41.尋問(2)
そういえば、僕の胸ってパッドだよな……冷静に考えて、触れられた感覚を覚えるなんておかしな話だ。
前に、戦場で腕を失った兵士が存在しないはずの腕に痛覚を感じた……みたいな話を聞いたことがある。幻影肢とかいうらしいけど、もしかするとあれと同じ原理なのか。
だとしたら幻影肢ならぬ幻影胸。英語にするとファントムブレスト・アウェアネス。技名みたいでかっこいい。たぶん闇属性魔法でデバフ系。
それはさておき、そんな感覚を得てしまうぐらいにユウリとして順応していることに気がついて絶望した。最近の僕、絶望してばっかだな。救いはないのか。
「冤罪でござる……拙者は無実にござる……」
どうやら席に座るアザラシも死にたいみたいで、僕らはとっても仲良し。
昼下がりのファミレス。虚無顔で俯く男女(真実は男男)二人に、剣呑な顔でアイスティーを啜るガラの悪い金髪美少女が一人。
傍から見たらさぞ異様な光景だろう。実際、さっきから背の低い女性店員が不思議そうにちらちらとこちらの様子を伺っている。
「さて、アザラシとやら。どうして自分がここにいるのかわかるか?」
「か、金か……金でござるか……また冤罪をかけられるのは嫌にござる……黒スーツのお兄さん達に囲まれるのは勘弁……」
「『また』なんですか……」
過去にも同じようなシチュエーションに遭遇したことがあったらしい。アザラシの生涯を想像して全僕が泣いた。
「それはお前の返答次第だ。一応言っておくが……対応を間違えた場合。金程度で済むとは思うなよ」
エミリーの口調は冷たい。今のスポーティな格好も相まって、隣にいる僕ですら身震いしてしまうような迫力がある。
なんというか……格好だけじゃなく、性格まで変わってないか?
そういえばこの前、エミリーとエーミールの性格は随分違うなと感じた。あれは気のせいなんかじゃなく、格好が変わればそれにつられて性格まで変わってしまうのかもしれない。
意図的に変えてるのか、それとも強制的に変わってしまうのか。判別できないが、どちらにせよ器用なことだ。
「これからいくつか質問をする。お前は黙ってそれに答える。いいな?」
どうやら、さっきの写真をネタにして、アザラシから情報を聞き出すつもりらしい。
……実際、効率的ではある。写真という弱みを握っている以上、向こうは逃げることができない。仮にアザラシが犯人である場合、あるいは犯人と協力関係にあったとしても、写真がばらまかれることを恐れて報復することは難しくなるはず。
「し、質問? アンケートなら間に合ってるでござるよ」
「余計な口を開くなと言っただろ」
「ひぃっ……お、横暴でござるよ! 事情は知らぬが、こうまで強引な手段……」
「……黙れ」
「だだ、黙っていられるわけなかろう! このまま要求に従ったら、どうせあれよあれよと監獄送りに──」
「ハァ……仕方ないな」
エミリーは不機嫌そうにスマホを取り出し、何やら操作を始めた。
「え、エメさん。今、何を……?」
「Twitterにさっきの写真を投稿した」
会話を進めるためのブラフじゃないのか──そんな考えは一瞬で打ち砕かれた。目の前に差し出されたスマホには、さっきの写真がSNSに投稿されているのが映っていた。
「はぁっ!?」「ぬぅっ!?」
いくらなんでもこれは不味い。彼女の腕からスマホをひったくり、即座に投稿を消去する。
エミリーは不服そうな顔をしているが、そんな場合じゃない。
幸い、投稿したアカウントは捨てアカで、ハッシュタグなども付いてはいなかった。なのでこの一瞬で閲覧した人間は存在しないとは思うが……
「エミリ……えっと、エメさん! いくらなんでもやりすぎですよ!」
「大丈夫だ。日本の司法は女子供に甘い。裁かれるのはワタシ達でなく彼だ」
「うわすっごい偏見……って、そういう問題じゃなくて。これではアザラシさんが可哀想です!」
僕の反論を聞いたエミリーは、けれども酷薄な眼差しでアザラシを一瞥し
「可哀想……まさか! サークルの長という立場でありながら、その責任を全うしなかった人間が?」
「それは……事実ですけど」
「むしろ自業自得だろう」
「え……」
「ユウを冤罪で追い出した人間が、同じ冤罪によって裁かれる。あぁ、素晴らしく公平だな」
ゾッとした。脅しとかポーズではなく、彼女は今の言葉を心の底から信じている。自信のこもった強い眼差し──それがまるで狂信者のように見えて、少しだけ背筋が寒くなった。
確かにアザラシはサークルメンバーで、僕を追い出した人間の一人だ。恨んでいないといえば嘘になる。やり返せるなら是非ともそうしたい。
けど、流石に冤罪を着せてまで復讐しようとまでは思わない。それじゃ、僕を追い出した人間と同レベルにまで堕ちてしまうことになる。
…………それになにより。その引き金をエミリーに引かせるなんて、いくらなんでもあり得ない。
「これはユウのためなんだ。さぁ、それを返してくれ」
「………」
僕と彼女の視線が交錯する。
彼女の協力を受け入れたのは僕だ。復讐するとも言った。
だから、こうして僕のために動いてくれる彼女を否定するのは……少し、卑怯なように思える。
けど、これを見逃してもいいのか? アザラシが返答を間違えれば彼女は迷わずに写真を投稿するだろう。それに彼女の行動に制限をかけなければ、これ以上に過激な手段を取る可能性だってある。
葛藤する。
無言のまま数秒が過ぎ──意外なことに、沈黙を破ったのはアザラシだった。
「今の『ユウ』とは……ユウリ嬢ではなく、ユウヤ氏のことでござるか」
「ハッ……そうだったらなんだ?」
アザラシは顔を歪めた。それは怒りというよりも、どこか悲しげな表情だった。
「……本人から頼まれたのでござるか。拙者に……復讐しろと」
「まさか。アイツはそんな卑怯なマネはしない。まぁ……仮に復讐するとなったら、直接出向くと思うぞ」
微笑を浮かべ、エミリーがこちらを一瞥する。
ただでさえユウという呼称が一緒なのだから、バレるんじゃないかと内心ヒヤヒヤした。
「それじゃあこの状況は。何が目的にござるか」
「とぼけてるのか? そんなの、アイツの冤罪を晴らす為に決まっている」
「冤罪? あの件は話し合いで解決したはずにござる。何故今になってその話が……」
「話し合い……本人の反論も聞かず、強制的に追い出すのが話し合いだと!?」
エミリーがテーブルに乗り出し、アザラシの胸ぐらを掴む。
驚くことに、なんとアザラシの上体が持ち上がった。なんという怪力。あの細腕にそんな力があるなんて想像もできないが……もしかすると、変装すると腕力まで上がるとか?
まさか……とは思うが、ありえなくはない。
人間は副腎髄質からアドレナリンを分泌することにより、一時的とはいえ筋力のリミッターを外すことが出来る、と生物学の講義で聞いた。火事場の馬鹿力というやつだ。服装と立ち振る舞いを変えることによって自己認識が変わり、アドレナリンの放出量が変化するなら……あるいはエミリーがアザラシを持ち上げることも難しくはないのかもしれない。
……いや、どんなトンデモ理論だよ。
「け、結果的に追い出した形であっても、そこに至るまでに話し合いは持たれていたはずでござるよ」
「……なぁユウ。やっぱりこいつはダメだ。罪を自覚しない悪人ほど質の悪いヤツはいない。もう一度あの写真を──」
「──エスメラルダさん、待ってください。アザラシさん。話し合いが持たれていた、とは?」
話し合い? 僕は有無を言わさず追い出されたはずだ。
だから話し合いが持たれていた、というのは間違いなく嘘だ。けど、この状況でアザラシがそんなバレバレの嘘をつくとは思えない。なんせ嘘がバレたら目の前の金髪ヤンキーに何をされるかわからないのだから。
なので、この発言には何か重大な秘密が隠されているように思えた。
「その前に……二人はユウヤ氏とどんな関係で?」
「それを聞いてどうする」
「仮にお二方が……報道部や赤の他人であったなら。あの件について話すとユウヤ氏やサークルの皆にも迷惑が及ぶやもしれぬ」
「……」
その言葉を聞いて、疑問が浮かぶ。
アザラシはどうしようもないぐらいオタクでコミュ障だが、根は悪人ではないようだ。こうしてサークルメンバーだけでなく、僕の心配までしているぐらいなのだから。
だからこそわからない。どうして彼が、僕をサークルから追い出すことに反対しなかったのか。
……その疑問も、話を聞けばわかるか。
「私は……従兄妹。そう、従兄妹です」
「フン……彼女だ。あるいは妻──痛っ。なっ、おい! 今、本気でビンタしたのか!?」
「あぁ、彼女はハーフでして……日本語と脳が不自由なんです。あまり気になさらず」
「そ、そうでござるか」
暴走するエミリーに、それを優しくたしなめる僕。アザラシはそんな僕らを見てやや引き気味だった。
気にせず話を続けるよう促すと、アザラシは語り始めた。
「実は……」
僕が昭人に殴られ、サークルから追い出された後。僕の様子に違和感を覚えたアザラシは、サークルメンバー全員にもう一度話し合いの場を設けるように要求したらしい。
「その提案に、エミ姫は同意してくれたでござる。けれども運悪く、拙者は予定が合わずその話し合いに参加できず……結果だけ後になって耳にしたもので」
「その結果って……?」
「ユウヤ氏が罪を認め、二度とサークルには近寄らないとの条件で和解した、とのことを」
「そんなっ!」
思わず机に乗り出してしまう。
「ぼっ──ユウヤ兄様はそんなこと言っていませんでした!」
「なっ、ありえないでござる。拙者は確かにそう聞いて……!」
「おいアザラシ。その結果とやらを伝えてきたのは誰だ?」
「エミ姫と昭人氏でござるが……」
「っ………」
「ビンゴだな」
つまり、昭人がエミちゃんを協力させてアザラシを騙したのだ。
どうやってエミちゃんを抱き込んだのかは知らない。脅したのかもしれないし、唆したのかもしれいない。あるいは、振られたことの腹いせという可能性も……ある程度予想は出来ていたが、実際に耳にすると中々ショックだ。
「翔平さんは? 何か言ってはいませんでしたか……?」
「翔平氏も話し合いには未参加だったらしく……」
「お前は裏を取ってみようとは思わなかったのか」
「無論、そうしたかったでござるが……和解条件は二度とサークルに近寄らない、でござる。サークル部長である拙者がユウヤ氏に話しかければ、ユウヤ氏が条件を破ったとして糾弾されるでござるよ。そもそも、昭人氏やエミ姫が嘘をつくとは考えられぬでごるし……」
相手の狡猾さに身震いした。
どれだけ雑な冤罪であっても、それを検証する手段を潰してしまえばバレることはない。仮に誰かが違和感を覚えたとしても、『サークルメンバーと接触できない』という条件が存在する以上、僕を通して検証することは困難だ。やがて時間が流れ、なぁなぁのまま事件は収束していくだろう。いや、そもそも……サークル5人中2人が共犯である時点で、僕の冤罪が証明される可能性は極めて低い。
そこまで考え、ある疑問が浮かんだ。
そういえば、翔平は普通に話しかけてきたじゃないか。彼は話を聞いていないのか……?
……いや、そうじゃない。翔平は僕と話している時、不自然なタイミングで場を離れることがあった。この前のカフェテリア、エミリーと僕の3人で話していた時もそうだった。あれはサークルメンバーの姿を見つけ、急いで身を隠したからじゃないのか。
これまでの不審な点が腑に落ち、納得すると共に胸中を敗北感が満たした。
エミリーが心配そうな目でこちらを見てくる。が、それに反応する気力もなかった。
「アザラシ……ユウヤは犯人じゃない」
「……は?」
エミリーの言葉を聞いたアザラシは、信じられない、といった感じに眉根を寄せた。
「それは……どういう意味で」
「アイツはそんな話し合いに参加してない。そもそも、エミとやらを脅してもいない」
「あ、ありえないでござる。確かに証拠が……」
「……あのメッセージのことですか? 部室のPCに残ったキャッシュから、誰かが不正ログインして送ったんじゃないか……って兄様は言ってました」
「……いや、それはおかしいでござるよ。部室のPCは大学から貸し出された品。ゲストモードでのログイン以外は禁じられているゆえ、ブラウザにデータが残ることは考えられぬ」
「そうなんですか?」
「そもそものユーザーデータが存在しない以上、電源を切ればアプリケーション上のデータは消えるのは道理。学内LANのクラウドストレージを使えば、メディアデータなどは保存可能でござるが……」
後半の専門用語はいまいちわからなかったが、要するに部室のPCからログインするのは不可能らしい。
「それじゃ、どうやって……」
PCの履歴を使わなかったのなら、方法は一つだ。
アカウントのIDとパスワードを使い、不正ログインをする。これ以外にない。TwitterのIDは公開されているので、容易に入手出来る。でも、一体どうやってパスワードを──
「そんなことはどうでもいい」
不遜な口調でエミリーがそう呟く。アザラシは息を飲み、押し黙る。
「そもそも、ユウヤは話し合いに出ていないと言ったんだ。この時点でアキトとエミとやらが嘘をついているのは明白だろう」
「それは……そうでござるが」
「第一。お前の言う証拠とやらも、LINEではなくTwitterのダイレクトメッセージらしいじゃないか。あれはログイン時に電話番号の認証が必要ないからな。これこそ、不正ログインの証拠じゃないのか?」
「っ……!」
彼女の言葉をうけ、アザラシは眼鏡の奥の両目を大きく開いた。
「それでは、ユウヤ氏は本当に……」
「さっきからそう言ってる。あれは冤罪だ」
しばしの沈黙。
「まさか……そんなことが……」
アザラシは震える指で眼鏡の縁を掴み、ゆっくりとそれを外す。一重の瞳は宙に向けられ、焦点があっていないように思える。
「……エスメラルダ嬢。さっきの写真でござるが」
「フン、この状況でも保身に走るのか。お前──」
「そうではないでござる。あの写真、もう一度投稿して頂いてもよろしいかな」
「……なにを言ってるんだ?」
「拙者の本名は載せてOKでござる。あぁ、ユウリ嬢の顔は隠してもらって結構」
「断る理由もない。わかった。ユウ、スマホを渡してくれ」
「ちょっ──そんなのダメに決まってるじゃないですか!」
僕の手元にあるスマホを奪おうとするエミリーを制し、声を張り上げる。
「アザラシさんも! いきなり何言い出すんですか!?」
「ユウリ嬢。止めないで欲しいでござる。………拙者には、こうするほか」
「っ……」
「……無論、サークル部長も辞退するでござる。や、部長は翔平氏が引き継いでくれるはずであるから、ユウリ嬢は心配なさらず」
「そういう問題じゃありません!」
「拙者は……不細工で、ノロマで、女児アニメ好きのクソザコナメクジでござる。それでも、責任の取り方ぐらいは心得ているつもりでごさるよ」
「そんなの──ユウヤ兄様は望んでません! そもそも、悪いのはこんな状況を作った犯人で──」
「拙者はサークルの部長。たとえ直接的な罪がなくとも、責任を取るべきにござる。……そもそも」
これまで僕は、アザラシがビビリでコミュ障で無類の女児アニメ好きだから、友達が少なく、灰色の学生生活を送ってきたのだと思っていた。
けど、そうではなかった。
「ユウヤ氏をサークルに誘ったのは拙者でござる。無実の彼を追い出し、おめおめとサークルに居座り続けるなど……拙者には、とても」
きっと彼は純粋過ぎるのだ。
サークルメンバーが嘘をつくはずないと、昭人やエミちゃんの言うことを疑わず。
彼からしたらサークルに傷をつけた憎むべき相手であるはずの僕の身を案じ、自分から接触することは避け。
今だって……適当に頭を下げて、昭人やエミちゃんに矛先を向ければ彼はあまり責められなかったはずなのに。こうやって頑固なまでに責任を取ることに固執している。
それに、彼はこちらの言い分を頭ごなしに否定してきたことは一度もなかった。犯罪スレスレの手段で尋問する僕らに対し、ふてくされることもなく真摯に対応してくれた。
「……アザラシさん」
それに対して、僕はどうだ?
「……兄様は、アザラシさんのことを恨んでなんかいませんよ」
「そんなはずはなかろう。負うべき責任を放棄し、犯人と決めつけサークルを追い出したのは他ならぬ拙者。腹が立たない訳ないでござる」
本当なら、この場で真実を伝えたい。僕がユウヤで、あなたを恨んでいるわけでないと。
けど、僕にはそんなことをする度胸はない。あるのは偽胸だけだ。泣けてくるな。
「あなたがしようしているのはただの自己満足です。……正直、独りよがりにしか思えません」
「わかっているでござるよ、それぐらい」
「わかっているなら……どうして言うことを聞いてくれないんですか!」
「……ユウヤ氏が昭人氏に殴られた時。止めに入るべきだと思ったのでござる」
「……」
「けれど、拙者はそうしなかった。昭人氏にビビっていたのもそうでござるが、何よりユウヤ氏が出でいけばこの話は解決する、と思ってしまったのでござる。昭人氏の話に違和感を覚えながらも、それを確かめようともしなかった。最悪でござる。だから……拙者は彼に合わせる顔がない。独りよがりだとしても、こうする他に方法は……」
彼の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいるように思えた。
「……それでも。アザラシさんがサークルを抜けたら、私が悲しみます」
「……それは」
「ユウヤ兄様は許してくれます、絶対。もしそうでなかったら──」
彼の瞳を真っ直ぐ見つめ、その両手を掴む。
「私が一緒に頭を下げますから。心配しないで下さい」
無論、そんな事態は起こり得ない。
自分が自分に謝るなんてシチュエーションが存在しない以上、僕は彼を許すしかない。
けど、それでも構わなかった。僕の中の復讐心はすっかりなりを潜め、どちらかと言えばこうして嘘を付いていることへの罪悪感の方が強く感じられた。
「……どうしてそこまで」
「どうして、とは」
「……拙者は貴女の従兄妹にひどいことをしたのでござるよ。ユウリ嬢からも恨まれて当然でござる。それなのに、なにゆえそこまで親身に……」
「──そんなの、アザラシさんが好きだからに決まってます!」
「ぬ……ぬぅう!?」
今、僕はとても感動していた。
たかが2ヶ月。その程度の付き合いで、これまでの僕は彼のことを知った気になっていた。けど、そんなものは表面上の印象に過ぎなかった。
本当の彼は──責任感が強く、他人を責めず、そして誠実。
確かに、臆病な部分もある。けど、それを素直に認めて責任を取ろうとするなんて中々できることではない。
厄介オタクなケはあるが、それを差し引いても人間として尊敬できる。
人間として、先輩として、素直に好感が持てた。
「ゆゆゆ、ユウリ嬢。それはどういった意味合いで……!?」
「私はあなたのことを尊敬しています! ですから、自分だけを傷つけるような責任の取り方をして欲しくないんですっ」
「ちっ、近いでござるよ! ──ひぃっ、エスメラルダ嬢! なにゆえ悪鬼のような表情を!?」
それからアザラシは思い直してくれたようで、さっきのような自責は止まった。けれどもなぜかエミリーが機嫌を壊し、そちらの対処に気を揉むことになった。
その後、アザラシは今すぐにでも昭人とエミちゃんを呼び出すと言ったが、僕としては大事にはしたくない。それに口裏を合わせられて有耶無耶にでもされたらこれまでの苦労が水の泡だ。なのでユウヤから連絡があるまではこれまで通りの生活を送ってほしい、と頼むと渋々ながら了解してくれた。
とりあえず、これではっきりした。アザラシと翔平が白ならば、残るメンバーはエミちゃんと昭人の二人。前期終了まであと一週間ちょいだが、これならどうにかなりそうだ。
「それにしても……信じられぬでござる。ユウリ嬢がユウヤ氏の親戚であったとは」
アザラシがドリンクバーのコーラを啜りながらそう呟いた。
思わず背筋が冷たくなる。
「そ、そうですか?」
「同じ大学に通っているのに聞いたことが無かったなど、なかなか不思議……」
「なんだ、疑ってるのか。八つ裂きにしてテムズ川に投げ捨てるぞ」
「べべ別にそういうわけでは。ただ、驚いたというだけで」
「……まぁ、手っ取り早く証明する方法ならある」
「えっ、なんですかそれ」
「なぁユウ。そろそろランチタイムだな?」
「唐突ですね……でも、そうですね。少しお腹が空きました」
「今回は特別にアザラシが奢ってくれるらしい。好きなだけ食べていいぞ」
「なっ──拙者はそんなこと一言も」
「そうですよ、エメさん。アザラシさんが可哀想です」
「……ま、まぁ。ユウリ嬢のためなら構わないでござるが」
「えぇっ、本当にいいんですか?」
「男に二言はないでござる」
「ありがとうございますっ!」
「ユウ、メニューだ」
「あ、どうも」
それから少しして注文ボタンを押すと、1分もせずにウェイトレスが現れた。
「アタシはBLTサンドで」
「拙者は……中華そばの大盛り。餃子付きで」
「それじゃあ私は──マスカルポーネチーズのカルボナーラ大盛りに、チキンソテーを一つ。量は400gで」
「……ぬ?」
「それと北海道ラーメンのチャーシュートッピングに、黒胡麻担々麺も追加で」
「……ぬぬ?」
「あ、麺類に偏りすぎてますね……バランスも考えてチーズドリアと餃子一皿もお願いします。デザートは……って、どうかしました? 二人揃ってそんな目で……」
「な、言っただろ?」
「なるほど……たしかにユウヤ氏の親類でござるな……」
「???」
今の一瞬で判断できる箇所あったか……?
二人だけで通じ合ってるところを見ると、なんだか仲間はずれにされたような気がして少しだけ寂しい。まぁ、アザラシが納得してくれたならそれでいいや。
あ、デザートに季節のフルーツパフェも追加しとこうっと……。




