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42.遭遇

 話はあらかた聞き出せたので、このことは他言無用としっかり言い聞かせ、僕らは解散した。


 去り際、アザラシはやけに熱の籠もった視線でこちらを見てきたが、もしや……エスメラルダのことが気に入ったのか。Mっ気のありそうな見た目だけど、まさか本物だったとは。そもそもが変装体なので叶わぬ恋だろうけど、陰ながら応援しておく。頑張れアザラシ。



「なぁ」

「? どうかしました」

「確かに、好感度を上げられるならそうした方がいいとは言ったが……やりすぎじゃないか、あれは」

「好感度って……アザラシさんのですか? 私、何もしてないですよ」

「まさか……無自覚なのか」

「?」

「……いや、なんでもない」



 エミリーは気の毒そうに、遠い前方を歩くアザラシの背中を見つめていた。なぜだ。


 


 その後、僕はエミリーとも別れ、午後の講義に出席し(もちろん女装は解いて)、学生マンションに戻ったのは6時を過ぎてからだった。



「ただいまー」



 リビングに入ると、エミリーは既に帰宅していた。変装は既に解いていて、女騎士モードからツインテぐーたら娘にフォルムチェンジしていた。


 僕に気づいた彼女はソファから立ち上がり、急ぎ足でこちらに歩み寄ってきた。



「ユウ、シンコクな相談がありマス」



 その目はいつになく真剣だ。


 もしや、ファミレスで僕と別れてからの数時間でサークルについて何か続報があったのか。



「ど、どうしたの」

「お腹が空きました」



なんでやねん。



「心配して損した……」

「なにを言いマスか! ちょーぜつ深刻デスよ! お腹と……背脂?がくっつきそうなレベルデス!」

「絶妙に汚いよ……それ」

「とにかく。夕食にしましょう」

「はいはい」

「食べ終わったら映画鑑賞デス。とっておきのサメ映画を借りてきたので、今夜はそれを見ましょう」

「映画の趣味、相変わらずだね」

「あ、おつまみはキャラメルポップコーンがいいデス。それと紅茶も」

「要求多いな……」



 彼女に急かされ、部屋に戻るでもなく夕飯を作りにキッチンに向かう僕。エミリーは餌を与えられんとする子犬のようにとことこと後ろをついてきた。


 不思議なことに、こうやって夕飯をせがまれるのも不快ではない。ペットに餌付けする感覚……というのは冗談で。やはり、作るにしても食べるにしても、誰かがそばにいてくれるというのは心地が良いものだ。


 それに、ある程度予想が出来ていたとはいえ……アザラシから聞かされた、昭人とエミちゃんが協力していたという事実に心がささくれ立っていた僕にとって、いつもと変わらない彼女の態度は……好ましいものだった。



「……ありがとね」

「ン? なにがデス」

「ううん。なんでも」



 不思議そうに目を丸くする親友。


 そんな彼女を横目に、冷蔵庫の扉を開ける。


 さて、今日の夕食は──



「げ……」

「なんデスか」

「食材、切れちゃってるよ」



 冷蔵庫の中は空っぽだった。


 そういえばここ数日はサークルの件やバイトで買い出しに行く時間が取れていなかったのだ。


 すっかり忘れてた。



「どうしよ……」

「カップ麺がそこの棚に──って、それも切らしてマスね……」

「……仕方ない。買い出し行ってくるよ」

「重いでしょうから、ワタシも一緒に行きマス」

「いいけど……っ?」



 なんだ……?


 不意に、なんとも言えない不快感が胸をつく。



「どうかしましたか。浮かない顔デスが……」

「いや……なんか、背筋がゾワッとして」

「風邪、デスか? 少し休んだ方が……」

「うーん……そういうのじゃないと思うんだけど」



 理由はわからないが、何か不穏な感じがしたのだ。既視感を伴った、言語化しづらい不快感。



「あっ。もしかして……遂に来ましたか」

「来たって、何が?」

「それはもちろん、マリッジブルーってやつデスよ」

「結婚してないから成り立たないし……そもそも性別逆じゃん」

「……つまり、性別が逆なら結婚も成立すると? なるほど納得デス。それは胸が熱くなりマスね──」

「なにその謎理論……っていうか、なに。ちょっ、脱がさないで! ひぇぇっ──」



 意地でもユウリに着替えさせたいエミリー VS 逃げ惑う僕。


 しょっ、性懲りもなく……!


 一日に二度もあんな責め苦をくらったら、豆腐メンタルの僕としてはストレスのあまり首を吊りかねない。ので、ここは逃走の一手。



「観念するデス!」

「わけわかんないよっ! というか脱がすまでの理屈付け、雑だしっ!」



 背後から迫る彼女から逃げるように、踵を踏んだ靴で玄関を飛び出すと──



「………え」

「ゆ、ユウヤくん……」



 扉を出た僕の目の前に──黒髪ツインテの美少女が立っていた。くりくりとした二重の眼に、フリルのついた黑いワンピース。神崎恵美、エミちゃんだ。


 どうしてここに──いや、彼女はこの学生マンションに住んでるんだから当たり前だ。エミリーと会った翌日にも、こうして鉢合わせたじゃないか。


 そこまで考え、僕は彼女の頬がぴくぴくと引きつっていることに気がついた。その目は「信じられない」とでも言いたげに、大きく見開かれている。


 はて……?


 彼女の視線の先には、ボタンが外れ前開きになったシャツを着る僕 with 絡みつくエミリー。


 ……これは、その。


 嫌な予感、当たっちゃったか……。

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