表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/58

40.尋問(1)

 用事があるから、すぐに部屋まで来て欲しい──電話越しにそう伝えられた僕は、早足でキャンパスから寮に戻った。


 用事とはなんだろう。急ぎの用、とあるから、恐らくサークル関係だとは思うけど……疑問に思いながら合鍵を差し込み、扉を開くと──



「……誰?」



 見知らぬ美女がいた。



「えっと……」



 部屋間違えたかな? と思い一旦外に出るが……二階。そして角部屋。間違っていない。

 


「あの、エミリーの知り合いですか?」


 

 僕がそう問いかけると、彼女は不思議そうな顔をして──



「? 何を言ってるんだ。アタシこそ、あなたの愛する親友、エミリー・チャーチルだが」



 エミリーそっくりの声で、よくわからないことを言い始めた。


 なんだこの人。新手の強盗か? はたまた電波ちゃんか。どちらにせよ、まともじゃないエミリーを騙る人間がまとなわけない。狂人確定だ。



「ひゃ、110番……」

「おいまて! アタシはエミリーだって言ってるだろ!」

「いやいやまさか! そもそも顔からして違うし。第一、ツインテじゃないじゃん」

「アタシのアイデンティティって、顔よりツインテが優先されるのか……」

「あと愛してもいないし」

「あ、そこは流すところだ」



 ポニテの美少女は目を細め、残念そうに肩をすくめた。


 この大げさな感情表現……たしかにエミリーを彷彿とさせる。が、どこからどう見ても別人だ。


 エミリーはサファイアのような碧色の瞳だが、目の前の彼女はルビーのような血赤色。切れ長の瞳は気が強そうな性格を想起させる。


 服装も黒のパーカーにラインパンツというスポーティーな出で立ちで、白色で丈の長い清楚系の服装を好むエミリーとは真逆の印象だ。


 髪型もツインテじゃなくてポニテだし……ツインテ……はぁ。

 


「仮に君がエミリーだとしてさ。どうしたのその口調。エロゲの女騎士みたいだけど」

「エロゲ言うな。……前に話しただろ。男口調じゃないと自然に話せないって」

「あぁー……」



 ネット上での交流すべてを男口調で話していた彼女は、女の子らしい喋り方に慣れていない。あのエセ外人っぽい喋り方はそのせいで、まだまだ慣れるのには時間がいると話していた。



「ていうか……え、冗談でしょ。ドッキリじゃなくて?」

「いや、ガチだ」

「……ガチ?」

「ガチだ」

「ガチなんだ……」


 

 この念の押し方。間違いなく彼女だ、と確信する。


 よくよく考えてみれば、雰囲気が彼女にそっくりだ。シルクのような金髪も同じ。というか、声が完全に一致している。



「あ、あまりジロジロ見るな。恥ずかしい」

「随分なイメチェンだね……ツインテ無くすなんて」

「必要あってのこと。変装というやつだ」

「必要? それってツインテの価値と釣り合うの?」

「無論だ。昨日、アザラシから話を聞き出せないって嘆いていたな? あの後名案を思いついてな。ここにユウを呼んだのもそのためだ」

「なるほどね……ところで髪型は戻さないの?」

「どれだけツインテに執着してるんだ……というか、どうだ? こ、この髪型。似合っていないか」



 おずおずと、顔を少し染めながら躊躇いがちに聞いてくる。


 気の強そうな外見とのギャップにクラっとくるが、それも一瞬だけだ。失われた存在の大きさを実感し、今の僕は怒りしか抱いていなかった。



「──あのさぁ!!」

「ハ、ハイっ?」

「1と2,どっちが優れてると思う?」

「な、なんだいきなり。えっと……大きさで言ったら2じゃないのか」

「そうだよね。2の方が優れてるよね。こんなの小学生でも知ってることだよね」

「ど、どうしたんだ。そんなに怖い顔して……」

「ポニテは髪を1束にまとめるけど、ツインテは名前の通り2束。ポニテは1でツインテは2。2は1に比べて優れているわけだから、ツインテのほうが優れているのは自明だよね?」

「いや、知らないが……」

「──それなのにさぁ! わざわざ劣ってるポニテを選ぶなんて、なに、舐めプ? 人生に対する舐めプなの? それともマイオナ? 『あえてポニテにする自分、異端すか?w』みたいなこと考えてるの?」

「ユ、ユウはツインテのことになると面倒臭いな……」

「なんだよ! 僕が悪いって言うのか!?」

「そ、そうは言っていない。でも、たかが髪型程度で……」

「たかが!? おい、そこに正座しろ──」

「これはもう病気……現代日本の抱える病巣だ……うぅ」


 

 エミリーは両腕でポニテを守るようにしながら、ゆっくり後ずさる。頬が引きつっており、本気で怯えてる表情だ。


 ここまで言えば、次にこんな愚行をすることはないだろう。



「はぁ……ごめん、ヒートアップしすぎたね。それで、どうしてそんな舐めプしてるの?」

「ぐっ……詳しくは向こうで話す。とりあえず身支度を整えてれるか」

「身支度って……僕、さっきまで大学にいたから服装はまともだけど。あ、エミリーの髪型はまともじゃないけどね。ポニテ(笑)。人生舐め過ぎでしょほんと」

「…………」

「うん? ──あの、なんで僕のシャツに指をかけてるの。ちょっ、ボタン外さないで──だ、誰か! 誰か助けて──」



………………。

…………。

……。



「汚された……もうお婿に行けない……」


 

 脱がされ付けられ着せられ塗られ。なんとも不幸なことに、僕は平日の真昼間から女装の憂き目にあっていた。



「ユウっ! そこはお婿じゃなくてお嫁さんだろ! もう少しプロ意識を持て!」

「どっちだっていいだろ!」

「よくない! 女装をナメてるのか!? なんども言うけどな、女装の本質は外見ではなく内面にこそ存在するんだ。いくら外見が良くても、心が変化しなければそれはただ女の格好をした男! けれども心が女の子であるなら、たとえ見た目がゴリラであっても男の娘! Do you understand!?」

「う、うん……」

「だ・か・ら!! ユウリの相槌は『うん』じゃなくて『はい♡』または『わかりました♡』だ! 何度言わせる気だ!? 簀巻きにしてジブラルタル海峡に沈めるぞ!?」

「これもう病気です……大英帝国の抱える病巣ですよぅ……」



 たかが口調間違いぐらいでここまでキレるとか、明らかにおかしいだろ……。


 先週の猛練習でなんとかユウリとしての立ち振る舞いはマスターしたが、外見を作る技能は身に着けられなかった。なので、ユウリとして行動する時には基本的にエミリーにメイクを任せている。

 

 そう考えると昨日は危なかった。エミリーの見様見真似でやってみたのが成功したから良かったものの、一歩間違えたらユイカさんに見破られたかもしれなかった。


 なのでこうして彼女が手伝ってくれることは有り難いのだが……



「ていうか、着替えまでやる必要ありました? ありませんよね?」

「わかってないな。ボタンの留め方や袖口の捲り方。そういった細かいポイントにこそプロの技量が宿る。職人の技、というやつだ」

「この話、前もしませんでしたっけ……本当は私の反応見て楽しんでただけじゃないんですか」

「9割ぐらいはそうだが?」

「男女逆なら事案ですよ……ほんと最悪です」

「あぁっ、その冷たい目。いいな。大好物だ……」

「うわぁ……」



 罵られて嬉しそうにしてるあたり、僕の親友は末期なのかもしれない。




 それから少しして、僕らはキャンパスの正門前に立っていた。



「エミリ……エメさん。……それで、結局何をするんですか」



 変装なのだから、当然名前も変える。

 

 この女騎士モードはエスメラルダと言うらしい。エスメラルダ・スプリングフィールド。略称はエメ。めちゃめちゃ厨二な響きなのでバカにしていたら、向こうじゃ珍しくない名前だと真顔で教えられた。バカは僕だったらしい。



「とりあえずアザラシを待つ」

「そうですか……でも、前みたいに逃げられてしまうんじゃないですか?」

「ノン。心配いらない」

「というと?」

「追いかけるから逃げられる。こんな時、日本にはこういう諺があったな。『押してダメなら──』」



 諺というより格言だが、押してダメなら引いてみろ、ということか。


 シンプルだが真理でもある。けど、問題はどう引くかだ。ただ距離を置くだけなら逃げられはしないだろうが、欲しい情報は得られないままだろうし──



「『──もっと押せ』」

「もっと押しちゃうんですか……」



 脳筋だった。



「それは、なんですか。車で追いかけて手錠でもかけるんですか? 私、犯罪は嫌ですわ」

「心配いらない。犯罪を犯すのは相手の方だからな」

「……?」

「お、噂をすれば……」



 キャンパス内から正門に続く並木道。縁の太いメガネをつけた巨漢──アザラシがのっそのっそと歩いてくるのが見えた。



「ぬっ、ユウリ嬢? それに、横にいるのは……」



 向こうも僕らの存在に気がついたようだ。


 僕に加え、隣には見知らぬ美少女。それもラインパンツに金髪ポニテという深夜のドンキ○ーテに生息していそうな風貌だ。


 彼はあからさまに身構えた。が、エミリーはそんなこと気にもとめない様子で彼に近づいていく。



「Hello.アザラシ……でいいか?」

「そ、そうでござるが……何用で? というか誰でござる」

「それはだな。ユウ、ちょっといいか」

「はい? なんでしょう──」

「それっ」



 むにゅ、という生暖かい感覚を胸に感じる。


 ん? と思い胸元を見ると、なんとそこにはアザラシの腕が──腕が!?



「ひぇぇぇっ!?」「ぬぅぅぅっ!?」


 

 二人揃って悲鳴を上げる。


 それも仕方がない。あろうことか、エミリーはアザラシの腕を僕の胸に押し付けたのだ。



「お、ベストショットだな」



 ぱしゃり。驚く僕らを無視し、彼女はその様子をスマホカメラに収めた。



「な、なななななにをぅ!?」

「おっと、逃げるなよ。もし逃げたらこの写真をばら撒く」

「ぬぅっ!? な、なにゆえ……ゆ、ユウリ嬢。これは一体何事でござるか!?」

「えぇっと……」



 僕に聞かれても困る。


 たしかにこうすれば逃げないだろうけどさぁ……もう少しマシなやり方はなかったのか。



「ユウ。わかってるよな?」

「ゆ、ユウリ嬢?」



 しばし葛藤。目の前のアザラシは恐怖と困惑に支配されており、正直、今にも泣き出しそうな感じだ。いくら話を聞くためとは言え、流石にこれはやりすぎな気が──


『諸悪の根源は退部させたでござる。ふはは!』


 ………………。

 

 ……よーし。



「へ、変態っ……男の人っていつもそうですね…!私たちのことなんだと思ってるんですか!?」

「ユウリ嬢───!?!?」



 まぁ自業自得だよね、うん。



「──という訳だ。それじゃあ場所を移そうか。ついてこい」



 にこり、と惚れ惚れするような微笑を浮かべ、踵を返す僕の親友。


 青ざめたまま立ち尽くすアザラシ。親友のあまりの手際の良さに、僕も恐怖を覚えずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 流行に乗っていくスタイルー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ