48.やめよう未成年飲酒
拝啓。梅雨も晴れ、青空の眩しい季節になりました。母さん、父さん。お元気ですか? 僕は元気です。
高校卒業から3か月。日数にすればそう長くはありませんが、体感ではもう何年も経ってしまったように感じられます。初めての一人暮らしは色々と戸惑うことも多く、色々やらなければいけないことが多かったのでそのせいかもしれません。ただ、最近はこちらの生活にも慣れてきて、これからもなんとかやっていけそうです。大学生活も充実しています。
サークル? あぁ、入ってはいたんですけど、色々あって抜けてしまいました。今はどこにも入ってません。それじゃあ、大学生らしいことは何もしていないのかって? そんなことはありません。今日はなんと、友人の誘いで飲み会に参加してるんですよ。飲み会。コンパ。合コン。華のキャンパスライフ、って感じで少しワクワクします。
──まぁ、女装しての参加なんですが。
「…………なんで???」
「ん? ゆうちゃん、なにか言った?」
そう問いかけてきたのは、隣に座る隣に座る小柄な女子大生──秋山 加奈子だ。ちなみに彼女とは今日が初対面。名前はさっき聞いた。
「いや、なんでもないですよカナコさん」
そっかー、と花がほころぶような笑顔を浮かべる。僕もつられて笑う。漂う和やかムード。
……いや。
なんで??? なんで僕は女装して合コンに参加してるんだ??
ダメだ。深く考えれば考えるほど頭の奥がキリキリ痛む。わからない。ただただ辛い。
僕らの向かい側──そこには、いかにも大学生、と言った感じのチャラついた雰囲気の男が三人。そのうちの一人は──
「あれ、ユウリちゃん。箸進んでなくない?」
中橋昭人。アニ研部員にして、僕を殴り追い出した張本人。
…………そう、そうだ。思い出したぞ。この合コンは昭人によってセッティングされたものなのだ。
あれは……たしか昨日の昼。アニ研部室にてエイル君とたまさかの逢瀬を楽しんだ直後。昭人からスマホ(もちろんユウリの)に連絡があり、この合コンに誘われたのだ。文学部と経済学部でコンパをするから来てほしいと。
普段の僕なら無言でスマホを海に投げ捨てた後SIMカードを解約するぐらいのことはしたんだろうけど、例の事件について探れる時間は限られている。昭人と接触できる機会を逃すのは得策じゃない。虎穴に入らずんばなんとやら、ということで、苦渋の決断ながらもユウリとして参加することにした。まさか女装姿で虎穴に入ることなんて予想もしなかったけどな!! 死にたいです。
「どうしたん?」
「えっ、いや。ちょっと食欲がわかなくて……」
「あ、もしかして緊張してる? 大丈夫だって。全員同学年だし」
「それはそうなんですけど。こういった場は初めてなので……」
「え、うっそ。ユウリちゃんめっちゃ可愛いから、もっと遊んでるのかと思った」
「そ、そんなことないですよぅ」
「またまた。ホントのとこはどうなの?」
「いやぁ……」
男相手に可愛いとかこいつバカにしてるのか? と反射的にビンタしそうになったが、そういえば女装してるんだった。いけないいけない。
けど、これは思ったよりもストレスだな。普通に会話するだけならまだしも、コンパともなれば逃げるわけにもいかない。ひたすら作り笑いを浮かべて相手に合わせなくちゃいけないなんて。
「ちょっとちょっと昭人。いきなり口説くのは反則じゃね? ユウリちゃん嫌がってるっしょ?」
そう横槍をいてれ来たのはパーマのかかった茶髪が特徴的な男。安田隼人。
そう、いつか正門前で僕をナンパしたあのヤスダだ。あの時は白馬の騎士さながらの登場をしたエイル君に妨害され、彼が恥をかく形で終わったので顔を合わせた瞬間は険悪になるかとハラハラしたが、めっちゃフランクな挨拶が飛んできた。
どうやらあんまりそういうのは気にしないタイプらしい。いや、ただ忘れてるだけかもしれないけど。どうやらバ……お調子者気質のようだ。
そんな彼に茶々を入れられた昭人はムッとしたらしく
「べつに口説いてねーけど?」
「ちょ、キレんなってw」
「は? キレてねぇし」
「いやキレてんじゃん!w」
「……そういうお前こそ、この前ユウリちゃんに振られたらしいじゃねぇか。話題になってたぞ?」
「あ、あれは──ホラ、俺なりの挨拶っていうか? より強いファーストインプレッションを、的な?」
「なんだそれバカっぽい」
「なっ、バカは言い過ぎっしょ!」
「ユウリちゃんもそう思わね?」
「え、えっと……」
「いやユウリちゃんは俺の味方だから! 残念だったな昭人!」
「あぁ!?」
なんだろう。ひたすら虚無。
あんまりコンパとか参加したことないけど、こんなノリが何時間も続くのか???? 新手の拷問だろこれ。
いや、普通だったら楽しめるのかもしれないけど、性別反転して参加する合コンを心の底から楽しめる人間って幻獣レベルで存在しないと思う。そんなメンタリティを持つが人間いてたまるか。
そのままぎゃいぎゃいと騒ぐ二人を虚ろな目で眺めていると
「ま、まぁまぁ二人とも」
テーブルの端に座る、やや気弱そうな青年がヒートアップしていく二人を窘めに入った。線が細く、男なのに華奢な印象だ。銀縁の眼鏡から覗く両目は少し頼りなさげで、いかにも文学青年、といった感じ。確か名前は……久保。久保雄大だ。
「すみません。お二人がご迷惑を……」
「い、いえ。別に気にしてないので大丈夫ですよっ」
「そう言ってもらえると助かるのですが……」
彼はそう言って細く笑った。
その笑みどこか儚げで、あの二人に挟まれる彼が少し可哀そうに思えてくる。あまり浮かばない表情をしていることから、もしかしたら人数合わせで無理やり連れてこられたのかもしれない。
正直、昭人やヤスダといったイケイケな人間と話すのは疲れる。だから久保くんのように物静かなタイプと話している方が楽だ。
これはチャンスだ。あんなノリに何時間も付き合っていたら、昭人から話を聞く前にストレスで血を吐きかねない。久保くんと会話をしていれば余計なストレスを抱え込まずに済むだろう。
そう思った僕は、カナコさんがヤスダに話を振ったタイミングで彼に身を寄せ、二人で話をすることにした。久保君はどうやら口下手なようであまり積極的に話題を振ってくることはなかったが、僕が一方的に話すことでどうにか間を持たせる。そんなこんなで数分が経つと……
「あの、僕と話していて楽しいですか?」
「え」
「僕、あんまり話題も持ち合わせていないし……ヤスダくんみたいに明るいタイプでもないですから。ユウリさんに話させてばっかで悪いなぁって。ですから、無理して僕に気を遣わなくても……」
不味い。このままじゃ気まずい雰囲気になって強制的に向こうの会話に参加せざるを得なくなる! 束の間とはいえこの安息を失うのは辛い。
「そんなことありません!」
焦りから強い口調になってしまい、久保君が驚いた眼でこちらを見る。
「明るい性格も素敵ですけど、静かに相手の話を聞けるのも同じぐらい大切なんじゃないでしょうか」
「そ、そうですかね……」
「そうですよ。それに久保さんはただ黙ってるだけじゃなくて、しっかり周りに気を配ってるじゃないですか」
「いいですよ、そんなお世辞……」
「お世辞じゃありませんっ。さっきも二人のことを静めてくれましたし。最初にオーダーを取ってくれたのも久保さんじゃないですか。私、久保さんのそういうところ素敵だと思います」
「っ。その、えっと……あ、ありがとうございます」
熱意のあまり久保君の手をつかんでいたことに今更気づき、慌てて離す。
その後、久保君はさっきよりも明るく受け答えをしてくれるようになって、会話も弾んだ。ただ、あまり目を合わせてくれなくなったのがさみしかった。何か気に障るようなことをしてしまったのだろうか……。
そんなこんなで、そのまま二人で世間話を続けていると……
「おい久保。何ユウリちゃんと仲良くやってんの」
「ぇえっ、そんなつもりは……」
「久保ちーん。抜け駆けはなしっしょー。てなわけで、ごめん。俺らちょっとトイレ行ってくるわ」
彼らは久保くんの肩を掴み、そのままお手洗いにドナドナしていった。そりゃ、同じテーブルにいるのだからいつかはこうなるとわかっていたが、久保君との時間が終わってしまい落胆する。そして女子(所説ある)3人だけがこの場に残された。
合コン序盤でのトイレ。知ってるぞ、これは……あれだ。トイレで「お前誰狙い?」「俺はA子ちゃんだな」「じゃあ俺B美ちゃんで」「いやB美は俺が」みたいに計画を練るやつ。通称ヤルタ会談。
僕としては彼らと話すのも億劫なので、標的が僕が逸れることを祈るばかりだ。まぁその点は大丈夫そうか。幸いなことに、僕の両隣の女の子はとてもレベルが高い。まともな頭と眼球があれば僕なんか放っておいて彼女たちを狙う判断をするはず。ヤスダと昭人にまともな頭があるのかは疑問だが。まぁ女装姿でここにいる僕が一番イカれてるんだけどね。
そんなことを考えながら、ぼけーっとオレンジジュースを口にしていると……
「いやー、ゆうちゃんモテモテだねぇ」
隣に座るカナコさんがそんなことを言ってきた。
「そ、そうですか? ただ絡まれてるだけのような気が……」
「謙遜はなしだよぅ。いいなー。わたしもこんなちんちくりんじゃなければなぁ……」
そう言ってカナコさんは自分の胸と僕のそれを見比べ、悲しそうに眉を伏せた。
秋山加奈子。文学部一年生の彼女は非常にミニマムで……一見して中学生じゃないかと思うぐらい背丈もろもろが小さい。目もくりくりしていて童顔だ。そして飾り気のないボブカットが彼女の純粋そうなイメージをより強め、なんというか……手を出せば警察のお世話になってしまうような気がしなくもない。
「かわいいし胸もあるってずるいよぅ。半分ぐらいちょうだいよぅ」
「うぇっ!? あ、あげませんよ。絶対!」
「冗談だよぅ。そんな強く言わなくても……」
不幸にも僕の胸は取り外し可能なので、一瞬本気で奪われるのではないかと過剰に反応してしまった。
ただ、もしも今後「それーっ!(もみっ)」「きゃー! ちょっとやめてよー♡」的な百合マンガあるある展開が繰り広げられれば地獄が生まれる可能性がある。パッドがズレて男であることがバレでもしたら、カナコさんはこの世の闇を知ってしまい、その瞳に純粋さは二度と戻らないだろう。それは国宝の喪失に他ならない。なので一応警戒しておく。
「というか。そんな自分を卑下しないで下さい。カナコさんも小さくて可愛らしいですよ。まるでお人形さんみたいです」
「ほんと?」
「はい。コミック〇Oで表紙張れるぐらいのポテシャルを感じます。人間国宝ですよ人間国宝」
「えるおー……? ……よくわかんないけどありがとっ!」
向日葵のような笑み、って表現、こういう場面で使うんだろうなぁ。カナコちゃんはかわいいねグヘヘ。おじさんと一緒に──おっといけないいけない。女装姿でロリっ娘に興奮するとか、地獄の底を突き抜けるレベルの業の深さだ。
カナコさんとばかり話しているのもアレので、もう一人の女子──たしかレイさんとか言ったっけ──と会話をしようと目を向ける。すると彼女と目が合った。切れ目の鋭い瞳。独特の威圧感に思わずたじろいでしまう。
「なに?」
「いや、その……同じ机ですし。お話でもできればと」
「いや、話すことなんてないし。ほっといてよ」
そういうと、彼女は視線をスマホに戻した。
……あれ、僕、なにか間違えた?
「ちょっと、れいちゃん!」
「……なによカナコ」
彼女はスマホから視線を上げる。その表情は相変わらず不機嫌そうだ。
呼び捨てであることから、どうやら二人は面識があるらしい。
「男の子たち取られちゃったからって、ゆうちゃんに強く当たったらだめだよぅ」
「は、はぁっ? 別にそんなんじゃないし!」
狼狽した様子を見せるレイさん。
「嘘はよくないよぅ」
「嘘じゃないっ。そもそも、あんなチャラチャラしたメンツだなんて聞いてなかったし! 医学部のイケメン男子たちって話だったのに! カナコ、あたしのこと騙したでしょ!」
「だ、だましてないよ。ちょっと伝え方を工夫しただけだよう」
「あんたはまたそうやって……」
どうやら、カナコさんは彼女をここに連れてくるために嘘をついたらしい。それが露呈して彼女はイライラしているようだ。
一触即発。このまま喧嘩に発展して解散にでもなったらどうしようと内心ハラハラしていると……
「うぅ……だって、一人じゃ心細かったんだもん」
「っ」
「れいちゃん……ごめんね?」
「……し、仕方ないな」
すぐに和解した。
「れいちゃんありがと! 大好き!」
「っ──こ、今回だけだからね。次やったら帰るから! まったく……」
え、ちょろ……レイさん、ちょろすぎないか?
目が痛くなるような金に染められた髪に、OYのパラシュートデザインシャツ(黒)というストリート系のいかつい見た目からは想像もつかないちょろさ。
ちなみに一目で服のブランドが分かったのは、「ハイ・ロー含めてブランド名を50個暗唱できなければ女子大生ではない」なんていう暴論を振りかざす金髪ツインテ嬢による英才教育だったりする。女装にそこまでの知識いる??? なんて口にしたらツインテロックを食らわせられたのは記憶に新しい。ガチで地獄だったなアレ。
「なに、その目?」
「いや、尊いなぁって」
「はぁ? 意味わかんないこと言わないでよ」
さっきまでは彼女の辛辣な態度にビクビクしていたが、それが古典的ツンデレ態度によるものだと発覚した今、おそるるに足らず。野良猫が必死に威嚇してるみたいでむしろ可愛いまである。完全なる精神的優位を手にした僕が生暖かい目で彼女を見ていると、彼女はなにやら疑わし気な目でこちらを見て
「てかあんた、本当に二階堂ユウリなの?」
「そうですけど……」
「……実在したんだ。ふぅん」
興味なさげにそう言うと、スマホに視線を戻した……が、まだなにやらこちらをチラチラと見てくる。
「えっと、なにか?」
「いや? 別に」
「そうですか」
「……」
「……」
僕が正面に視線を戻す。正面のガラスに反射して見えたが、彼女はまだこちらを見ているようだった。
「……あの、私の顔、なにかついてます?」
「うぇっ!? な、なんでもないってば」
「そうですか……」
これ、あれ? 新手のいじめ? 常に視線を送って精神的にパンクするのを狙う、みたいなやつかな。
見た目に反してエグイ作戦練るじゃん……と戦慄していると、退屈そうにしていたカナコさんが口を開く。
「ねぇねぇれいちゃん」
「なに」
「れいちゃんって女の人が好きなの?」
「は──はぁっ!? あんた何言ってんにょ!?」
にょて。
「だって、彼氏ほしいほしい言ってるくせに、男の子からの誘いぜんぶ断ってるし」
「そ、それは──アタシの眼鏡にかなう男がいないだけだし。ヤスダみたいなやつに言い寄られても迷惑なだけでしょ」
「やけにボディタッチ多いし……」
「そ、そう? 別に気のせいでしょ」
「今だって。ゆうちゃんのことずっとチラチラ見てたし……それにそれに。飲み会始まってから男の子に話しかけられても全部塩対応だったし」
「ぐっ……だ、だから勘違いだって言ってるでしょ!」
ゆ、百合……!? 金髪ギャルでちょろくて百合属性持ち!??!
文学部にはとんでもない逸材が眠っていたらしい。思わず胸(詰め物)が熱くなる。
「ほんとぉ? べつにれいちゃんが女の子好きでも、カナは気にしないけど……」
「アタシが気にするの!」
その返し、解釈の仕方によっては認めてるようなものでは? 兎にも角にも、彼女たちの今後に期待。
「それじゃ、気になる男の子とかいないのー?」
「べつに、今はいないけど。今はね? あくまで今は」
「ゆうちゃんは?」
「私も特に……」
「えー、つまんなーい」
なぜだかレイさんは嬉しそうに頬を緩めていた。あれ、もしかして僕狙われてる? 若干うれしく思わなくもないが、女装して女の子と付き合うのは倫理的に許されるのだろうか。その答えやいかに。許されます。
「カナコさんはどなたか気になる方、いらっしゃるんですか?」
「わたし? えぇ、恥ずかしいよぅ」
「え、アンタ好きな人いんの? 嘘? マジで?」
「レイさん近いですってがっつきすぎです」
めっちゃ食い気味じゃん。
僕は二人の間に座っているので、レイさんがカナコさんに詰め寄ることでぎゅうと挟まれる形になる。これって意図せず『百合の間に挟まる男』になってしまっているわけで……クソっ! 今すぐ席を立ちたいがそういうわけにもいかない。どうすればいいんだ。
そんな僕の内心の葛藤など知るわけもなく、カナコさんは恥ずかしそうに相手の名前を口にする。
「えっとね……別の学部なんだけどね。エイルくんってわかる?」
「………………へぇ」
へぇ。
別にいいんじゃない?
憧れるだけなら自由だしね。うん。
「へ、へぇ。アンタ、あぁいうのがタイプなんだ」
「うんうん。キラキラしてて憧れちゃうなぁ。王子様みたいだし」
「にわか乙……」
「え?」
「カナコさん、どうかしました?」
「ううん。気のせいだったみたい……?」
不思議そうに首をかしげるカナコさん。気のせいだよ。
「でも、正直よくわかんなくない?」
「はァ? わからないって、何がです!?」
「えっ、なんかゴメン。いやさ、確かにイケメンだけど……あんな人、前からいたっけ? あれだけ見た目がよかったら前から話題になってそうなモンだけど。全く記憶にないっていうか。そこがめっちゃフシギで」
「それは……たしかにそうかも。わたしも直接会ったのって最近だし」
「それもそうですね……」
言われてみればそうだ。
もしかすると編入生とか? でも、前期終盤の編入なんて制度上ありえないはずだし……となると家庭の事情で通学できていなかったとか。複雑な事情があるのかもしれない。
「ま、そういう点ではアンタも一緒なんだけど」
「え、私ですか?」
「うん。なんか1週間ぐらい前かな。『経済学部に謎の美少女がいる!?』って話題になっててさ。アタシも経済にはけっこーダチいるから聞いてみたんだけど、みんな知らなくて。めっちゃナゾじゃん?」
「えっと……ま、まぁ、色々ありまして。前期の途中から通学を始めたんです」
「いろいろ?」
「いろいろです」
「ふぅん」
「エイルさんも、もしかしたら私と同じで途中から通学を始めたのかもしれませんね」
「そっかぁ……」
レイさんはあまり納得していない様子だったが、すぐに興味を失ったようだった。するとすぐに別の話題に切り替わる。
「そういえばさ。理学部にめっちゃイケメンいない? 同じ一年だと思うんだけど」
「理学部……あ、翔平くんのこと?」
「え、カナコ知り合いなの?」
「うんうん」
え、カナコさんと翔平が知り合い? にわかには信じがたい。少し前、翔平と高校の話をしたことがあったのだが、彼はその時『この大学に同級生はいない』と言っていたからだ。
「えっと、二人はどういった関係なんですか?」
「高校が一緒だったの。まぁ、クラスが違ったし、ほとんど話したこともないんだけど……」
クラスが一緒でも話す機会はなかったと思う。そんなこと口にはしないけど。
この感じだと、どうやら翔平は忘れていただけみたいだ。まぁ、3年間クラスが違えば知らなくてもおかしくはない……ないか? まぁ翔平だし普通か。
「あれ、カナコと同じ高校ってもう一人いなかったっけ。えっと、確か……」
「あ、エ──」
「うぃーっす」
その時、ぞろぞろと席を外していた3人が戻ってきた。僕らも会話を打ち切り、合コンが再開される。
……ここからの数時間は地獄だった。酔ったヤスダと昭人が口論を始め、勝敗を一気飲みでつけるとか言い出して……その後のことは思い出したくない。ただ一つ言えるのは、未成年飲酒はやめよう。それだけです。ちなみにカナコさんは終始半泣きだった。ガチでかわいそう。
そんなこんなで帰り道。久保くんは酔ったヤスダの介抱、カナコさんとレイさんは隣町にシェアハウスをしているらしく(ツーアウトでは?)、今は僕と昭人の二人だけで帰路についている。
「物足りねぇ」
「そうですか?」
「まだ9時だし。二次会もないとかつまらん」
僕としてはもう十分だと思うのだが、昭人はまだまだ遊び足りないらしい。パリピの考えることはわからん。早く家に帰って温かいお風呂に入った方が気持ちいいと思うんだけど。
適当に相槌を打ちながら歩いていると、昭人は突然立ち止まり
「ユウリちゃん、この後暇?」
「え……」
唐突な言葉に面食らう。いくら僕と言えど、その言葉の先にどんな誘いが待ち受けているぐらいは予想できる。
断ることはできる。が、それは悪手だ。そもそも今日は昭人から話を聞くために参加したのに、周りに人がいるせいもあってそれは叶わなかった。なのでこのまま帰れば今日の合コンは無駄足ということになってしまう。
ここは誘いに乗るべきだ。いや、乗るしかない。
「まぁ、空いてはいますけど」
「じゃあうち来ない?」
「えっ……」
い、いきなり家!? てっきり、二人で食事とかカラオケだとか、そういうのを想像していた僕は思わずフリーズしてしまう。
二人きりで家は……こう、なんというか、ハードルが高いのでは?
翔平に電話して来てもらう? いや、今の僕の誘いに翔平が乗ってくれるわけない。というか、そんなことをしたら昭人が機嫌を崩すのは目に見えている。
だからと言って断るのも……
「……あぁ、何か勘違いしてる? そういうのじゃないから安心してよ」
「えっ」
「この前、講義休んじゃってさ。ほら、前話したやつ。レポートで教えて欲しいところあんだよね」
そういえば、この前も似たようなことを言っていた気がする。
なんだ。てっきり下心があるのかと思っていたけど、勘違いだったみたいだ。そもそも、昭人とエミちゃんは付き合っているはずなのだ。そんな彼が女を部屋に連れ込んでどうこうするなんてありえないじゃないか。
安全であることが分かったので、了承することにした。
「それならいいですよ」
「おっけ」
──後から思い返せば、これは選択ミスだった。夜遅く、男女が二人きりというシチュエーションにそういうニュアンスが含まれていないなんてありえないのだ。もしかしたら、エミリーと長く接しすぎてそういう価値観がバグり始めていたのかもしれない。とにかく、僕はすぐにこの選択を後悔することとなった。
実はカナコさんは45話にちょろっと登場してたりする。




