぅ……完成です」
やっとのことで作業を終え、額の汗を拭う。
そこには半泣きで俯く昭人の姿があった。否。最早それは昭人ではない。強いて言うなら──
「アキちゃん、ですね」
黒髪ロングに白いパーカー。けぶるようなまつ毛に鮮やかな唇。
昭人(女装.ver)がそこにいた。
昭人の面影はどこへやら、少し気の強そうな美少女がそこにいた。もちろん、凝視すれば怪しい箇所もあるが、一見して男だなんてわからない。というか半泣きなのが不幸属性を感じさせて正直ちょっと僕の好みだったりする。
日々自分のメイク能力が上がっていることを嬉しく思う反面、これでいいのかとか色々な葛藤があるけどそれはさておく。
ただ、僕の技術では体格はどうにもならなかったので、昭人のクローゼットにあったオーバーサイズパーカーを着せることでなんとか誤魔化してある。ちなみにウィッグは鞄に忍ばせてある予備のものを使った。万一の事態に備えメイク道具一式も持っていたのが功を奏した。
「……な、なんだよ。なんなんだよこれ!?」
姿見の前で両腕を縛られた昭人は、鏡に写った自分が信じられないようで、この場から逃れようともがく。が、ビニール紐でキツく縛られた四肢は動くことがなく、体が揺れるだけで終わる。ちなみにこのビニール紐は昭人の部屋にあったゴミ出し用の物を使用した。
「なんで俺が女の格好してんだよ! 早く直せ!」
「あぁ、初めは恥ずかしいですよね。大丈夫です。そのうち気持ち良くなってきますから」
「はぁ? 意味わかんないこと言ってないでこの紐解けよ! オイ──」
パァン! そんな昭人に僕は容赦なくビンタをかました。
「痛っ──いきなりなんだよ!」
「なんだよ、じゃなくて。『なぁに?』ですよ」
「はぁ? 何言ってん──」
またビンタ。今度はさっきよりも強く。乾いた音が室内に響いた。
呆気にとられる昭人。
「『はぁ?』なんて粗暴な言葉遣い、女の子がするはずありませんよね。馬鹿にしてるんですか」
「いっ、意味わかんねぇ。つぅかほんと、この格好なんだ──」
本気のフルスイングが昭人の頬に炸裂した。
「話、聞いてました?」
笑顔で語りかける。
「っ──その、えっと、わ、わかりました」
「敬語キャラは被ってるので普通の喋り方にしてください。あ、普通の女のコって意味です」
「うぅっ、わ、わかった……よ」
「やっぱり声はどうにもなりませんね……もっと頑張って女の子っぽい声出せませんか?」
「ひっ──む、無理っ。ごめんなさいっ」
「あ、一応言っておきますが、これは暴力じゃありません。女の子のビンタはコミュニケーション手段なので。ですよね、アキちゃん」
昭人は無言で頭を上下させる。物分りがよくて大変よろしい。やっぱり金髪ツインテ娘仕込みのスパルタ教育は効率性バツグンだなぁ。
「こ、これからどうするつもりなんっ……なの」
「そうですね……」
とりあえず女装させたが、この先を考えていなかった。
このまま写真を撮って終わり? いや、もっとスマートな方法は無いものか……と頭を悩ませていると、不意にポケットのスマホが震える。見ると、ヤスダからLINEが届いていた。こんな状況で呑気に返信する気にもなれず(平時でもヤスダには返信しないけど)、スマホの電源を切るが──同時に妙案を思いつく。
しまったスマホを取り出し、ヤスダに電話をかける。
「あ──もしもし、ヤスダさんですか。すみません、夜分遅くに。あ、今夜って空いてますか? いえ私は遊びませんよ。──いや遊びませんから。──いや何度言われても同じですっ。それより朗報があるんです。私の友人が、ヤスダさんに一目惚れをしてしまったようで。えぇガチです。ぜひ合ってお話がしたいと──」
「ちょっ──な、なんでヤスダに電話してるの。一目惚れってなんの話……!?」
昭人が不安そうに問いかけてくるがスルー。
それから十分と立たないうちに、ヤスダは息を切らしてアパートへやってきた。
「この娘です。アキちゃんって言うんですが……どうも、ヤスダさんの明るい性格に惹かれたらしくて。一度でいいから話がしたいって私に相談してきたんです」
「今は喉を痛めてしまっていて。上手く話せないらしいんですが……」
「それに、ちょっと自己表現が苦手なところがあって。天の邪鬼……俗に言うツンデレみたいな性格してるんですよ」
「なので逃げようとするかもしれませんが、照れ隠しなので気にしないでいいです。ガンガン迫った方が彼女も喜ぶと思います」
「それではごゆっくり」
「えっこんな可愛い子が俺のこと好きなん!? ガチで嬉しいんだけど。アキちゃんだっけ?」
「……!! …っ! ……!」
「そんじゃ、とりあえずウチくる? アパート近いし」
「……!!!! ………っ! ……!」
「嫌がって──ないのか! そっか、ツンデレだもんね。そんじゃ行こっか!」
ヤスダ腕を捕まれ、アキちゃん(昭人)はアパートからドナドナされていく。何かを必死に訴えるような目で僕らを見てきたので、とりあえず笑顔で手を振っておいた。二階堂ユウリは二人の恋を応援しています。頑張れ!
「これにて一件落着……」
悪は滅びた。一仕事終えた満足感を胸に室内に戻ると、引きつった笑みを浮かべたエイル君から一言。
「……いや、キミの方が酷くないかな」
「……し、諸説ありますね」
ヤスダを巻き込むのはたしかにやり過ぎだったかもしれない。でもまぁ、あそこから幸せな恋が生まれる可能性もあるから。むしろ恋のキューピッドまである。ないか。
投稿速度遅すぎて生きてるのが申し訳なくなってきた。
頑張ります。




