4.決別と出会い(後編)
…ン、ポーン……。
ピン、ポーン……。
不意なインターホンの音で目が覚めた。
重い瞼を開き、体を起こす。
カーテンからオレンジ色の光が差し込んでいる。カラスの鳴き声が聞こえる。
……夕方、なのか?
時計を見ると午後5時。あれから1時間も経っていないようだ。
以前としてインターホンは鳴り続けている。
宗教の勧誘だろうか。学生の多いこのアパートには、よく宗教勧誘のおばちゃんが来る。
気分が最悪の今、応対する気も起きない。なによりベッドから出たくなかった。
布団にくるまり、外音をシャットアウトする。しかし、それでもインターホンは聞こえてくる。
「うるさいな……」
あまりにも執拗に鳴るインターホンに、だんだんと腹が立ってきた。
怒鳴りつけてやろうか。それとも連絡先を聞き出して本部に苦情を入れてやるか。
ささくれだった心のせいか、いつも考えないような過激なアイデアばかり浮かんでくる。
ベッドから出て玄関に向かう。
苛立ちを抑える気にもなれず、勢いよく扉を開く。
「あの、いい加減に――」
と、そこまで言って。言葉が止まった。
そこに立っていたのは、宗教勧誘のおばちゃんでも、営業のサラリーマンでもなく。
夕日に煌めくツインテールをたなびかせる美少女。エミリー・チャーチルだった。
彼女と目が合う。
その瞳はうるんでいて、今にも泣きそうな様子だ。
呆気にとられる僕。
なんで彼女がここに?
なんで彼女は泣きそうなんだ?
もしかして、昼間のハンカチが何か関係しているのか?
押し寄せる疑問。
しかし、目の前の彼女はそのまま一歩踏み出し────
「――ユウ!」
「うわっ」
僕の胸に飛び込んできた。
一瞬、思考がフリーズする。
「ユウ、ユウ────ユウ!」
そのまま彼女は、親を見つけた迷子の子供みたいに、僕の胸で泣きじゃくる。
「え、エミリーさん……?」
「なんで、どうして……連絡、返してくれないの!?」
「あの、人違いじゃ――」
「ワタシのこと、嫌いになったの? 彼女ができたから、もう必要なくなっちゃったの?」
「……」
「嘘ついてたことなら、謝るカラ……」
連絡? 彼女? 嘘?
ダメだ。一ミリも状況が理解できない。
「ユウ……なんで何も言わないんデスかぁ……」
ユウ。彼女の口から出た、この呼び方。
僕は、僕のことをこう呼んでくる人間を一人しか知らない。
エーミール。
……いや、まさか。彼はイギリスにいるはずだ。
それに、性別は男。
僕は彼と通話をしたことがあるし、顔写真も見せてもらった。
そう、ビデオ通話をしたことだってある。
『おいおいユウ。キミ、結構カワイイ顔してるじゃないか』
彼は欧米系の中性的イケメンで、声もハスキー。
「答えてよぉ……」
ぽろぽろと大粒の涙を流し、その場に崩れ落ちてしまった彼女は、金髪ツインテでアニメ声。
一ミリも一致するところが無い。
何だ、この状況。
あれっ。もしかして、夢か?
きっとそうに違いない。
思えば、冤罪を着せられてサークル追放だなんて起こるはずないじゃないか。3ヶ月とはいえ仲の良かった友人たちがあんな風に掌を返すなんて、冷静に考えてありえない。
全部、夢なんだ。目が覚めるとそこはサークルの部室で、楽しいキャンパスライフが────
そこまで考えて、頬の傷がぴりっと痛んだ。
……夢じゃ、ないよな。
廊下を見ると、他の住人────中年のおじさんが、扉から顔を出してこちらを見ていることに気が付いた。彼女の泣き声を聞いて、何事かと思って様子を見に来たのだろう。
いけない。これじゃまるで、僕が女の子を泣かせるクズ野郎みたいじゃないか。大学どころかアパートでも肩身が狭い思いをする羽目になったら、本格的に異世界転生を検討しなければならない。
「と、とりあえず。中、入ろっか」
「…………う、ん」