47.疑念
「すみませんでした……」
「…………」
さっきの僕はあの言い訳でなんとかなると思ってたみたいだけど、冷静に考えれば謝るしかないよね。普通に犯罪だし。
そんなわけで、土下座。僕は今、比喩じゃなくて普通に土下座をしている。男としてのプライド? そんなものがあったらそもそも女装なんて出来ないと思うんですけど(正論)。
もちろん女装は解いてある。あの格好のまま謝罪するとか流石に倫理観バケモノすぎるし。
「あの、エミリー……?」
「…………」
「ほんとに悪かったと思ってるから……その、許してもらえないかな」
「……べつに、怒ってるわけじゃないデスけど?」
いやめっちゃ怒ってるじゃん。目合わせてくれないし。
とうか、エミリーの怒ってない=基本怒ってる だとエミリー学概論Iを履修済みの僕は思うのだが、どうなのだろうか。
「それならこっち向いて欲しいかな」
「それは無理デス」
「そんなぁ」
どうにかエミリーの顔を見ようと正面に回り込むが、僕の動きに合わせて彼女は後ろを向く。
「……」
「……」
また回り込む。後ろを向く。そのままぐるぐるぐるぐると太陽系惑星のように彼女の周りを周回するが、意地でも目を合わせてくれない。
ちらりと見えたが、彼女の頬はリンゴのように赤く染まっていた。毛細血管が拡張し、一目見てわかるほどに赤面している。つまり……彼女は怒り狂っているのだ。イビル〇ョー並みに。
これは本格的にまずいことになったぞ、と戦々恐々とする僕だったが……
「なんで、あんなことしたんデスか」
変わらずそっぽを向いたまま、少し震える声でそう問いかけてきた。
翔平いわく、僕は嘘が下手らしい。なので隠しても墓穴を掘るだけなので、正直に話すことにした。
「そりゃ、見たかったからだよ」
部屋の中を。
「へ、ヘェー……」
なんとも不思議なことに、エミリーは喜んでいるようだった。その証拠にほら、ツインテの先っぽがぴょこぴょこと跳ねている。あれ、神経通ってるのかな。ちょっとホラーだな。
「べ、べつに……見たいなら見たいと言ってくれれば。ワタシは……そのぅ……いっ、いつでもウェルカムなのデスが?」
「え、いやもういいよ」
「エっ?」
「なんか、思ってたのと違ったから」
結局、エイル君の姿は見つけられなかったからなぁ……まぁ、窓から逃げたという推理を成立させるだけの状況証拠が手に入ったので儲けものではあったけど。とにかく、もうエミリーの部屋に用はない。
ようやっとこちらを振り向いたエミリーは、なぜか目と口を丸く空け、呆然としているようだった。
「お、思ってたのとチガウ……?」
「うん」
「…………ハァ?」
えっ、エミリーの表情が……みるみる不機嫌に……!?
「悪かったデスね。期待外れで……っ!」
「ど、どしたの急に」
「AAで! 悪かったデスね!」
「????」
訳も分からず無言になる。そんな僕を睨みつけると、彼女は引き止める間もなく部屋にこもってしまった。
「ちょっと、どうしたの!?」
扉越しにそう問いかけるが
『別にワタシはどうもしてないデス。どうかしてるのはユウのほうデスね。辞典でdelicacyの意味を調べてきたほうがよいのでは?』
「えぇ……」
『もう話かけないでください。Bye』
その後、粘ってみたが機嫌を悪くするだけだった。
一体なんだっていうんだ。
──────────
エミリーのことは気がかりだが、不幸にも今日は五限に講義が入っていた。試験も近いのでサボるわけにもいかない。
教室につくと、翔平と目が合う。彼は僕の方へ駆け寄ってきた。
「チャーチルのことなんだが、聞いたか?」
「聞いたって、なにを?」
まさか、同居人に無理やり着替えを覗かれたとか? その話が広まったら本格的に隠居の準備しなきゃな。正体を隠すため一生女装して過ごすまでありえる。いやありえないだろ。どっちだ。
「その様子じゃ、まだみたいだな」
幸いなことにその話ではないらしい。
「実は……」
どうやら、翔平は噂話を聞いたらしかった。
その内容というのが……エミリーが所属サークルでトラブルを頻発し、顰蹙を買っている、と。
あるサークルでは、備品をフリマサイトで転売しその罪を同級生に着せたらしく。また別のサークルでは、複数人の男に言い寄り内部分裂を起こしたらしい。またまた別のサークルでは、メンバーをマルチ商法に勧誘し暴利を貪っているとか。
そんな悪評が広まり、彼女は今現在、大学内ではかなり危うい立場にいるらしい……とのこと。
……えっと。
「いやデマでしょ」
「……即答だな」
「そうだけど」
「なにか根拠でもあるのか」
「根拠って、その噂の方こそ根拠があるのか疑わしいよ」
エミリーは色々と問題児なところはあるが、流石にそこまで歪んだ性格はしていない。数年一緒にいるのだからそれぐらいは僕にもわかる。
確かにその噂話はエミリーが同時期に複数サークルを辞めた事実と整合性はとれるが、内容に現実感がないのだ。というか、信ぴょう性どうこう以前にそんな話信じたくない。虚言癖&サークルクラッシャー&マルチ勧誘て。そんな地獄みたいな人間いてたまるか。
「それ、誰から聞いたの?」
「学科の女子たちから──」
「えっ翔平って女子と喋れたの」
「──話を聞いたって司馬が言ってたな」
「めっちゃ又聞きじゃん……」
司馬というのは僕らと同じ理学部の男子だ。翔平は女友達は虚無だが男友達は多い(翔平検定準2級より抜粋)。
「被害者……サークルの人から直接聞いたわけじゃないんだよね」
「まぁ、そうだが……」
「それじゃなんとも言えないよ」
人間というのは不思議なもので、ネガティブな情報ほど他人に広めたがる傾向がある。危機管理のためにはその方が効率的なんだろうけど、そのせいで悪質なデマが真実のように広がってしまうことも多い。噂話をするな、とまでは言わないけど、せめて一次情報に触れる努力ぐらいすべきなのでは、と思わなくもない。
「お前は何かされてないのか。怪しい壺買わされたり……」
「あるわけないでしょそんなこと。エミリーはそんな酷いこと──」
……ふと、これまで彼女によって行われてきた数々の暴挙が脳裏をよぎる。
「しないといいなぁ」
「なんだ、その返事」
「いやべつに……」
ま、まぁ。流石に噂話にあったようなガチの悪意を振りまくことはしていないし。まぁ、この前、ポーカーで負けた罰ゲームとして猫耳エプロンを強要してきたことは司法の場に持ち込めば然るべき判決が下されそうな案件ではあるが。あれっ? マルチより悪質かも。
そんな僕の内心と共鳴したのかは知らないが、翔平は彼女への疑いを捨てきれないようだった。
「でも、火のない所に煙は立たないって言うだろ」
「それはそうだけど」
「絶対に違うって確証はないんだろ?」
「それは逆もそうでしょ」
「それはそうだが……」
「……何か言いたいことがあるみたいだけど。翔平は僕にどうして欲しいの?」
「何があるかわからないし、一旦距離を置いてみたらどうだ? サークルの件もあったし、お前が心配なんだ」
翔平はまっすぐにこちらを見つめ、頼み込む、という表現がしっくりくるほど真剣な様子でそう言ってきた。
なんというか、反応に困る。
翔平は性格が良い。だから純粋にこちらのことを思って心配してくれているのだろうけど、それによってエミリーが蔑ろにされるのは……なんというか、非常に微妙で複雑な気分だ。
「心配してくれるのはありがたいけどさ。僕はやっぱり、エミリーがそういう人間だなんて信じられないよ」
「……やけにチャーチルを庇ってるけど、そんなに仲がいいのか?」
「え? まぁ……普通だと思うけど」
もちろん嘘だ。けど、仲がいいと言ってしまえば僕らの関係についてある程度説明しなければいけないわけで、それは非常に面倒くさい。なので、ここは隠すことにした。
「俺とお前は昔からの付き合いというわけでもないけど。大学に入ってからは結構長い時間一緒にいたと思うんだ」
翔平の言う通りだ。僕は大学に入ってからは積極的に人脈を広げようとは思わなかったので、基本的に翔平と一緒に過ごすことが多かった。それは四月初め、入学ガイダンスで出会ってからずっとだ。大学生活の半分は翔平とともにあったと言っても過言ではない。……なんとも寂しい大学生活だが。
「だからなんとなくだが、ユウヤの交友関係は把握できてるつもりだ。だから、お前とチャーチルがそんなに仲が良いのが不思議なんだ」
「待ってよ。普通って言ったよね。そんなに深い仲ってわけじゃ……」
「この前、駅前のスーパーで買い物してるところを見たんだ」
きゅっ、と喉がつまる。
「そ、それは……」
「付き合ってるのか?」
「うぇぇっ!? まさか!」
「それなのに夕食の材料を買いにスーパーに行くのか」
「な、なんで内容まで知ってるの!?」
「カマだが」
「最悪だよっ!」
まんまと自白させられたらしい。心理戦が下手すぎて自分が嫌いになりそうだ。
「それで。一体どういう関係なんだ?」
「それは……」
「…………」
「えっと……」
「……いや、話したくないならいい。尋問するような真似して悪かった」
ありがたいことに、翔平は引き下がってくれた。表情を見るに納得はしていないようだが。
「その、隠しててごめん。でも、いろいろ事情があってさ」
「わかってる。誰にだって話せないことの一つや二つあるだろ」
女装してサークルに潜んでることとかね。うん。
話せないこと、翔平にもあるのだろうか。いやなさそうだな。浮ついた話とか一切聞かないし。灰色。
「まぁ、学科の奴らには俺の方からも話しておくさ。チャーチルの噂は嘘らしいって」
「翔平──ありがとっ」
「うわくっつくな暑苦しいはなれろ……いやすぐに離れなくてもいいが。別に」
とはいえ。どうにも釈然としない。
彼女は有名人なので、嫉妬とかやっかみからこうした悪い噂が流れることは不思議じゃない。けど、この架空の話をでっちあげて相手を陥れる手法……どうも僕の件と似ているように思えてならない。
ただの杞憂であるのはわかってる。現状、サークルの件はエミちゃんか昭人がクロである可能性が高く、そして彼女らがエミリーの悪評を流すメリットはない。そもそも接点がないのだから。まさかエミちゃんによる昨日の復讐……と思わなくはないが……
「さっきの話っていつ頃聞いたの?」
「1,2週間ぐらい前だが」
日付が合わない。エミちゃんは関係していないとみて間違いなさそうだ。となると、エミリーに悪感情のある誰かの仕業ということになるが、そんな相手見当もつかない。そもそも僕は彼女の友人をほとんど知らないし。面識があるのなんてユイカさんぐらいだ。万が一彼女が犯人だったら本当にこの世界に絶望してしまうかもしれない。
……あるいは。あの噂の一部が真実で、本当にエミリーが悪人だという説は。
ありえない、とこれまでの僕なら思ったはず。でも、ここ最近──彼女の考えていることが分からなくなってきている。 思えば、直接会ってから一か月も経っていないのだ。性別すら見破れなかった僕が、彼女の内面を知っているなんてどうして言えよう。
翔平にはありえないと言ったが、内心では少し、ほんの少しだけ疑念があった。
犯人はアニ研内にいる、と断定してきたが、エミリーもサークルの内情を知ってはいたのだ。なぜなら、大学に入ってからも僕は彼女に相談に乗ってもらっていたから。
だから──彼女がもし、僕に恨みを持っていたら?
いや、何を考えてるんだ僕は。ありえないだろ。僕を苦しめるだけならネット越しに絶縁でもすれば済む話だ。それでだけでも僕には再起不能のダメージが入っただろう。こんな回りくどい手段をとって、彼女になんのメリットがある? それに、いくら知略に長けるエミリーでも思い通りにサークルメンバーを動かすのは無理がある。アカウントへの不正ログインもそうだ。僕は彼女にパスワードを教えたことなんて─────
「どうした。凄い顔だが」
「──えっ、いや。別に?」
翔平が不安そうにこちらを見てくるが、笑ってごまかす。頭に浮かんだ不穏な考えも一緒に。
こんな悩み誰にも話せない。目の前の翔平にも。もちろん、唯一の親友にさえも。
更新遅れました。
あと5,6話ぐらいで完結出来そうです(予定通り進めば)。
読んでくれてありがとうございます。




