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36.嘘を重ねて(5)

 僕は二階堂ユウリがここにいる架空の理由を作り上げ、ユイカさんにそれを信じ込ませるという提案をエミリーにした。


 問題はその内容で、適当だと嘘がバレてしまうし、なによりもユイカさんを傷つけることになってしまう。

 

 あの短時間で矛盾のない設定を考え出すのは困難だし、どう時間を稼ぐべきか苦心していたのだが──なんとエミリーはこうなることを見越して、さっきの会話中に設定を考えていたらしい。


 前の夢小説っぽい設定集のときも思ったが、彼女はそういうストーリーを考えるのが得意らしい。

 

 そうなれば話は早い。

 

 廊下に出てから1分もしないうちに僕らは打ち合わせを終え、リビングに戻った。



「エミリ……本当に心配いらないから。私、帰るわぁ……ぐすっ」

「待ってください。ユウと話をして、事情を話すことに決めマシた」

「いいの……?」

「はい、もちろんです。ユイカさんはエミリーさんの御学友で、とてもお優しい方だと聞き及んでおりました。私としても異論はありません」



 なんて言ってはいるが、僕はエミリーの考えた設定を聞いていない。


『心配いりマセん。大船………それもタイタニック号クラスのヤツに乗ったつもりで、どーんと構えていて下さい』


 そんなことをエミリーは親指を立てながらキメ顔で言っていたけれど、それは僕らの嘘がそう遠くない未来に見破られてしまうだろうという諦観のこもった自虐なのか。それともポンコツなだけなのか。

 

 たぶん後者かな、うん。



「それで、ユウがここにいる理由ですが………それを話すには、彼女の生い立ちが関わってくるのデス」



 とはいえ、抜けているところはあるが基本的にエミリーは聡明だ。


 誰が聞いても納得するような、シンプルかつ説得力のある理由を話してくれるに違いない。


 彼女は席を立つと人差し指をピンと伸ばし、説明を始めた。



「時は高度経済成長期。1960年代の日本──」



 ……うん?


 なんとも不穏な切り出しから始まった彼女の語りは、その後10分を超えて続いた。


 要約するとこうだ。


 戦後、数多くの産業を成功させ、莫大な資産を築いた二階堂家。

 

 ユウリはその3代目として生まれ、他に兄弟がいなかったことから二階堂家の跡継ぎとして期待されていた。

 

 しかし、二階堂家は一枚岩ではなかった。

 

 ユウリを跡継ぎとして推薦する、彼女の祖父率いる直系の二階堂と、女性が二階堂家を継ぐことを良しとしない傍系の二階堂。

 

 前者は『純血派』、後者は『改革派』と呼ばれ、彼らは水面下で政争を繰り広げた。

 

 熾烈な争いの末、二階堂グループの取締役──つまりはユウリの父親──を抱き込んだ改革派によって祖父は社長の座を解任され、その直後、持病が悪化し死去。

 

 グループの経営権を改革派に奪われ、頭領が死亡した純血派は急激に力を失っていった。

 

 この時点では誰もが改革派の勝利を疑わなかった。

 

 が、ユウリの祖父は一枚上手だった。

 

 彼は息子の裏切りに気づいており、本来ならば法定相続人である息子に渡される遺産を遺言書によってユウリに相続させたのだ。

 

 彼女に相続された二階堂祖父の遺産──不動産や有価証券を始めとするそれらの価値は、億を越え兆にも届きうる。

 

 その資金によって純血派が息を吹き返すことを恐れた改革派は、非合法な組織を利用しユウリを狙うこととなった。

 

 それに加え、頭領を失った純血派は空中分解し、ユウリの資産を狙うもの・彼女を頭領に祭り上げ派閥の再起を図るもの・彼女を有権者と婚姻させ他グループの力を借りんとするもの、という3つの派閥に別れ、そのどれもが彼女の身を欲した。

 

 かくして二階堂ユウリは追われる身となった。

 

 政争の道具として扱われることを嫌った彼女は大学進学を機に故郷を離れ、身分を隠して大学に通っている。

 

 エミリーの部屋に住んでいる理由は、登記簿から足取りを探られないため──とのことだった。


 ………要約してこれか。


 ……うん。


 矛盾はないけどさぁ……。


 大河ドラマ1作品と同じぐらいのボリュームがある話が終わり、室内には再び静寂が訪れた。

 

 隣のエミリーは『どうデス、この完璧な筋書き。あとでいっぱい褒めてくださいよ?』みたいなドヤ&甘え顔を向けてくるが、そうじゃないよエミリー話が壮大すぎるんだよ。


 これをリアリティのある話として受け止める大学生はそういないだろうし、これを真顔で話せるエミリーの常識って一体……?

 

 どうしよう。怖すぎてユイカさんの顔が見れない。

 

 あからさまな嘘をつかれて悲しんでいるのだろうか。それとも、こんな意味不明な語りをする僕らに失望しているのかもしれない。


 がたり、とイスが揺れる音。ユイカさんが立ち上がったのだ。

 

 思わず顔を伏せ、体を縮こませる僕。

 

 ビンタでもされるのだろうか。


 もしそうなら、土下座でもなんでもしてエミリーだけは許して貰えるよう説得しよう。彼女を巻き込んでいるのは僕なのだから。

 

 意を決して顔を上げると───ふにゃ、と顔を包み込む感覚。 



「───むぐっ!?」



 すわ絞殺か───と身構えるが、どうやらそうではない。


 適温の風呂に浸かった時のような温かな感覚。


 息を吸うと、バニラミルクのような甘い香りが肺に満ちる。


 ユイカさんに抱きつかれている、と気づくのに数秒を要した。



「ユイカさん……?」



 普段なら美女に抱きつかれたことに興奮の1つや2つするのだろうが、今の僕はユウリだ。


 女性に対する興奮よりも、いきなり抱きつかれたことへの困惑が心に湧き出してくる。


 推定E──いやFはあるであろう胸からなんとか顔を上げ、ユイカさんを見る。


 彼女の目は赤く腫れ、大粒の涙がこぼれていた。



「うぅっ………辛かったわねぇ〜。ぐすっ………」

「え、えっと……」

「……こんな悲しい事情があったなんて……うぅっ……」

 


 この反応が示す事実は1つ。


 彼女はエミリーの大河ドラマを信じ、僕の境遇に本気で同情しているのだ。


 優しい人だとは思っていたけど、まさかここまでだとは……。


 彼女のあまりの聖人っぷりに、女装をして友人に虚言を吐かせている自分がなんだかとても汚らわしい存在に思えてきて、つまり死にたい。なんという罪悪感。



「ユイカ、さん……あの、違うんです……」

「違うだなんて……無理しなくていいのよ……? 私はあなたの味方だから……よしよし……」

「あのぅ……」

「よーしよし……なでなで………」



 彼女は弁明しようとする僕を止め、子供をあやすように優しく頭を撫でてくる。


 それが不思議と心地よく、ぼーっと呆けてされるがままにしていると……



「い、いつまでそうやってるんデスかっ!」

「あらっ……」



 間にエミリーが割って入り、ユイカさんの体が僕から離れる。



「ちょっと、エミリ。びっくりしちゃうわ〜」

「びっくりしたのはワタシの方デスっ! どうしていきなり抱きつくんデスか!? そんなのずる──じゃなくって、羨ま──でもなくって、不純デスっ! ベタベタしすぎデスっ!」

「そ、そんなにおかしなことかしら〜……? 別に、女の子同士なんだし……」

「そうですよ」

「ユウまで便乗しないで下さいっ!」



 エミリーはユイカさんの肩をがっしり掴んで元の椅子に座らせ、自分も席についた。



「とにかくっ! 事情は話し終わりマシた! ユイカも満足でしょうっ?」

「ううん、エミリ。まだ終わりじゃないわ〜」

「終わりじゃない………って、まだ何かあるんデスか」

「うん………ねぇ、ユウリちゃん」

「はい?」

「私の家にこない?」

「ユイカさんの家、ですか。え、えっと……」

「ダメに決まってるでしょうっ! 何言ってるんデスかっ」

「………ねぇエミリ。私思ったの」

「な、なにをデス」

「散らかりっぱなしだった部屋、随分キレイになったわね。それに食事といったら外食かコンビニの2つだったのに、最近は自宅で食べてるってこの前話してたわねぇ〜」

「そうデスが……そ、それがなにか?」

「家事、ユウリちゃんにやらせてるんでしょ?」

「…………」 

「そうなんでしょ?」

「…………わ、ワタシだって何もしてない訳じゃありませんよ?」

「そうなの?」

「アールグレイ淹れたり、ダージリン淹れたり、ベルガモット淹れたり……」

「水増ししちゃだめよ〜?」

「そ、それに……家主はワタシなんデスからっ。部外者にとやかく言われる筋合いはありませんっ!」



 ユイカさんの表情は変わらず温厚なままだが、糸目の奥に宿る光が薄暗くなった気がする。

 

 それを見たエミリーは危機を察知したのか、ツインテをべしばし当てて救難信号を送ってきたので、急いでフォローを入れる。



「ゆ、ユイカさん。私はここに住まわせてもらってる身ですから、心配なさらず……」

「ユウリちゃん。少しだけ、しーってしてて?」

「承知しましたっ」

「よ、弱っ……!」



 いや断れる雰囲気じゃないんですもの。


 温厚な人ほど怒ると怖いと言うが、ユイカさんはまさにそれだ。


 温厚な笑顔のまま冷酷なオーラを放つユイカさんは、何かに気がついたかのように顔を揺らし、ゆっくりとエミリーの方を向いた。



「ねぇ、エミリ」

「………ま、まだなにか」

「もしかしてなんだけど………キッチンにあったメイド服」

「…………」

「ユウリちゃんに着せてるの?」

「…………そ、それがなにか?」

「───こんなところに置いておけないわっ! ユウリちゃん、うちに来ましょ? ねっ?」

「わわわっ」

「ゆ、ユウっ。ユウからも何か言ってやって下さいっ!」

「わ、わたしっ……あんな服着たくなくって………でもエミリーさんが無理矢理っ……!」

「エミリっ……!」

「裏切り者っ───!」



 今でも料理の時にメイド服を強制してくるのは事実なので、裏切り者と罵られても心は痛まなかった。


 むしろ自業自得まである。


 とはいえこのままこのノリで続けると行くところまで行ってしまいそうだ。そうなれば本当にユイカさんのお世話になってしまいかねない。


 それは流石に不味いので、ここらへんで軌道修正を試みる。



「あの、ユイカさん。私は本当に大丈夫ですから」

「メイド服を着せられても?」

「………ほ、本当に大丈夫ですから」



 本当に大丈夫なのか? 僕。


 いや、考えないでおこう。辛いことは考えないに限る。これこそ悲しみ溢れる現代を幸せに生きるライフハックです。



「ユウリちゃん、遠慮しなくていいのよ〜? ここよりは間取りが狭いけど、ちゃんとオートロックだし………」

「それは魅力的ですけど………でも、エミリーさんと一緒にいるって決めたので───」

「あ、でもベッドが1つしかないの。困ったわね………夜は一緒のお布団になっちゃうわ〜」

「ユイカさん。ふつつかものですが、よろしくお願いします──」

「ユウ!?」



 この後、僕の裏切りに耐えかねたエミリーにツインテで絞殺されかけたり、それを見たユイカさんに寮を連れ出されたりとか色々あったけど、最終的にユイカさんは


「辛くなったらいつでもうちに来てねぇ〜。明日でもいいからねっ」


なんて言いながら名残惜しそうに帰っていった。


 色々大変だったけれど、とりあえずこっちの事情は隠し通せたので良しとしよう。


 ──そんなことを考えていたのだけど。

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